POGGY’S FILTER|vol.12 後藤愼平さん(M A S U)
FASHION / MEN
2019年12月17日

POGGY’S FILTER|vol.12 後藤愼平さん(M A S U)

小木“POGGY”基史氏がホストを務める『POGGY'S FILTER』、第12回目となる今回のゲストは、現在、27歳という若さでメンズブランド「M A S U(エム・エー・エス・ユー)」のデザイナーを務める後藤愼平氏だ。実は前回の『POGGY'S FILTER』でもPOGGY氏がMEDICOM TOY赤司氏の紹介で知り、注目しているブランドとして名前の上がった「M A S U」だが、いわゆるストリート系のカテゴリーではないファッションブランドを、20代のデザイナーが手がけているというのは決して多くはなく、しかも高いクオリティとクリエイティビティの両方が伴っているブランドとなると非常に稀であろう。ヴィンテージに対する豊かな知識をバックボーンに持ちながら、自ら目指す新たなブランド像に挑戦している後藤氏に、彼自身のルーツやデザイナーとしての洋服作りに対する思いを伺った。

Interview by KOGI “Poggy” Motofumi|Photographs & Text by OMAE Kiwamu

古着ファッションへの興味から辿り着いたLAILA

POGGY この連載で若いデザイナーの方の話を聞く機会があまりないので、今日は後藤さんにご登場いただくことにしました。「M A S U」の前にLAILA(ライラ)にいたそうですが、その前は何をやっていたんでしょうか?

後藤愼平さん(以下、後藤) 高校を卒業してから上京して、文化(服装学院)に通いました。3年通うコースだったんですけど。

POGGY 文化では何科に?

後藤 デザイン学科のメンズデザインコースっていう、主にテイラードを作るコースで。その3年生の最初のほうに縁があって、ライラに関わることになったんです。ちょうど、その頃にLAILA TOKIO(ライラ・トウキョウ)とseven by seven(セブン・バイ・セブン)ができるタイミングでした。学校に通いながら、半分アルバイトでスカーフをバラして縫ったりっていうようなリメイクものをやっていて。卒業してから、そのままライラに入ったという感じです。

POGGY 僕は北海道ドレスメーカー学院っていうところを卒業したんですけど、裏原宿ファッションがすごく好きで。そっちにのめり込んじゃって学校には全然行ってなかったので、あんまり卒業したっていう感じがないんですけど(笑)。

後藤 それに近いかもしれないですね。ライラにハマっちゃってたから、授業もちゃんと聞けなくて。あと、同世代ぐらいの子がやっている、いわゆるファッションイベントみたいなのも多くて、そういうのにもよく遊びに行ったり。けど、根は真面目なんで、ちゃんと課題もやらなきゃみたいな感じでやってましたね。

POGGY 古着がファッションの入り口みたいな感じですか?

後藤 そうですね。最初は中学生くらいの時、ボロボロのLEVI'S(リーバイス)の501から入った感じです。そこから古着にハマって、70年代のファッションにすごく惹かれて。North Beach Leather(ノース・ビーチ・レザー)とかEast West Leather(イースト・ウェスト・レザー)とかが好きになって調べてたら、ライラに辿り着いたんですよね。今もそうですけど、ライラはその時、そういったものをめちゃくちゃ持っていて。いつか東京に行ったら、行ってみたいなって思ってました。

POGGY デザイナーになろうと思ったきっかけは?

後藤 きっかけって言われると難しいですね……。着ることも好きだったんですけど、でも、やっぱりもっと面白いものがあるんじゃないかな?みたいなところからですね。それで、作る側になりたいなって。最初は真似してみたいっていうところから始まりました。

POGGY ライラにいた頃から、ブランドを始めていたのですか?

後藤 辞めてからです。ライラではセブン・バイ・セブンのお手伝いもさせてもらっていて、そこで企画と生産を担当していました。その時にライラの商品とかアーカイヴとかをたくさん目にすることができて。結局、バイトの期間を入れたら4年ぐらい働いていたんですけど、辞めるタイミングで声をかけてもらって、今の会社に入ったという流れです。

POGGY どういった経緯で「M A S U」をやることになったんですか?

後藤 僕がもともと知り合いだった生地屋さんが、今の会社の社長と繋がっていたのがきっかけです。その生地屋さんにすごく可愛がってもらっていたんですけど、その人の紹介ですね。運良くいろんなことをやらせてもらえるようになって、ラッキーだったなと思います。

POGGY ブランド自体は後藤さんが入る前にすでにあったんですよね?

後藤 2017年の秋冬くらいから、1年間だけ他のデザイナーがやっていました。その人が抜けたタイミングで、僕が誘われて入ったという感じですね。もともとは全然違うテイストのブランドだったんですけど、ブランドとしてのコンセプトにはすごく共感できたので、読み方だけ変えて、名前は残しました。一度、リスタートさせてくださいってお願いして、リブランディングという形で始めました。

POGGY それで「MASU」(マス)から「M A S U」(エム・エー・エス・ユー)へ?

後藤 そうですね。ちょっとややこしいくてすいません(笑)。

POGGY 共感したというブランドのコンセプトって何だったんですか?

後藤 「MASU」っていうのが、「ありがとうございます」とかの丁寧語の「ます」からきていて。まず一つは丁寧な物作りであるっていうこと。それから、もう一つは尊敬語とか丁寧語とか、日常的に当たり前に使っているけど、あまり意識ってしないじゃないですか。そういうのを一度振り返ってみて、ちゃんと評価しましょうって。僕がやろうとしていることに近いと思ったので、そこは受け継いでいくことにしました。

POGGY どういうところからインスピレーションを受けて自分のクリエイションに活かしていますか?

後藤 その時々に言いたいことや思うところがあって。例えば、今のファッション業界であったり、物事の流れとか。それって何だろうな?っていうところから始まって、それをどんどんと詰めていくっていう作り方をしています。もともと、ヴィンテージが好きなので、そこからインスピレーションを受けるものは多いですけど、まずは何を伝えたいかっていうのをベースにしていますね。

POGGY 最初に後藤さんの服を見た時、古着を踏まえた上で、それをただの復刻ではなく、ちゃんとデザインがされているなと感じました。クオリティも伴っていて。少人数でやっていることもあると思うんですけど、値段もすごく抑えられている。すごくコストパフォーマンスが高いなって思います。

後藤 そう言っていただけると嬉しいです。

POGGY 日本のブランドが海外に行ったときって、やっぱりすごい値段になっちゃうんですよ。そういう意味で、今後、ちゃんとステップを踏んでいけば、海外でも戦っていけるんじゃないでしょうか。

後藤 一番は工賃的な面で、会社が運営している工場のバックアップがあるから、この金額で出せるっていうのがありますね。その分、生地とかクオリティ的な面に力を入れられる。生地もほとんどオリジナルで作っているんですけど、縫製仕様とか、難しいことでもわりと手を出しやすいっていうのは、すごく助かっていますね。

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