生方ななえ|連載第9回「うつくしきもの」
第九回 「うつくしきもの」
写真・文=生方ななえ
以前は猫派か犬派かとひとに聞かれれば、迷わず犬派と答えていたように思う。理由は、子どものころ猫に引っ掻かれて流血したことがあり、その件以来なんとなく猫に対して苦手意識をもちつづけてきたという経緯があるからだ。
ところが、ある日、ひょんな縁から我が家に猫がやってくることになった。猫の名前は「ハナ」。猫への接し方がわからない(むしろ恐怖感を感じる)私は、まずは彼を見学することにした。
ハナが寝る、ハナが食べる、ハナが毛づくろいをする、ハナの肉球とフクフク、ハナに軽くにらまれる、ハナがまた寝る……見ているだけで飽きない。正直、カワイイ。次第にハナのことを好きになっていく自分が、そこにはいた。
もともと捨てられていた経験があるハナは警戒心が強く、あまりひとに懐こうとはしないところがある。かといって放っておくと、それはそれで寂しいのか足もとにすりすり寄ってきては「遊んでほしいの」顔をこちらに向ける。そうかそうか、と思ってやさしく撫でてやれば“ぐるるるる〜”と気持ち良さそうに喉を鳴らしてみせるのだが、時にそのまま私を噛み噛みしてくることもある。これが、けっこう痛い。甘えたいのかなんなのか、複雑なやつだと感じる一瞬だ。
日中はのんびりしていてよく眠る。あまりにも気持ちよさそうに眠っているので、私もつられて一緒に寝ることが多い。
そんなハナは夜10時を過ぎると、ものすごく元気になる。目がらんらんとし、一階から二階へ猛ダッシュ。各部屋を走りまわり、階段を駆け下り、一階もパトロール。スピードを出しすぎて曲がり角でカーブしきれず、いろんなところにぶつかって、それでも気にせず猛ダッシュをつづける。目撃する方としては「な、なんで?」と不思議に思うのだけど、彼の“全力パトロール”は誰にも止められない。
今回、紹介する『伊藤潤二の猫日記 よん&むー』。日本のホラー漫画界を代表する作家、伊藤潤二さんによる猫マンガ(実話)である。はじめてこの本を読んだとき、まるで自分のことが描いてあるようでびっくりした。犬派だったJ=作者がはじめて猫と暮らすことによって、だんだんとその魅力にひかれていくようすが、おもしろおかしく描かれている。
呪い顔で背中にドクロの模様がある猫・よん、おっとりとした外国種の猫・むー、そして白目がチャーミングでシマシマパンツをさらりと着こなす妻・A子との日常。内容は、猫と触れ合う微笑ましいお話が短編で収録されているのだが、絵面はあくまでホラー。おどろおどろしい画が紙面にわたって繰り広げられる。ゆえに、画風はホラーでありながらストーリーはギャグという究極のギャップがおかしさを醸し出し、絶妙なシュール感満載の作品となっている。猫の細かい描写がぎっしりつまった本作は、そのひとコマひとコマが力を持っていて、単純にスゴイの一言に尽きるのだ。
一緒に過ごしているうちに愛情がわいてきて、今ではかわいくて仕方がないという猫への心情は、今の私にはよくわかる。ちなみに、うちのハナは最初に出会ったころと比べて、だんだん変わってきた。毛並みもふっさりツヤツヤになったし、何より警戒心がほどけてきて表情がやわらかくなった。現在も愛らしさ倍増中、である。