戸田恵子|「明日また来るからね」 故・内海賢二さんのこと
戸田恵子|天国から届いた胡蝶蘭の花に見守られて
明日また来るからね──故・内海賢二さんのこと(1)
今年6月に亡くなられた声優の内海賢二さん(享年・75歳)は、私が声優としてデビューした頃から可愛がってくれた大先輩で、20歳もの年の差にも関わらず本当に仲良くしてくださった、大好きな先輩。ミュージカル『シルバースプーンに映る月』の幕が開く直前、その日は訪れたのでした。
Text by TODA Keiko
「本番は大丈夫です」──役者も人の子、胸が詰まって歌えない
永遠の愛を誓う言葉よりも
あの幸せをくれたのは 何気ない日々
全ては輝きが広がり 満点の空一面に散らばる
それを人は星と呼ぶ
きらめきをスプーンに掬って 月に映せば いつもそこに
きらめきをスプーンに掬って 月に映せば 私はそこに
私がそこに
この歌はミュージカル『シルバースプーンに映る月』で、私が最後に歌うナンバー『月に映せば』です。舞台では必ず、本番前にマイクを付けてのサウンドチェックがおこなわれます。チェック曲が数曲決まっていて、このナンバーも入っていました。
6月20日、内海賢二さんの告別式──ボロボロになって弔辞を読んだ後に劇場入りして、マチネ公演(昼公演)に向けてサウンドチェックをした時のこと。私は極めて平常心を心掛け、いつも通りに歌いはじめたつもりが、二行目に差し掛かったところで急に胸が詰まり、歌えなくなりました。
少しのあいだ演奏だけの時間が流れ、でもそのピアノの音色は優しく私を癒してくれているかのようでもありました。たしか“きらめきを~”からは歌えたと記憶しています。なんだか身に染みすぎて切ない歌だと急に思いました。事情をご存知なかった歌唱指導の先生が飛んでらして、「喉の調子大丈夫ですか?」と心配させてしまい、申し訳なかったです。
「はい、大丈夫です。本番は大丈夫です」
そうは言いつつ、役者も人の子。悲喜こもごもある中でライブを務めるのは本当に大変なことで、大丈夫だなんて保証はどこにもないわけで──。
こんな時は、こんな時は……そう、原点だ。「役として生きる!」ことです。それしかない! ミユキという役でいれば優しく、泣かずに、むしろ笑顔で歌うことができるのだから。とにかくいつも以上に役に没頭することだと挑みました。それは千秋楽まで続くのでした。
戸田恵子|天国から届いた胡蝶蘭の花に見守られて
明日また来るからね──故・内海賢二さんのこと(2)
「恵子、またな!」最後に交わした言葉と笑顔
稽古真っ最中の6月10日、月曜日の夜。名前が表示されない番号から着信あり。
いつも表示されない番号には出ないので放置しておくと、それは留守番メッセージに残されました。
故・内海賢二さんの息子さんからで、「親父の携帯から番号を取りました」とのこと。内容は、病状がすこぶる悪く、あと1日、2日かもしれないので、本人が会いたがっている人を呼んで下さい、と病院の先生から言われたとのこと。なにがなんだか、わけがわからず留守電メッセージに「なんで、なんで?」と、聞き返していたのを覚えています。
すぐに電話を折り返し、耳を疑う悲惨な状態を聞きながら現実を受け入れる。
「わかりました。明日、朝一番で伺います」
翌11日。河田町にある病院に伺うと、酸素マスクもせず、ベッドの背を少し上げて座っていらした内海さん。私だとちゃんとわかった。痛み止めのせいか、うつろな時間も多く、ラリーにはならなかったけど話もできた。声も、あのいつもの響く重低音で大きい。「明日から劇場入りで舞台稽古!」と告げると、シルバースプーンのチラシをしっかり持って、「しかしいつまでもよくやるよなぁ」と苦笑い。
声優の大先輩(『チャーリーズエンジェル』の吹き替えでご一緒した)中村 正さんもいらして、正さんとは大好きなゴルフの話をされたり、また病院が河田町だったことから三人で昔フジテレビは河田町にあったね、なんて話も。それから内海さんは、数日前に逝かれた声優の石森達幸さんについて「達幸もなぁ……」とポツリとおっしゃいました。寝てしまうとダメなんだよな、とも。
「明日も来るからね」
なんともポツポツとした会話でしたが、内海さんの顔色はとても良いように思え、中村 正さんともそのことを「大丈夫だ! 大丈夫だ!」としきりに口にする。実際、帰り道に正さんは私に「大丈夫そうだよなぁ、ありゃ大丈夫だよ」とおっしゃり、私も内海さんは必ずまた復活すると信じたのでした。その日、病院を出るとき内海さんは「正ちゃん、ありがとう!」、私には「恵子、またな!」と。
「明日も来るからね」
ちゃんと会話できたのは、これが最後となりました。
翌12日の朝もお見舞いに。すでにお話できる状態ではなく、私と判ったかどうかもわかりません。苦しそうにされている内海さんを見ることが本当に信じられなくて……。
手を握って
「これから舞台稽古に行ってきます。グローブ座近くだから明日も来るからね」
その日、舞台稽古を終えて帰宅。翌日にゲネプロを控え、色々準備をしている深夜に連絡が入り、私は病院にすっ飛んで行きました。もう事務所の皆さんも集まっていて、内海さんを囲んで病室は祈りに包まれていました。「内海さん、来たよ! 恵子来たよ!」と呼びかけると、小さくうなづいてくれたような……それはもう、こちらの勝手な解釈かもですが。小康状態の中、深夜2時過ぎまで見守って私は一旦帰宅。
冷たい雨の夜
「また明日も来るからね」
