燃料電池車トヨタ MIRAI(ミライ)に試乗 |Toyota
Toyota Mirai|トヨタ ミライ
新世代パワープラントへの先導車
燃料電池車トヨタ MIRAI(ミライ)に試乗
水素をエネルギー源とする燃料電池車(FCV)の量産型モデルとして市販が開始されたトヨタ MIRAI(ミライ)。まだ先と思われていた次世代自動車を、トヨタが世界に先駆けて送り出し、日常の世界を走り出した。都心で試乗をおこなった大谷達也氏が、MIRAI誕生の背景を探る。
Text by OTANI TatsuyaPhotographs by ARAKAWA Masayuki
好印象のハンドリング
今年4月、私はトヨタMIRAIをはじめて公道で走らせる機会に恵まれた。それ以前にもクローズドコースで短時間試乗し、その快適な乗り心地と正確なハンドリングに好印象を抱いていたが、今回、公道で改めて1時間以上もMIRAIを走らせてみて、そのおもいはさらに強まった。
まず、ボディががっしりとしているおかげで、路面からの衝撃をはねのけるような安心感が味わえる。しかも、サスペンションはしなやかでスムーズにストロークしてくれるので乗り心地は快適。そしてクルマ全体の重心が低いから足回りが比較的軟らかくてもロールが少なく、意外なほど機敏なコーナリングが楽しめるのだ。
正直、これまでのトヨタのエコカーは“エコ”であることを重視しすぎるあまり、ボディが頼りなかったり、サスペンションの動きがあまりスムーズでなかったり、ハンドリングもなんだかつかみ所がないようなクルマが少なくなかった。つまり、走りの味という部分では物足りなさがつきまとっていたのだ。
でも、MIRAIはちがう。乗り心地の上質さはよくできたヨーロッパ製小型車並みで、ハンドリングもこだわって作り込まれたことが想像できる仕上がり。だから我慢が要らない。それどころか、MIRAIだったら積極的に乗りたいとさえおもう。私の知る限り、運転していてMIRAIほど深い満足感が得られるトヨタ車はほかにない。
MIRAIの魅力はそれだけではない。
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エコの先入観を裏切る力強さ
電気モーターを動力源とし、このモーターに供給する電気を車載の“燃料電池”という発電機で発生させるのが燃料電池車の特徴である。つまり、燃料電池車は電気自動車の一種とも見なせるわけだ。おかげで、とても静か。
私が以前試乗したプロトタイプのなかには、スロットルペダルを大きく開けた際、大量の酸素を空気中から取り込むための電動ファンが大きな騒音を立ててどうにも耳障りだったことがあったが、MIRAIだったらキャビンはどんなときも静寂に保たれる。
もうひとつ、MIRAIで好ましいとおもったのは、その出力特性だ。MIRAIに搭載される燃料電池スタックの最高出力は114kw(155ps)。これで1,850kgのボディを走らせるのだから、普通に考えればそれほどパワフルなわけではない。
もっとも、こうしたスペックはこれまで試作された燃料電池車の多くに共通する傾向。けれども、MIRAIにはスペックを超えた力強さがある。スロットルペダルをぐいと踏み込めば、期待を裏切らない程度の力強さでスルスルと加速していく。しかも、スロットルを踏み込んでから実際に加速をはじめるまでのタイムラグが短い。だから、本当にストレスなく走ってくれるのだ。
というわけで、ことMIRAIのことになると手放しで賞賛してしまうのだけれど、これは携帯電話でいえば「この端末は実に素晴らしい」と評価しているに過ぎない。けれども、携帯電話は端末の仕上がり具合だけではなく、ネットワーク環境を提供する電話会社があってはじめて成立するもの。
いいかえれば、それがどんなに優れた端末であっても、接続できる電話会社がなければ宝の持ち腐れ、ネコに小判である。
いっぽう、これまでの自動車であればガソリンスタンドは(減りつつあるとはいえ)全国津々浦々に存在するのが当たり前だったから、携帯電話であれば電話会社に相当する給油所の数を心配する必要はなかった。ところが、まったくあたらしい乗り物である燃料電池車の場合は、まずは水素を補給する水素ステーションの心配からはじめなければならないのである。
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水素インフラより優先のZEV法とは
では、現在どれくらいの水素ステーションが全国で稼働しているのかというと、トヨタのウェブサイトには7月上旬の段階で81ヵ所と記されている。ちなみに、ガソリンスタンドの数は2013年の統計で3万5,000軒ほど。こちらもインフラが立ち後れていると指摘されてきた電気自動車用の充電スポットでさえ、いまや1万4,000基を越えている(日産リーフのウェブサイトより)そうだから、水素ステーションの数はケタちがいに少ない。
