進化するセーフティデバイス

クルマ自身が危険を察知し、ドライバーに回避行動を促したり、場合によってはクルマみずからが事故回避をおこなうセイフティデバイス。その最初の採用例はおよそ10年前にメルセデス・ベンツが世に送り出した「PRE-SAFE（プレセーフ）」だとされるが、いまやシンプルな自動ブレーキであれば軽自動車にも採用されるいっぽう、高価格車むけにはより高機能なシステムが続々と登場している。

ただし、この種のシステムが本当に威力を発揮するのは、クルマの生涯を通じて1度あるか、ないかという程度。言いかえれば、“そのとき”は滅多にやってこないわけだが、この肝心なときに正確に作動しなければシステムを装着する意味はないし、反対に作動すべきでないときに誤動作を起こせば、かえって別の事故の原因ともなりかねない。つまり、セイフティデバイスには極めて高い信頼性が求められるのである。

通常、セイフティデバイスはクルマや周囲の状況を検知するためのセンサー、センサーからの情報を分析して的確な判断をくだすコントローラー、そしてコントローラーからの指示を受けてドライバーへの警告や回避動作をおこなうアクチュエーターという3つのデバイスによって構成される。

前述した文脈からいえば、センサー、コントローラー、そしてアクチュエーターのいずれにも高い信頼性が求められることになるが、なかでも、すべての動作の基礎となるセンサーにはとりわけ高い精度が要求される。「正しい判断をくだすには、まず正しい情報から」というわけだ。

カメラとレーダーの2段構え

先ごろメルセデス・ベンツはドイツのシュトゥッツガルト近郊で 「TecDay Intelligent Drive」を開催し、ここでまもなく発表される次期型「Sクラス」に搭載予定のセイフティデバイスについて発表した。そこでは、まさにこのセンサーの精度を向上させるためのさまざまな工夫が紹介されたのである。

たとえば次期型「Sクラス」では、あらたにステレオカメラを装備することになった。一定の間隔をおいてふたつのCCDセンサーを並べることにより、人間の目とおなじように物体の形状や方向だけでなく距離も検出できるようにしたステレオカメラをセイフティデバイスのセンサーとして利用している例は日本車のなかにもある。

だから、ステレオカメラの採用自体は驚くべきことではないが、メルセデスは、従来からあるショートレンジレーダーやロングレンジレーダーを残したまま、あらたにステレオカメラを搭載した点が注目される。その意図はいったいどこにあるのか？　メルセデスでアクティブセイフティを担当するフランク・ヴェルナール・モーンは次のように語った。

「物体の位置や距離を検出するのにレーダーは好都合ですが、物体の形状を検出するのは苦手です。このため、前を走るクルマに接近しつつあるのか、それとも舞い落ちる木の葉がクルマに降りかかろうとしているのか、レーダーだけでは正確に判断できません。しかし、これにステレオカメラを組みあわせれば、クルマに近づきつつある物体が何であるかがわかり、回避行動をとるべきかどうかが正確に判断できることになります」

現行型の「Sクラス」にも、もちろん自動ブレーキは用意されている。ただし、ステレオカメラを装着していない（単眼のカメラは装着可能）ため、物体を識別する能力にかんしていえば、わずかに誤認識の可能性が残されている。このリスクを考慮し、従来からあるメルセデスの「ディストロニック」は、ブレーキが有している能力をフルに発揮するのではなく、50パーセント程度に抑えていた。しかし、次期型「Sクラス」では認識能力の向上にともない、歩行者と接触する危険性が認められた場合、あらたに装着された「PRE-SAFEブレーキ」が100パーセントの制動能力を駆使して事故を回避しようとするのである（50km/h以下の場合）。

ステレオカメラはなぜ必要？

ステレオカメラを装着した効果は、歩行者との接触回避だけにとどまらない。たとえば、次期型Sクラスでは、信号のない交差点での“出会い頭事故”を防止する「クロストラフィックアシスト搭載ブレーキ・アシスト」をあらたに採用。物陰からあらわれた車両をステレオカメラで発見するとただちにブレーキがかかり、接触を回避、もしくは軽減させる。

クルーズコントロールの作動中に車線からの逸脱を防いだり、先行車両に追随するように自動的にステアリングを切ってくれる「ステアリングアシスト搭載ディストロニック・プラス」や、やはり車線からの逸脱によって周辺車両との接触事故が起きそうになったときにESPとおなじ原理で進行方向を制御する「アクティブレーンキーピングアシスト」も、ステレオカメラの存在なくして実現できなかった機能であろう。

先行車両や対向車の位置を検出し、その部分だけヘッドライトからの照明をマスクする「アダプティブハイビームアシストプラス」は、多くの状況でハイビームとかわらない照明範囲を確保する優れた技術だが、ここでもステレオカメラの検出能力がシステムの実現にひと役買っている。

つまり、次期型「Sクラス」のアクティブセイフティはステレオカメラを搭載することで飛躍的に改善されたわけだが、忘れてならないのは、これらの制御はいずれもステレオカメラだけに頼っているわけではなく、ボディの様々な部分に装着された数多くのセンサーと助けあうことにより、多彩な機能と優れた信頼性を実現している点だ。ためしに、次期型「Sクラス」に搭載されているセイフティデバイス用のセンサーを数えてみたところ、「パークトロニック」用の超音波センサーまで含めると合計で26にものぼった。この数字からも、次期型Sクラスが「安全を見守る“電子の目”」を二重三重に張り巡らせていることがわかるだろう。

シートベルトにも新機能あり

そのほかにも次期型Sクラスではじめて世に出る安全装備はいくつもあるが、最後にどうしても紹介しておきたいのが“ベルトバッグ”である。これは「エアバッグのシートベルト版」というべきもので、事故時には乗員が装着しているシートベルトに圧搾空気を吹き込んで膨張させ、衝突に伴う衝撃を大幅にやわらげる安全装備。

膨張するとベルトの幅は通常時の3倍に相当する約15cmとなり、乗員が負傷するリスクが半減するという。シートベルトは、乗員の負傷を最小限に抑える「最後の防波堤」と捉えられているが、事故時には体重の何倍もしくは何十倍に相当する衝撃が乗員にのしかかる。そうした強大な力を、幅5cmほどのシートベルトで受け止めるわけだが、ベルトを装着する位置が正しくないと内蔵の損傷など重大な負傷を引き起こしかねない。

ベルトバッグは、そうした衝撃の緩和に役立つほか、ベルトの位置が多少ずれていても確実に乗員をサポートできるなどのメリットがある。

しかも、メルセデスはこのベルトバッグを前後のシートに装着するという。この点にも、安全性向上に積極的に取り組むメルセデスの姿勢が表れているといえるだろう。

これまでラグジュアリーサルーンの新基準を次々とうち立ててきたメルセデス・ベンツ「Sクラス」。その次期モデルは2013年前半にデビューする見通しだ。