生方ななえ|連載・第四回 「本の引力」
Lounge
2015年4月8日

生方ななえ|連載・第四回 「本の引力」

第四回 「本の引力」

本屋という場所が好きだ。たくさんの本のなかにはそれぞれの世界があって、これからそのあたらしい世界に出会えるかと思うとわくわくする。紙のにおいは不思議と心を落ち着かせてくれ、店員さんのほっといてくれる距離感は妙に心地よい。

本屋へは探し物があって行くというよりは、仕事と仕事の合間や散歩の途中にふらりと立ち寄ることが多い。そういえば、絵本『おてんばルル』に出会ったときもそうだった。撮影の空き時間に絵本コーナーをのぞいていたら、棚に並んでいた赤い背表紙が目に留まった。作者がイヴ・サンローランと書いてある。「イヴ・サンローランって、あのデザイナーの??」と気になり手にとった。

ページをめくると、すぐにその世界に引き込まれていった。白・黒・赤の色づかいとかわいいイラスト、手描き文字のかんじがとってもおしゃれ。主人公ルルはキュートな姿とは対照的に“いけないこと”が大好きだ。その常識破りな言動には毒と絶妙なユーモアがあり、たまらなくおもしろい。これはイヴ・サンローランが描いた最初で最後の絵本だった。彼がまだクリスチャン・ディオールで働いていた20歳のころの作品だ。読みはじめたときはモードの帝王である彼とルルが結びつかなかった。けれど読み進むうちに、既成概念にとらわれない自由な発想、楽しさと遊び心がこの絵本には詰まっていて、それは“ものづくり”をするうえで大切なことだという彼からのメッセージのように感じた。

イヴ・サンローラン|絵本『おてんばルル』01

ルルはいけないポーズをするのが好き。

イヴ・サンローラン|絵本『おてんばルル』02

中ページは読み応えのあるボリューム。

撮影やファッションショー、“ものづくり”の現場は楽しい。情報だけではない何かを写真やランウェイで伝えたい、表現したいといつも思っている。しかし時に行き詰まったり迷ったり、何を表現したいのかわからなくなるときがある。ぐるぐると出口が見えない迷路を彷徨う感じだ。そんな時はルルのことを思い浮かべてみる。それはちょっとしたおまじないのようなものだ。すると「あっ、もしかしたら自分が作り上げていた“モデルらしいあるべき姿”にとらわれていたのかもしれない」と気づかされたり、「もっと自由に、もっと自分の心に耳を傾けてみよう」と勇気づけられたりする。凝り固まっていた心はするするとほどけてやわらかくなっていき、自然とすべきこと、表現したいことがまた生まれてくるのだ。

『おてんばルル』に出会ってからは迷うこともいいことだと思えるようになった。迷いから生まれるあたらしい発見があると知ったからだ。ルルに会わせてくれた本屋に感謝。そうだ、今日も本屋に寄って帰ろう。もしかしたら第二のルルのような子に出会えるかもしれない。本との出会いって引力のようなものだから。

生方ななえ|モデル|連載・第四回|絵本『おてんばルル』

おてんばルル
イヴ・サンローラン 著
東野純子 訳
発行|河出書房新社
定価|2940円

ファッションデザイナーのイヴ・サンローランが唯一残したとっておきの絵本。おしゃれでおしゃまなルルが巻き起こす、あれこれ。かわいいだけでない、エスプリの効いた一冊。

           
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