Chapter12:アフリカの子どもたちの現実-I
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2015年5月1日

Chapter12:アフリカの子どもたちの現実-I

Chapter12:アフリカの子どもたちの現実-I

OPENERSでの“アフリカの風”の連載も今回で12回めを迎えた。ちょうど1年。
1994年に初めてアフリカ大陸の大地に触れ、その後、アフリカ12ヵ国を30数回にわたって訪れ、そのたびに多くのことを勉強させてもらった。机の上の学習では決して理解できなかったであろう“生きる”ということの根本を身をもって体験できたことは私のこれからの人生にとって、とても意味のあることだったと思う。
とくに“African JAG”をはじめてからは、大勢の子どもたちとふれあい、その子どもたちからたくさんのことを教えられた。今回はその一部を紹介したい……。

文と写真=浅野典子

『子どもたちの笑顔』

Chapter12:アフリカの子どもたちの現実-I

孤児院の子どもたち

アフリカを訪れるたびに子どもたちのキラキラ輝く笑顔と生きるパワーに驚かされ、たくさんの元気をもらって帰ってくる。
どんなにボロボロの服を着ていてもどんなにガリガリに痩せていても裸足で元気に走り回る姿に圧倒的な“力”を感じる。

両親がいない子どもも大勢いる。
学校に行かれない子どもだってたくさんいる。朝から何も食べていなくても目が合えば笑顔で応えてくれる。
村を歩けば、たくさんの手が私の手を繋ぐ。言葉が通じなくても笑顔で通じ合えるものがある。

そしてそのたびにこの子どもたちの笑顔を失くさないように何をするべきかを考える。

先進国に依存する多くのアフリカ諸国。自分たちだけがステーキを食べられればいいと思っている多くの政治家。力でねじ伏せようとする権力者。嘘ばかりの村人。プリーズ、プリーズと手が伸びる……。何度も嫌になる。

「自分たちのことでしょ!!」……と声を荒げる。もう二度と来るものか、と思う。でもそこに子どもたちがいる。救われる笑顔がある。
だからまた、私はアフリカに来る。

『ギブ・ミー・コンドーム!!』

Chapter12:アフリカの子どもたちの現実-I

コンドームのサッカーボールで遊ぶ子どもたち

村のなかをクルマで走ると「ギブ・ミー・コンドーム!」とあちこちから子どもたちからの声がかかる。

一瞬、“どうなっているんだろう?”……と戸惑った。でも子どもたちはいたって真剣。
「何に使うの?」と聞くとサッカーのボールをつくるのだという。

アフリカの子どもたちは、サッカーが大好きだ。どこの国に行っても裸足でサッカーボールを追いかけている。
もちろん、本物のサッカーボールを使える子どもはごく一部。皮が剥がれてボロボロになったボールでも大事に持っている。

以前、難民キャンプで、長い葉っぱをグルグル巻きにした弾まないボールを触ったことがある。
到底サッカーには向いていない。

だから私はキャッチボールをした。子どもたちに笑われた。しかし今回、目にしたボールは、コンドームでつくられたもの。コンドームを2枚重ねて膨らませ、ある程度の大きさになったら口を塞ぎ、その周りにスーパーマーケットなどで使われている薄いビニール袋を5枚程度かぶせる。それを紐で網目に結び、形を整えて出来上がり。このボールが本当によく弾む。貧しい村の子どもたちは皆、このボールでサッカーをしている。

たくましい。こういう子どもたち、嫌いじゃない!! でも……本当にこれでいいのだろうか?