このためもあって、トヨタは当初日産2台ほどのペースでMIRAIを生産。2年後の2017年でもその4倍強にあたる年間3,000台を生産するに過ぎない。1年で1,000万台を販売する同社のスケールからすれば、ゼロも同然の数字だ。
にもかかわらず、なぜトヨタはMIRAIの発売を急いだのか? 世界に先駆けて量産をはじめることで、自分たちの技術を世界標準にしたいというおもいはもちろんあっただろう。それとともに重要なのは、アメリカ・カリフォルニア州などで導入されているZEV法への対処にあったとされる。
ZEV法とは、大手自動車メーカーに一定以上の比率でZEV=ゼロ・エミッション・ビークルを販売することを義務づけた法律。対象となるのはカリフォルニア州で年間6万台以上販売している大メーカー6社(GM、トヨタ、フォード、ホンダ、日産、クライスラー)で、ZEVの販売比率はスタート時にあたる2005年の10パーセントから2018年以降の16パーセント以上まで段階的に引き上げられていく。
もっとも、現時点で実用化されているZEVは電気自動車(EV)か燃料電池車(FCV)のどちらかなので、どちらも販売していなかったり、かりに販売していてもごく小数に限られる自動車メーカーを救済するため、さまざまな例外措置が実施されている。極端な話、従来であればハイブリッド(HV)やプラグインハイブリッド(PHV)までZEVにカウントすることができたのだ。
ところが、2018年以降はHVやPHVがZEVとして認められなくなるばかりか、本来であれば立派なZEVであるはずのEVでさえその評価を落とされ、ZEV法が科す条件を満たすには不利な状況となるのだ。
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次なるパワープラントの潮流
しかも、このZEV法はカリフォルニア州だけでなく、カリフォルニアと連携する合計10の州で適用されからその影響は極めて大きい。そして、もしもZEV法が科した条件を満たせないと高額な罰金を支払わなければいけないのである。
さらに2018年からはフォルクスワーゲン、BMW、メルセデス、ヒュンダイ、マツダ、キアなども規制の対象に含まれるので、HVやPHVでなんとか規制から逃れようとしてきた自動車メーカーもこれでお手上げ。できれば燃料電池車を、最低でもEVを一定数販売しなければならない事態にあと3年で追い込まれてしまうのだ。
水素ステーションというインフラストラクチャーがじゅうぶんでない現時点で、トヨタが燃料電池車発売に踏み切った最大の理由はこの点にあるようだ。もっとも、前述したとおりトヨタが作り上げた燃料電池車は素晴らしい完成度を見せている。あとは水素ステーションが全国にくまなく建設され、水素の製造方法と輸送方法が確立されればいいのだが、むろん、これらも簡単にはいかない。
けれども、自動車の大消費国であるアメリカの、それも一大マーケットであるカリフォルニア州の影響力は極めて大きい。史上初の排ガス規制とされるマスキー法が施行されたのも、やはりカリフォルニア州だった。これが引き金となって世界中で排ガス規制が導入されたことはご存じのとおり。であれば、ZEV法が次世代パワープラントの潮流を決定づけたとしても不思議ではない。
ZEV法を足がかりにしてなんとかして燃料電池車作りで主導権を握ろうとする日米自動車メーカーと、これまでどおりPHVとEVで課題を克服したいと願うヨーロッパの自動車メーカー。両者による綱引きは、いましばらく続きそうだ。
Toyota Mirai|トヨタ ミライ
ボディサイズ|全長 4,890 × 全幅 1,815 × 全高 1,535 mm
ホイールベース|2,780 mm
トレッド 前/後|1,535 / 1,545 mm
重量|1,850 kg
フューエルセルシステム|トヨタFCスタック(燃料電池)+モーター
燃料電池|固体高分子形
最高出力| 114 kW(155ps)
モーター|交流同期電動機(永久磁石式同期型モーター)
最高出力| 113kW(154 ps)
最大トルク|335 Nm(34.2 kgm)
駆動用バッテリー|ニッケル水素電池
容量|6.5 Ah
駆動方式|FF
サスペンション 前|ストラット
サスペンション 後|トーションビーム
ブレーキ 前|ベンチレーテッドディスク
ブレーキ 後|ディスク
タイヤ 前/後|215/55R17
最高速度|175 km/h
一充填走行距離(参考値)|約650km
価格│723万6,000円
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