(前編)VCD 今井寿、Amplifier “今井寿” TEE design F|MEDICOM TOY
DESIGN / FEATURES
2019年10月4日

(前編)VCD 今井寿、Amplifier “今井寿” TEE design F|MEDICOM TOY

MEDICOM TOY|メディコム・トイ

今井寿 インタビュー(前編)

BUCK-TICKのギタリストとして活躍する“奇才レフティ”
今井寿がレトロテイストなフィギュアになって登場

Photographs by ISHII Fumihito|Text by SHINNO Kunihiko|Edit by KAWASE Takuro

「軌跡を繋ぎ、そして纏う」

日本のミュージックシーンにおいて圧倒的な存在感で時代を作り上げたアーティストの肖像をアパレルに落とし込み、普遍的なアイコンとして後世に受け継ぐことをコンセプトにスタートしたロックアパレルブランド“Amplifier”。2016年、メディコム・トイとデザイナーのヒラカワレンタロウが共同で設立。「忌野清志郎」シリーズを皮切りに、数々の日本のロックレジェンドの勇姿がフォトTシャツとなってラインナップされている。
その“Amplifier”より、新たに「VCD Amplifier アーティストシリーズ」がスタート。第1弾としてBUCK-TICKのギタリスト、“奇才レフティ”今井寿がフィギュアとなって2020年1月に発売されることになった。立体化に際し“Amplifier”プロデューサーのヒラカワ氏は「VCD ANDY  WARHOL」に代表されるレトロテイストながら特徴を細部まで忠実に再現したモデルを選択。ヘッド部分は90年代の今井氏のイメージで再現し、さらに現在の姿のオーバーマスクが付属する。
これに伴い、昨年大好評を得たシリーズ1に続き、フィギュアと同じ衣装の写真を使用したシリーズ2「Amplifier “今井寿” TEE design F」も絶賛発売中だ。ここでは「VCD Amplifier アーティストシリーズ」開始を記念して、今井寿氏へのスペシャルインタビューが実現。自身のフィギュアへのこだわりについて、ルーツとなったアーティスト、バンドを始めるきっかけなど、うかがった。

──今回は「VCD Amplifier "今井寿"」「Amplifier “今井寿” TEE」についてお話を聞かせてください。今井さんはフィギュアにご興味は?
今井 コレクターというほどではないですが、結構好きです。もちろんメディコム・トイさんのことも昔から知っていました。商品もいくつか持っていて、『エヴァンゲリオン』の使徒、REAL ACTION HEROESのカネゴン、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』のBE@RBRICK、耳の部分から音が出るiPod用のBE@RBRICKスピーカーなどを持っています。地下の仕事部屋に飾ってあるんですけれども、最近はスペースが足りなくなってしまって……。
──そんなにたくさんお持ちだったんですね。ちなみにBUCK-TICKのメンバーでフィギュアが好きな方は他にもいらっしゃいますか?
今井 ドラムのアニイ(ヤガミ・トール)はいろいろ集めてます。僕とは趣味がちょっと違うんですけど、KISSとかブルース・リーとか。「今井、買っちゃったよー」って(笑)。
──最初にAmplifier “今井寿” TEE のお話があったときは、いかがでしたか?
今井 ヒラカワくんとは昔からの知り合いで、「Amplifierという企画があるんだけど」って清志郎さんとか教授(坂本龍一)のTシャツを見せてもらったんです。面白そうだから、ぜひやりたいと。写真のセレクトに関しては、最初ヒラカワくんにTシャツにするんだったらこれがいいっていうのを選んでもらって、そこからすり合わせていきました。
──黒と白のフォトTということで非常に汎用性の高いアイテムです。
今井 僕も清志郎さん、遠藤ミチロウさんのTシャツはしょっちゅう着てます。ライダースジャケットの中に着るだけで様になるので。
──そのAmplifierからフィギュア第1弾として「VCD Amplifier "今井寿"」が発売されますが、開発はどのように進んでいたんでしょうか。
まずは服、髪型、メイクをどこまで忠実に再現できるのか話し合いました。ソフビなのであまりディテールを細かくしてしまうと再現できないということだったので、だったら衣装は去年のツアー(「TOUR No.0 - Guernican Moon -」)で着たシャツ、エナメルのパンツ、ブーツというわかりやすいものにしようということになって。
──このシャツのデザインはイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が1980年のワールドツアーで着用したものへのオマージュですね。
今井 わかる人はわかる感じですよね(笑)。YMOシャツがすぐ出てくる人は僕と同世代か、本当のYMOファンだと思います。あのシャツが昔から大好きで、2003年に出たYMOのベストアルバム(『UC YMO』)に付いた復刻版は、サマソニとかのライブでも着てました。アルバム『NO.0』のツアーだったので「NO.0のロゴを使って、YMOシャツ風にデザインして」ってスタイリストさんに伝えて作ってもらったものです。