翌6月13日の朝、お見舞いに。昨夜と変わらず苦しい状態は続いていて、この朝はすごく泣けました。すっかり痩せたお顔にたくさん触れて、「内海さん、ありがとうございました」と伝えました。なんでしょう、この朝は「ありがとう」をちゃんと言わなきゃ、と思ったのです。
「また明日も来るからね」
そう言い残し、病院をあとにしました。
午後3時過ぎ、稽古中に訃報の連絡。
もう「明日」はありませんでした。
戸田恵子|天国から届いた胡蝶蘭の花に見守られて
明日また来るからね──故・内海賢二さんのこと(3)
ちょっと強面、だけどほんとは後輩思いの優しい先輩
翌日14日、舞台『シルバースプーンに映る月』の初日に内海さんからお花が届きました。
立派な胡蝶蘭。
言葉もありません。
ただただ涙があふれるばかり。
楽屋の化粧台前に置いて、見守ってもらいました。
無事に幕が開いて、翌15日。自宅に戻った内海さんに会いに横浜まで。あの苦しそうなお顔はすっかり安らかなお顔になっていました。シルバースプーンのパンフレットと、アンパンマンの小さなぬいぐるみを持参し、告別式は最後までお送りすることが出来ないので、小さなアンパンマンを棺に入れてほしいとお願いしてきました。
ご遺族の皆さんからは弔辞をお願いされ、20日に決まった告別式はマチネ公演がある日ではあるけれど、なんとか間に合うということ。私でよければと受けさせて頂きました。
内海賢二さんは享年75歳。私は20歳も年の差があったのに大変仲良くさせて頂きました。仲良しなんです。私が声優としてデビューした頃から大変可愛がって頂きました。
派手でおしゃれが大好きな内海さんはとはよくファッション談義もしました。私が身に付けている物で気に入った物があると「メンズはないのか?」とよく聞かれ、リサーチしたり。
一瞬、あのお声であのお顔立ちで恐い人なのかな? と思いきや、その真逆! いつでも新人や後輩たちにジョークを飛ばし、スタジオを明るくされていた。そのおかげで私たち後輩がどれほどリラックスできたことだろう。そんな先輩、どこにもいないですよ。
数々の外国映画の吹き替えでご一緒し、レギュラーではアニメ『キャッツ・アイ』『機関車トーマス』。レギュラー時代はよく飲み歩きました。アンパンマンにも数々の持ち役がお有りでした。今年の4月にもアンパンマンには出演され、皆でご飯を食べたんです。あれが4月の出来事なんて信じられないけど……。
戸田恵子|天国から届いた胡蝶蘭の花に見守られて
明日また来るからね──故・内海賢二さんのこと(4)
絵に描いたようなボロ泣きの弔辞、内海さんはきっと笑顔で──
いつだって底抜けに明るい内海さん。へこたれるところなんて一度も見たことなかったけど、2年前に大病されてから入退院を繰り返し、「もうダメかも」と何度も言われては復活してきたので、私は本当に内海さんは不死身なのだと思ってました。ただ2年前のご病気の時に左足が不自由になり、杖の使用を余儀なくされ、アクティブな内海さんにはお辛いことだったと思います。あるとき病院で「恵子、足は短くても動いた方がいいぞ」と、ポツリと口にした言葉が忘れられません。
以来、動きやすくて内海さんらしい、かっこいいジャージを見つけては送ったり、アンパンマンの有志で杖を“派手派手”にデコレイトしてプレゼントしたり。スタジオにいらした時は皆でご飯を食べたり、大好きな内海さんの気持ちが少しでも上向きであるように、みんな願いつづけていました。
内海さんは携帯のメールは見ることができても、打つことができなくてね(苦笑)。何度もトライするように話したのですがダメでしたね。だから、応援メールや私のテレビの出演情報など打って打って、打ちまくってました。なにか質問の答えをもらう時や、意見が必要な時は結局電話をしたり、奥様に連絡とったりと、もどかしい有様でした。でもそのもどかしさも、私は楽しんでましたよ、内海さん。
お通夜にも、告別式にも、あんなにたくさんの方が参列されて、あらためて内海さんのお人柄が偲ばれました。徹夜で作った弔辞は練習で一度読んでみたらもうボロボロ泣けて、告別式の本番も絵に描いたようにボロ泣き。鼻水だらだらだった私を見て内海さんは、きっと笑っていたことでしょう。うまく読めなくてゴメンなさい。
この業界で仕事をしていると、「親の死に目には会えない」とか「悲しみをおして舞台に立つ」とかよく言われます。もちろん、この業界でなくてもそういったことは多々あるわけで。仕事をすることで耐えられたり、紛れたり、逃避できたり。それが有り難いと思えたりするのは当然なのですが──。
決して許されないのだけれど、こんな時に仕事なんてと本気で思いました。休みたいと思った。最後まで送りたいと思った。気分なんて紛れなくていい、ただ普通にずっとずっと、泣いていたいと思ったのでした。
胡蝶蘭の花は我が家で咲き誇っています。
合掌
ミュージカル『今の私をカバンにつめて』
脚本・作詞|GRETCHEN CRYER (グレッチェン・クライヤー)
音楽|NANCY FORD (ナンシー・フォード)
翻訳・上演台本|三谷幸喜
演出|G2
出演者|戸田恵子
入絵加奈子、麻生かほ里、植木 豪(PaniCrew)
石黒 賢
東京公演
期間|9月6日(金)~16日(月・祝)
劇場|こどもの城 青山円形劇場
料金|7500円 (全席指定/税込)
大阪公演
期間|9月20日(金)~24日(火)
劇場|大阪ビジネスパーク円形ホール
料金|7800円 (全席指定/税込)
※未就学児童の入場不可
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