第5回 葉巻のマナー
Lounge
2015年3月16日

第5回 葉巻のマナー

第5回 葉巻のマナー

text by HIROMI Mamoru

1968年、マキシムのオーナー、ルイ・ヴォーダブルは時代を担う若きエリートを対象に社交マナーを教える「マキシム・ビジネスクラブ」を作った。
シガーの嗜み方を若手に伝授するマキシムの支配人、ロジェ・ヴィヤール。

葉巻は、古くから紳士のたしなみとされてきたが、テーブルマナーがあるように、葉巻にもマナーがある。本物の葉巻愛好家ならば、このマナーをきちんと守らなければいけない。

葉巻には独特の香りがあり、煙の量もたっぷりしているので、シガレット以上に周囲の人への影響力は大きい。好きな人にとっては愛すべき豊かな香りも、嫌いな人には単なる不快臭にすぎない。また、葉巻を吸うという行為そのものが、周りの人に威圧感を与えるということも自覚するべきである。だから、葉巻に火を点ける時は周りの状況をよく見極める必要がある。

例えばレストランやバーでは、周囲のテーブルでの食事の進み具合はどうか。葉巻に圧倒されてしまうような若い人はいないか、などによって点火するかどうかを判断し、ふさわしくないと感じたら葉巻への点火をあきらめるくらいのいさぎよい態度が求められるのである。自分自身に厳しいルールを設け、誰からも愛される吸い方を心がけてこそ、本物の葉巻愛好家といえるのではないだろうか。

1931年、独ベルリンで開催された英首相、独蔵相、外相らの会合。
食後に葉巻を燻らせながら歓談する物理学者アインシュタイン(右)と英国首相のラムゼイ・マクドナルド(左)。
大きな問題を考えるときに、良質の葉巻は欠くことのできない必需品だった。

貴重な葉巻を灰にする贅沢

葉巻は、シガレットのように無造作に吸うものではない。ゆっくりと時間をかけて、一服ごとにじっくりと味わうものである。葉巻を大切に扱い、煙の織りなすハーモニーに耳を傾けながら味わえば、その1本の密度は一段と濃いものになり、深みも増してくる。

タバコ農園で大事に育てられた葉を、タバコ職人が丹精込めて巻き上げた最上の葉巻を、長い年月をかけて作られた貴重な葉巻を、灰にしてしまう瞬間……、それはなんとも贅沢な至福のひと時なのである。自分にとって特別の時間を満喫するために、葉巻は最高のパートナーになってくれる。葉巻は、ただむやみに煙を吸うものではなく、そのふくよかな奥深いアロマを、心ゆくまで味わうものなのである。

人は葉巻に精神的なよりどころを求める。最高のディナーは、最高の葉巻によって、さらに充実したものになる。薫り高い紫色の煙に包まれた時、私たちは何ともいえない安堵感を味わうだろう。

フランスの女流作家ジョルジュ・サンドは言った。「葉巻は悲しみを麻痺させ、孤独の時間を100万もの優美なイメージでいっぱいにする」と。葉巻さえあれば、ひとりの孤独も決して寂しくないというのだ。それは、葉巻が何かを語りかけ、まるで優しい音楽のように私たちを包み込んでくれるからであろう。よい音楽に出会った時、私たちが満ち足りた気持ちになれるのと同様、本物の葉巻との出会いは、私たちを幸福な時へと導いてくれるのである。

ハバナシガーをこよなく愛した吉田茂元首相。大好物を口元に運ぶ一瞬。

           
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