吉田眞紀 第51回 「食」にまつわる話_春の豆編(後編)
第51回 「食」にまつわる話_春の豆編(後編)
莢(さや)が天に向かって上向きに実るため「空豆」とも、また莢の形が蚕に似ていることから「蚕豆」とも書かれる、ぷっくりとした形が特徴的な「ソラマメ」。
今回は、一度つまみ出すと「やめられない止まらない」状態に陥ってしまう、じつに魅惑的なこの豆についてお話しようと思います。
語り=吉田眞紀まとめ=戸川ふゆきPhoto by Jamandfix
季節を待って食べる空豆の旨さ
それにしても、空豆はどうしてあんなに旨いのでしょうか?(笑)。
食すたびにそう思うのは、きっと僕だけではないでしょう。軽く塩茹でにしただけなのに、食した人を思わず微笑ませてしまう、不思議な魅力があります。塩茹では、余分なものを排出して旨味がちょうどよく残るので、塩梅がいいといいますか、非常に旨い、一番好きな食し方です。
翡翠色とも称される美しいグリーン。茹でたてを口に入れたときの、あのふわっと広がる独特の風味と微かな甘み。もうビールと空豆さえあれば、それだけで至福のひとときが約束されたようなものです。
しかも生の空豆は一年中手に入るわけではなく、限られたこの時期だけ店頭に並びます。初夏になると街で見かける「冷やし中華、はじめました」の看板ではありませんが、「おっ、空豆の季節が来たな!」という季節限定感も、空豆ファンの心をがっちりとつかむ、ひとつの要因ではないかと思います。
もうひとつの乙な食し方が、空豆を莢のまま網に載せ、表面が黒くなるまで焼く方法です。莢ごと焼くと、中の豆がちょうどよく蒸し焼きにされ、茹でたときよりも、よりホクホクとした食感になります。調理もいらず手軽なので、僕も時々焼いていますが、屋外でバーベキューを楽しむ機会がありましたら、ぜひお試しください(笑)。
また豆のフチの黒い部分を俗に「お歯黒」といいますが、この部分がグリーンのものは身が若く柔らかいので、薄皮ごと食すこともできます。
過保護なまでに守られた、翡翠色の宝石
数ある豆のなかでも、空豆は一風変わった風貌をしています。ぷっくりと膨らんだ分厚い莢。莢を開けば、中は真っ白でフカフカのクッションに包まれ、行儀よく豆が並んでいます。こんな過保護な豆は、空豆をおいてほかにありません。
構造的にもじつに興味深い空豆ですが、大切に守られる必要があるほど、デリケートで貴重ということなのかもしれません。また空豆は、特徴的な丸く平べったい形が「おたふく」に似ていることから、別名「お多福豆」ともいわれ、ほかにも地方によってさまざまな呼び方があるようです。いずれにしても、莢から豆を全部出すと思いのほか嵩が減り、毎回ちょっとがっかりしてしまうんですよね……。わかっているのに(笑)。