先進技術が示す、日産のミライノクルマ 後編|Nissan
交通に思いやりある自動運転を目指して
先進技術が示す、日産のミライノクルマ 後編
東京モーターショーで自動運転の電気自動車「IDSコンセプト」を出展し、注目を集めた日産自動車。すでに「リーフ」をもってEVを普遍的な自動車としつつある彼らは、この先のクルマをどう考えているのか。日産の先進技術開発センター(NATC)を訪れた大谷達也氏が、紹介された最先端技術をもとに、彼らが見据える“未来のクルマ”についてリポート。後篇はおもに、各社が研究開発にちからをいれる自動運転を、日産がどのように実現しようとしているのかを考察する。
Text by OTANI Tatsuya
自動運転は実現可能か
では、電動化とともに日産が取り組むもうひとつの柱である知能化はどうか?
いうまでもなく自動運転は世界中の大手自動車メーカーが開発を進める、いまもっとも注目されている技術だ。もっとも、自動運転といっても千差万別。じつは、メルセデスが先鞭をつけた高機能アダプティブクルーズコントロール“ディストロニックプラス ステアリングアシスト”も自動運転の一種で、アメリカの国家道路交通安全局(NHTSA)や日本の国道交通省はこれをレベル2と呼んでいるが、さらにこの上にはすべての運転操作をクルマ自身が行うレベル3や、もはや人間は目的地を入力するだけであとはすべてクルマが自動的に判断や操作を行うレベル4が控えている。
ところで、自動運転は本当に技術的に実現可能なのだろうか? 私自身は、いつかは完全自動運転が実用化されると信じている。もちろん、現在よりもはるかに高度な計算を可能にする大容量のコンピューターやメモリーを安価に手に入れられるようになることが必要だし、適切な判断を素早く下すアルゴリズムの開発も重要だろう。
とはいえ、過去20年間、いや10年間に起きた技術の進歩を振り返れば、こういった部分の進化は時間さえかければ確実に達成できるのは明らか。あとは細密な3D地図データの構築と更新、そしてレーザースキャナーの低価格化が残された課題といっていいだろう。
今回のイベントでニッサンは「レーザースキャナーの量産プロトタイプ」を発表した。つまり、レーザースキャナーを量産車に搭載できるレベルまで価格を抑える目処が立ったというのである。その詳細について紹介する前に、レーザースキャナーとは何かについて説明しよう。
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技術だけでは普及しない
レーザー光を利用して対象となる物体までの距離を精密に測定するとともに、物体の詳細な形状を3D的に把握できる装置がレーザースキャナーである。すでに土木建築業界用などに実用化されているが、大の大人がひと抱えするほどの大きさがあるうえ、価格も数百万円から1,000万円ほどと自動車に搭載するには不向き。
ところがニッサンのプロトタイプは、機械的に動く機構を内部に設けない画期的な構造とすることで、表面に現れている部分がコンパクトなスマートフォンくらいまで小型化すると同時に、価格も量産車に搭載可能なレベルまで低減することに成功したという。
従来のレーザースキャナーと異なるのは、1基で周囲360度をぐるりとカバーすることができないため、クルマの前後左右の計4ヵ所に装着しなければならない点にあるが、ルーフから大きく突きだした形状をした既存のレーザースキャナーよりはるかにクルマのデザインになじみやすいもので、自動運転の実用化に大きな役割を果たしそうだ。
実用可能なレーザースキャナーが登場することで「これで自動運転に必要な要素技術はすべて揃った」といえなくもない。けれども、技術的に可能になったということと自動運転が現実の交通社会に受け入れられるかどうかのあいだには、大きな隔たりがある。
自動運転は数年後より段階的に実用化されると予想されているが、自動運転される自動車は、人間が運転する自動車との共存が求められるだけでなく、同じ路上を移動する歩行者や自転車からも「交通社会の仲間」として受け入れてもらわなければならない。