今回ばかりは考えてしまった。大人がコンドームをしないでAIDSに感染して、国の存続の危機に直面しているときに子どもたちがコンドームでサッカーボールをつくっているなんて……。

『学校に行きたい……』

Chapter12:アフリカの子どもたちの現実-I

赤ん坊をおんぶする5歳の女の子

アフリカの貧しい村では多くの子どもたちが、学校にも行けず働きに出されたり、赤ん坊のお守りをさせられたりしている。

男の子は、農園を手伝わされたり、漁の手伝いをしたり。
女の子は家事やベビーシッターが主な仕事だ。

お手伝い……というと聞こえはいいが、先進国のそれとは大きくちがい、まさしく“労働”なのだ。

朝から晩まで働かされ、クタクタになって眠る子どもたち。

もちろん、学校にも行けない。私も何人ものそういう子どもたちと出会ってきた。

そういう子どもたちの発育は極めて悪い。
13歳の子どもが先進国の子どもの7歳ぐらいにしか見えなかったりする。

そしてそういう子どもたちと話しをすると皆口々に「学校に行きたい」という。
アフリカの大半の子どもたちは真っ白なノートなんて見たこともないと思う。……そういえば以前、ウガンダで日本の中学生から贈られた、いらない紙(広告やノートの裏面)をホチキスで留めてつくったノートを持っている子どもを見た。

この子は、本当に大事そうに手づくりのノートを見せてくれた。ノートには、ABC……が並ぶ。もうすぐプライマリーを卒業だといっていた。セカンダリーに行きたいけど母親が亡くなり、父親に捨てられたこの子は上にあがることはできない。「勉強がしたい……」真っ直ぐな目で私を見た。

『これは売り物だから……』

Chapter12:アフリカの子どもたちの現実-I

漁の手伝いを終えて

こんなにたくさんの魚が獲れるのに子どもたちのお腹にこの魚が入ることはめったにない。
「これは売り物だから……」小さな男の子がポツリといった。

旱魃(かんばつ)の時にある村を訪ねたら、子どもたちがトウモロコシの粒を数十個アルミの鍋で乾煎りしていた。それだけが夕食。
この村でも魚は獲れる。でも子どもたちはいつもお腹を空かせている。
「太っているのはお金持ちの証拠」って子どもたちがいっていた。

‘94年当初、“日本”という物質文明国に生まれ育った私にとって、アフリカのこの現状は信じがたいものだった。

おなじ地球上にリアルタイムで生きているにもかかわらずこうもちがう世界が存在している。でも、これが彼らの現実だ。足元をすくわれた思いがした。それ以降、私はアフリカ大陸に足を運び続けている。
……でも最近、思うことがある。物質文明の最先端にあるわが国のニュースでは連日“親殺し”“子殺し”“自殺”“引きこもり”“いじめ”“政治家の汚職”“金まみれの事件”が報道されている。何かがおかしい。精神が病んでいるとしか思えない。日本に戻ると心が暗くなる。アフリカでこんな気持になったことはない。どっちが幸せなんだろう?

アフリカには、さまざまな問題が山積している。どれから手をつけていいのかさえわからない。でもある部分に関しては原因がわかっている。だからそれらに関しては、知恵と知識と少しの助けがあれば時間がかかるかもしれないが解決の方向に進むように思う。でも外から見れば、一見幸福そうに見えるわが国の闇の部分は根が深く、深刻な問題のような気がする。

そういえば、以前東京で毎年夏に行っていた“African Market Cafe”でアフリカのドラムマスターとダンスマスターの子どもたちを招いて日本の子どもたちと交流を図ったことがあった。もちろん、誰でも参加できて無料だったから大人も大勢参加した。日本の子どもの多くは不登校や引きこもりの子どもたち。私が当時DJをやっていたラジオのリスナーが全国から遊びに来てくれた。最初、日本の子どもたちは人とコミュニケーションをとるのが下手でどうなることかと思った。

しかし一緒に太鼓を叩いているうちに少しずつ笑顔になり、最後には声を出して笑うようになった。アフリカの子どもたちとはもちろん言葉は通じない。でも身振り手振りでアドレスを交換したり、写真を撮ったり……。開期中、毎日通ってくる子もいたぐらいだ。最初はまったく喋らなかった子どもたちがそこで友達になってたくさんお喋りをしていた。なんか、その光景を見ていてこういうことでいいような気がした。閉じてしまった心を無理やり開けるのではなくて音楽やダンスやアートや笑顔……そういうものが自然に心を開かせてくれる気がした。もしかしたら日本人の心に巣食った“闇”を救ってくれるのは、アフリカの貧しい村の子どもたちの底抜けに明るい笑顔かもしれない。

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