TOYOTA PRIUS Plug-in Hybrid Concept|トヨタ・プリウス プラグイン ハイブリッド コンセプト
TOYOTA PRIUS Plug-in Hybrid Concept|トヨタ・プリウス プラグイン ハイブリッド コンセプト
エコロジー性能がさらに向上
トヨタは、新型プリウスをベースとした「プラグイン ハイブリッド コンセプト」を、フランクフルトモーターショーで公開することを発表した。
文=ジラフ
CO2排出量をさらに削減
トヨタは2007年から、フランスの電力公社であるEDFと共同で、先代プリウスのプラグイン ハイブリッド車の開発、テストを繰り返してきたという。今回発表される新型プリウスのプラグイン ハイブリッド車は、そこから得られたさまざまなノウハウを活かし、より進化したモデルになっている。
目につく点としては、まず二次電池をニッケル水素からリチウムイオンバッテリーに変更したことがあげられる。性能が向上したリチウムバッテリーのおかげで、市街地での短い走行は、基本的にすべてモーターを使ったEVになるが、ここで使われる電気は、従来のハイブリッドと同様、走行中の充電にくわえ、家庭や公共施設のコンセントからの充電も可能になるという。トヨタのアナウンスによれば、現在市販されているプリウスよりも、EVモードでの走行が長くなるため、CO2排出量をさらに削減することができるという。
一方、高速道路や長距離の市街地走行は、従来のハイブリッド車と同様、エンジンとモーターを併用する。
この新型プリウスのプラグインハイブリッドコンセプトは、フランクフルトモーターショーで正式発表。ヨーロッパでは2010年の初めから、150台をリース販売する予定だという。
BRAND HISTORY
自動車メーカーとしてのトヨタの創業は1936年。当時流行していたストリームライン(流線型)ボディをまとった6気筒モデルと、上級市場を狙ったモデルがスタートだった。50年代後半に1リッターのコロナと1.5リッターのクラウンをラインナップに。60年代には、米国市場での拡販を目指す企業戦略を採用するにあたって、コンパクトなモデルから8気筒搭載車まで開発。フルラインメーカーの道を歩み出した。
トヨタの成長のカギは、徹底したマーケット中心主義にある。60年代は米国市場において、イギリスやイタリア製の小型車をターゲットにした車種を投入して成功。その後も、適度な性能を適切な価格で提供する商品戦略は、大型セダンからスポーツカーまで幅広く採用された。そののち米国に工場を建設するなどして、大型ピックアップトラックなど米国専用の車両を多く手がけるようになる。
国内では1960年代の高度成長期をひとつの頂点に、営業販売面の貢献もあり、多彩な製品展開で盤石のポジションを獲得。また主市場の米国では、1970年代に起きた2回のオイルショックをむしろ追い風とし、小型・省燃費を武器に急成長した。近年の大きなジャンプは1980年代後半。高級車志向が強くなった米国においてトヨタでなくレクサスという独立したブランドを立ちあげた。小さな部品1点1点から徹底した品質管理をおこなうという源流主義を採用し、高いクオリティ感を売り物とした。
もうひとつのジャンプが1997年のプリウスの発売だ。ハイブリッド駆動方式は一般にはなじみのない一方、当時の自動車業界からは「内燃機(ガソリンやディーゼルのエンジンなど)から燃料電池へと向かう技術の流れのなかで無意味」と批判されたが、先見の明があったことは現在の成功をみればわかる。世界中のメーカーが形式に多少のちがいこそあれ、ハイブリッド化を推進している。また、ハイブリッド車に必要不可欠なバッテリー技術は、電気自動車でも、その先にある燃料電池車でも必要となることは、ほかの自動車メーカーも認めざるを得なかった。
2008年9月に米国で起きた、いわゆるリーマンショック以降は高級車の販売が鈍化したり、ほぼ時期をおなじくして製品のリコールをめぐって米国議会で大きく取り上げられたりと、現在のトヨタは逆風にさらされているともいえる。2002年に参戦したF1から2009年に早々と撤退したのもファンのあいだに失望を生んだ。しかしあらたに世界ラリー選手権も視野にいれた国際的なレース活動を再開すると表明。今後に期待だ。(2010年8月更新)