第2回 アートとデザインの違い
Lounge
2015年5月11日

第2回 アートとデザインの違い

第2回 アートとデザインの違い

デザインとは制約から生まれるカタチ

アートとデザインの違いとは何か。その決定的なものは、制約の有無にあると思います。芸術表現は自由であって、キャンバスに絵を描こうと、道ばたで全裸で踊ろうと表現者の勝手。一方でプロダクトデザイナーが皆、好き勝手なことをしていたら世の中がなりたちません。コップをデザインするのなら当然、穴の空いていないデザインを考えないといけませんし、ムダなく水が入った方がいい。スーパーで売ることを考えたらワガママを言って超高級素材を使うわけにはいきませんし、そこそこの価格に押さえなくてはいけない。このように、プロダクトデザインにはさまざまな制約があって、ある程度のカタチは最初から見えているのです。デザイナーはその制約をクリアした上で、心地良く使えるカタチを考えなければなりません。

眼鏡に表れるプロダクトデザインのあれこれ

さて、なんだかマジメくさった話をしてしまいましたが、結局はまた僕の好きなモノについて好き放題語らせていただきますのでお付き合いください。写真の眼鏡は、僕がかれこれ4年ほど前にN.Y.で購入したロバート・マークのセルフレーム。ほかにも何本か眼鏡はもっていますが、今はこれしか使っていません。「どこがイイの?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、僕はこの、いかにも眼鏡然とした面構えが好き。それでいてどこかモダンな匂いも感じるんですよね。
先の制約の話に眼鏡を当てはめれば、眼鏡の制約とは、モノがちゃんと見えて、掛け心地が良くなければならないといったことでしょうか。制約すなわち本質と言い換えてもいいかもしれません。見た目の良さももちろん重要なのですが、それが眼鏡の本質とリンクしていることが大切であって、単なる思いつきのデザインでは決して心地よいカタチと言うことはできません。今の眼鏡業界にちくりとイヤミを言わせていただくと、「その飾りに何の意味があるの?」といった無意味にデコラティブな眼鏡が多すぎる。まるでバブル末期の、部屋のどこに置いても決して調和することのなかったCDコンポのよう。この現実は、自分という痕跡を残そうと気張るデザイナーのエゴが招いた結果のような気がします。でももうすぐ原点に立ち返ってくれる日が来るような気もしているのですが、この読み、当たるでしょうか? 外野のたわごとでした。

           
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