ところが、これまで路上で行われてきた歩行者と運転者のさまざまなコミュニケーションを、歩行者と自動運転車のあいだでも同じように実現することは難しい。なぜなら、自動運転車は運転席に人間が腰掛けていない可能性も想定されるため、従来のようなアイコンタクトやジェスチャーを用いた意思の疎通を図れなくなる恐れがあるからだ。
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気の利いたドライバーとなるために
この領域ではメルセデスがコンセプトカー「F015 Luxury in Motion」によって新たなコミュニケーション方法を提案しているが、ニッサンはボディを360度ぐるりと取り巻くLEDアレイを装着するとともに、周囲に歩行者や自転車が検知された場合には、その対象物に面した部分のLEDを強く発光させることで、自動運転車が歩行者や自転車の存在に気づいていることを知らせるデバイスを開発した。また、フロントウィンドウの低い位置に電光掲示板を設置し、ここに「お先にどうぞ」などのメッセージを表示するメッセージ ディスプレイを提案。これらを盛り込んだコンセプトカー「IDS concept」を東京モーターショーで展示した。
ただし、こうした発表よりも私の関心を惹きつけたのは、自動運転が“自然な交通の流れ”に溶け込めるよう人工知能を活用しようとしている点にあった。
たとえば交差点で自分よりも優先権を持つクルマと相対したとき、相手に進路を譲って自分はその場で待つのが基本だが、優先権を持つクルマの前に道を横断しようとする歩行者が現れれば、優先権を持つクルマもその場に停止しなければならなくなる。こうなると、本来は優先権を持たない自分のほうが先んじて交差点に進入できるケースもあるだろう。いや、逆にそうしなければ、「気の利かない運転をしている」として自分の後方についたクルマのドライバーをいらつかせることになりかねない。裏を返せば、たとえ自動運転とはいえ、自然な交通の流れを守るためには「気を利かせる」ことが重要になるのだ。
ただし、コンピューターにこれを実行させるのは、意外と難しい。そこで登場するのが人工知能である。周囲の交通状況を事細かに把握し、囲碁や将棋でいえば二手先、三手先まで交通の流れを“読む”ことで効率のいい行動を導き出す。こうした判断を下すことで周囲にフラストレーションを感じさせない自動運転を実現させるべく、ニッサンは研究を進めているのである。
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オーナーの癖も取り込む
もっとも、この種の「気を利かせた運転」は、ややもすれば、いわゆる「だろう運転」に結び付き、事故の原因となりかねない。その点を、プレゼンテーションを担当したリアム・ペダーセン博士に指摘したところ、「それはまちがった予測に基づいて行動するからです。私たちは正しい予測に基づいた行動のみを行います。また、複数の予測を階層状に行うことで、状況の変化に即応できるシステムを構築しています」との答えが返ってきた。
ちなみに、現在シリコンバレーにあるニッサンの研究所に勤務するペダーセン博士の以前の職場はNASAで、そこで地球外の天体上を走行する自動車の研究に携わっていたという。
そのほかにも、手動運転中にドライバーの好み――たとえば道端の障害物を避けるときにどのくらいのスペースを空けるか、といったこと――を把握し、自動運転時にはできるだけそれをなぞることによって、自動運転中のドライバー(実際には運転していないので、ドライバーという言葉は不適切かもしれないが――)に不安を感じさせないことも、自動運転を普及させるうえで重要になるはずだとニッサンは考えている。
つまり、ニッサンの自動運転開発は「自動運転ができるか、できないか?」ではなく、よりスムーズに現在の交通社会に溶け込ませることに開発の焦点を移しているといえるだろう。
テレビCMでは矢沢永吉が「やっちゃえ、ニッサン」と言い放っているが、ニッサンは何も無謀なことをしようとしているわけではない。むしろ、人の気持ちをくみ取った、思いやりある自動運転をつくり出そうとしているのだ。