──YMOは今井さんが音楽の道に進むきっかけだったそうですね。
今井 それまで音楽自体まったく興味がなかったんですけど、「テクノポリス」をテレビかなにかで聴いた瞬間、“これだ!”と思って。すぐにシングルを買ってきて、家にあったステレオでずっとそればっかり聴いてました。それこそ朝、学校に行く前の時間がなくてバタバタしてるときもずっとかけっぱなしにして。あの中毒性は不思議ですね。
──そこからバンドを組もうと思われたんですか?
今井 いや、その発想は中学生のときはまったくなかったです。ギターにも興味ないし、シンセサイザーなんてそんな高価なもの買えるわけないし。バンドをやりたいと思ったのは、それからしばらくして友達からRCサクセションのカセットを借りたことですね。みんなで一斉に音を出してる感じが楽しそうで“バンドってかっこいいな”って。またひとつ好きなものが増えた感じでした。高校生になってからもバンドやれたらいいなって考えているうちにだんだん自分の中で“できんじゃないか? そうだよな、自分で動かなきゃ何も始まるわけないよな!”って盛り上がって、同じ高校の仲間とTHE STALINのコピーバンドを始めたんです。
──BUCK-TICKの前身となるバンドですね。
今井 すごく嬉しかったです。ああ、これでやっと念願のバンドができるんだ、絶対バンドを職業にしたいと思って。とはいえ内心どこかで“このバンドもそのうち無くなるんだろうな、そうなったら俺は東京に行ってまたバンドメンバーを探すのかな”ぐらいに考えていたんです。そしたら結構みんな本気になってくれて。
──そこから30年以上メンバーチェンジなしで活動できているのは素晴らしいことだと思います。
今井 当時うちがたまり場みたいになってて、新しいレコードが出るたび一緒に聴いてたんです。80年代初頭のニューウェーブ感というか、新しいものがどんどん出てくる感じにはすごく刺激を受けましたね。
──BUCK-TICKの音楽性も幅広いですね。ポストパンク、テクノ、ニューウェイブ、シューゲイザー、アンビエント、インダストリアル……。多彩な要素を融合させながら唯一無二の存在であり続けていられるのはなぜでしょうか?
今井 最初から“自分たちはこのジャンルのバンドだ”っていう枠を決めずに、とにかくどんどん曲を作ってこう、みたいな感じだったんです。その結果、雑食というかなんでもありなバンドになってしまったんですけど(笑)。自分の中ではアルバムごとに違う印象ってのが面白いと思うんです。デヴィッド・ボウイって、その時代によってまったく変わってたりするじゃないですか? インダストリアルやる時にはトレント・レズナー(ナイン・インチ・ネイルズ)と組んだり。そういうのを平気で出来ちゃうのがかっこいいと思うし、自分たちもそういうバンドでありたいですね。
──アルバムごとにこういうコンセプトにしようというのはメンバーと話し合われるんですか?
今井 いちおう席は設けるんですけど、結局「音がないとわかんないよね?」って話になります(笑)。言葉だけで説明しようとすると、そっちに引っ張られちゃったりもするので。
──サウンド同様、BUCK-TICKはデビュー当時からファッションも個性的でしたが、今井さんはどなたか影響を受けたアーティストはいらっしゃいますか?
今井 やっぱり同じ群馬出身の大先輩、BOØWYの布袋寅泰さんですね。スーツにエナメルのウイングチップのラバーソールを履いてギター弾く姿がかっこよくて。髪型とか身のこなし全部含めて影響を受けました。海外だとキュアーみたいに見た目が面白いバンドは見るの聴くのも好きでしたね。当時はいまみたいにミュージックビデオを見ようと思ったらすぐ見られるわけではないから情報にすごく貪欲でした。
──頬に“B-T”と描かれたフェイスペイントはインパクトがありました。
今井 あれはインディーズの頃、試しにやってみようかぐらいの感覚でライブに出たのが最初です。当時はむしろ描かない方が多かったんですけど、だんだん描かなきゃダメみたいな空気になってしまって(笑)。
                      
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