谷川じゅんじ|連載 第2回「薬師寺ひかり絵巻」
第2回「薬師寺ひかり絵巻」(1)
2010年6月奈良県西の京。あれから2年になる。いまも、記憶の中でいきいきと瞬く1500万を超える星たち。静寂と古(いにしえ)の響きが奏でる荘厳な時空絵巻。平城遷都1300年祭記念「薬師寺ひかり絵巻」は、1300年を超え、いまも私達になにかを伝え続ける奈良薬師寺でおこなわれた特別な出来事。決して忘れることのできないあの空間を、いまだからこそ、もう一度振り返ってみようとおもう。
Text by TANIGAWA JunjiPhotographs by SHIGEMOTO Takashi
~薬師寺ひかり絵巻企画縁起~
幼いころ、こんな言葉を聞きました。
かたよらないこころ
こだわらないこころ
とらわれないこころ
ひろく ひろく もっとひろく
これが般若心経 空(くう)のこころなり
薬師寺元管主、高田好胤さんのことばです。
時は流れ2010年。
奈良は遷都1300年を迎えました。
気の遠くなるような時を経て
今日も生き続ける「薬師寺」という場所が
何を人々に伝え続けてきたのか、
先達の仰いた古[いにしえ]の星空を見ながら
ほんのとひととき想いに耽る。
国宝東院堂という「宇宙」の中に解き放つ星たちが
きっと何かを教えてくれる。
─ 空(くう)のこころをカタチにしたい ─
そんな気持ちからこの作品は生まれました。
2010年6月4日
谷川じゅんじ
2010年の奈良は平城遷都1300年を迎え大いに賑わっていた。平城宮跡では大極殿が復元され、さまざまな寺社仏閣で特別拝観が行われていたり、といった具合に。
奈良は亡き父の故郷でたくさんの思い出がある特別な場所。そんな故郷からのオファーをうけ、久しぶりに訪れた薬師寺は想像以上だった。どう想像以上だったかというと、すべてが記憶以上に大きかったのである。ただサイズが大きいのではなく、場の存在やエネルギーが普段接している類のものと明らかに違ったのだ。
どんなプロジェクトでもはじまりは「会場=場」と向きあうことからはじまる。向きあった結果、僕は驚きそして萎えた。なにができるのだろう、こんな場所で、と。祈りとおもいが連綿とつづくこの場所の“チカラ”は、小手先の稚拙(ちせつ)なクリエイションなど通用するはずもなく、当初はアイデアをあれこれいじくり回してみたものの、自分でも到底納得できるはずはなく、最後の一手におもいを賭けた。
第2回「薬師寺ひかり絵巻」(2)
場に教えを請う。これが僕の最後の一手なのである。
こころを空っぽにして歩きまわる。何度も何度も現場に通う。愚直(ぐちょく)に、ただひたすら画が浮かぶまで何度でも通う。これを僕は「場所に聴く」という。この時もそうだった。足かけ一年半、時間があれば通いつづけた。そしてある時浮かんだ絵は、砂漠の星だった。
玄奘三蔵院(げんじょうさんぞういん)。法相宗の始祖、玄奘三蔵(※1)を祭ったこの伽藍(※2)にいくと、平山郁夫(※3)画伯が20年をかけて描いた「大唐西域壁画(だいとうさいいきへきが)」をみることができる。玄奘三蔵が経典(※4)を求め、遠くインドまで旅した様子は、『西遊記』という物語としてあまりにも有名であるが、「大唐西域壁画」には、足かけ17年にわたるインドの旅の様子がパノラマのように描かれているのである。
何度も足を運んだある時、天井に描かれた星宿(※5)を見ていてふと思った。玄奘三蔵はどんな星空を見ていたのだろう。本当に玄奘三蔵が見ていたタクラマカン(※6)砂漠の星が見てみたい。長い長い旅の途中で何度も仰ぎみた夜空はどんな輝きだったのだろう。これを再現してみよう、と。これがひかり絵巻のはじまりである。
Visual Direction by YU MARUNO (GLMV)Sound Direction by Hiroaki Ide(EL PRODUCE)
舞台は薬師寺に現存する建物で最も古い国宝東院堂を選んだ。国宝聖観世音菩薩と四天王像が祭られたこのお堂で、タクラマカン砂漠の星空を映し出す。最新鋭のプラネタリウムを使い、暗室化したお堂にそのまま映し出すこととした。藤本晴美によるひかり。井出祐昭による音世界。プラネタリウムクリエイターの大平貴之はMEGASTAR(※7)を持ち込んだ。ここに僕がくわわり4名のクリエイティブチームを編成、作品作りがはじまった。
(出典:「デジタル大辞泉」©Shogakukan、「マイペディア」©2006 Hitachi Systems & Services, Ltd.)
第2回「薬師寺ひかり絵巻」(3)
1300年前の星空の検証から、時空を超えた体験をいかに拝観者に感じてもらうか。視覚のみならず聴覚にも訴える演出を、という考えから、2000年以上前に大陸で演奏されたとされる宮廷音楽“伶楽(れいがく)”を正倉院の復元楽器で演奏し、プラネタリウムに合わせることとした。会場は国宝。もちろん手をくわえることはできない。
時間は夕刻スタートとし、夜の闇を使って暗室をこしらえた。外回りは1300基の灯籠が伽藍を囲み、古のたたずまいをろうそくのあかりが照らしだす。導きのあかりに囲まれた伽藍の奥にたたずむ東院堂。ブルーのひかりに包まれたお堂の周囲には数百のミラーボール。専用の木組みを設置し、一個一個丁寧に設置していった。
本番前夜のリハーサルでは、スタッフ全員がその壮麗な姿に言葉を失うこととなった。まさに荘厳な宇宙。沈黙をあれほど幸せに感じたことはない。東院堂は、まるで重力を忘れたかのようにたたずんでいた。壮麗な星空に浮かぶ天空夢がごとく、皆を迎える支度は整った。
ときに、場の“チカラ”と技が響きあったとき、人智(じんち)を超えた空気が生まれることがある。まさにこの時の東院堂は「それ」であった。場に生き続けるエネルギーは稚拙な想像を淘汰(とうた)し迫り包みこむ。誰もがほーっと息を吐き大きな宇宙に存在する自分を感じるのである。
目に見える星空とその向こうにあるはずの宇宙という存在。時間と空間を飛び越える生命の営み。繰り返し、繰り返し、絶えることなく受け継がれてきた価値。
奈良薬師寺、国宝東院堂。まさに時空を超えた7分間を体験するとき、数千年を超えていまも息づく玄奘三蔵の思いにふれ、釈迦の存在を感じる。奈良薬師寺で開催された「薬師寺ひかり絵巻」は、人間という存在が確実に宇宙と繋がっているのだ、という確信を感じさせてくれる、そんな特別な出来事であった。
あれから2年が経った。この2年のあいだに僕らは決して忘れることのできない記憶と経験をそれぞれが刻み込んだ。平和と健康を真に願い、次の世代への継承を真剣に考える機会は確実に増えた。僕らは変わったのだ。そして、これからも変わっていく僕らが、変えてはならない根底の“なにか”にもう一度気づき、見つめる機会を、あの出来事は与えてくれたと、いま僕は感じている。