ポルシェ 911試乗―鈴木正文篇
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2015年5月11日

ポルシェ 911試乗―鈴木正文篇

Porsche 911|ポルシェ 911

インタビュー 鈴木正文 ポルシェ 911に試乗

日本デビューを果たした991型911こと7代目ポルシェ911。OPENERSでは『GQ』誌編集長 鈴木正文氏にも試乗を依頼した。歴代の911を試してきた鈴木氏は、この新型911をどう見る?

Text by SUZUKI Fumihiko(OPENERS)

神経のとおる道具

ちょっと難しい話になるかもしれないけれど、クルマにかぎらず人間でも、神経がとおる身体と、とおらない身体があります。たとえば、いくら一生懸命走ってもバタバタしてしまうとか、足のつま先が頭の先まで上がる人もいるけれど、上がらない人もいる。年を重ねることで、本当に神経がとおらなくなって、腕をまわせない、ということだってあります。

道具は、道具だから無機物だけれど、ヒトが使う道具は有機的な身体の一部になりえます。市川浩という哲学者が、剣の達人にとって感覚は、刀の刃先まで延長されていて、うっかりすると素手でなにかを認識するよりも剣の刃先の感覚のほうがリアルに伝わることがある、といっているけれど、自動車の運転というのも、自動車に神経をとおして、自分の身体の一部にする。クルマでもなければ、たんなる身体の殻に封じ込められた完結体としての人体でもない、合体物が生成する。その生成の場所というのが、運転の場所だ──と、こういう考え方を前提とすると、911というのは、神経がとおったときに、本当のスポーツカーになるクルマです。

神経がとおっても、僕が普段乗っているシトロエンの2CVと僕の合成体ができることは──十分にいろいろなことができるにしても、運動能力はそんなに大したものではありません。だから、100m走って「クルマと人間の合成体は、こういうことができるのか」とおもうような、目覚しい走り方はできない。たとえば、内村航平選手が鉄棒なり床運動なりをやって、「人間はこんなことまでできるんだ」という感動をあたえるのは、内村選手ならばできるのであって、でんぐり返しがうまくできて、バック転するのが精一杯の人とはちょっとレベルがちがいます。2CVもでんぐり返しなんかはちゃんとできるけれども、バック転はできないかもしれないな。(笑)

つまりクルマを身体にたとえると、どこまで肉体を鍛えているのか、という肉体のレベルの問題があります。今回乗ったあたらしい911のカレラSは、3.8リッターのエンジンをのせて、それに耐えるように、乗り手を得ればオリンピックに出場するくらいのレベルの鍛え方をしています。もちろん自動車だから、普通の道を普通に走ることもできる。練達の職人が使う包丁では、菜っ葉を切るのには向かないかもしれない。でも自動車の世界でそういう本当のプロの道具というのは、レーシングカーだから、911はロードカーとして普通に、2CVが歩くように、歩くこともできます。でもだからといって、それであたらしい911がつまらないとは、必ずしもいえません。

PORSCHE 911|ポルシェ 911 02

Porsche 911|ポルシェ 911

インタビュー 鈴木正文 ポルシェ 911に試乗(2)

911にとって一番大事なところ

どの時代の911も、つねにその時代における本当のトップアスリートの能力をもっています。同時に、ロードカーとして、普通に運転の上手なドライバーが神経をとおしたくらいでは、びくともしないような、セーフティーマージンやスタビリティも確保しています。

昔の911には制御のテクノロジーがないから、扱いようによっては自分の手をきってしまうような可能性がありました。手ではすまないようなこともありえた。でも普通に操作していれば、普通の速度では、むかしの911でも大きな問題はありません。ただ、本当の限界コーナリングなんかではプロでも持て余すような挙動がリアエンジン リアドライブゆえに出ることもありえた。それはリアオーバーハングに重い鉄球がのっているようなものだから、加速すればフロントはもともと浮き気味なのがさらに浮くし、横Gでタイヤのグリップ限界をこえて、アドヒージョンが失われると、後ろがすべって、それを戻すときにヨーのおさえが効きづらいとか、そこにまちがったステアリング操作がまちがったタイミングでくわわったりすると、めちゃくちゃになる。そういう意味で、むかしとくらべるとあたらしい911はエレクトロニクステクノロジーによる制御が進んでいるので、安全マージンはひろくなっています。

PORSCHE 911|ポルシェ 911 06

ただ、そうなったがゆえに運転するよろこびが小さくなるということは、ポルシェの魂に反することで、911をつくっている人びとは納得しないでしょう。十分に神経をとおして、クルマとドライバーの能力をあげていけば、あたらしい911は世界一流の運動選手のように神経がとおるクルマであって、そこにドライバーのよろこびがある。熟練のドライバーであれば、最新型911に十分な楽しみを見出すとおもいます。そして911にとってはそこが一番大事なところで、そこにいたるまでが刺激的ならば、それはそれでいいことだけれど、その刺激が多少弱くても、それは実用車としては問題ではありません。

たしかに適度の刺激はほしい。だから、マフラーの音の切り替えがあって――それは本当に演出の話で、だから堕落したとかいう問題ではないと僕はおもいます。そこで楽しいとか楽しくないというのは911がもっている世界のなかで、ひとつの側面でしかないし、その側面は本質的なものではないということは、神経をいきとどかせてみれば明らかで、その段階になったら、マフラーの演出の大小は関係がない世界にはいる。シフトのスピードは関係してくるけれど、これも問題ない。

Porsche 911|ポルシェ 911

インタビュー 鈴木正文 ポルシェ 911に試乗(3)

991はまぎれもない911だ

991型の外観は997型の発展形で、側面の起伏があまりなくなったかな。911はむかしとくらべるとフロントのフェンダーとドアのところの起伏が弱まって、より直線的になっていますね。先端から後端まで平面的にひろがった感じがします。991型では全体にちょっと大きくなって、パナメーラをおもわせるスタンスではあるとおもいます。

ただ、乗ってみれば、911だなとおもう。まぎれもない911だとおもう。

インテリアは贅たくになっているけれど、911はそもそも贅たくなクルマです。ドイツの品質で、しっかりしたボディで、ものすごく耐久力のある足まわりであったりエンジンであったりも贅たくだし、いまは千何百万円で売るわけだから、同価格帯で世に流通しているクルマがもっている、値段なりのコンフォート、これは当然あたえないと話にならない。それが時代にあったものとして、あたえられています。それはまたアストンマーティンなんかとはべつなアプローチかもしれないけれど、その時代の、ポルシェの考える、その価格のクルマがもっているべきものは、持っています。

とはいえメルセデス・ベンツのSLほどは静かではなくて、スロットルをあけていけば、音ははいってきますし、乗り心地もPASM(ポルシェ・アクティブサスペンション・マネージメントシステム 電子制御のダンパーシステムを指す)がカレラSでは標準装備で、よいとはいっても、Sクラスとか、もっとホイールベースが長くてもっと重いクルマみたいな乗り心地にはなりません。

たしかに991型ではホイールベースが長くなっていて、ホイールベースが長くなれば安定性に寄与するわけだけれど、それで911の性格が根本的に変わったということはありません。トップスピードの時速300kmくらいは、ドイツでは合法速度だから、本当にだすひとがいます。だから、習熟したドライバーが時速300キロを実用にできる、そこに焦点をあわせて、ボディが変形しないとか、ガラスが割れないとか、ホイールだって、多少は製造時から歪んでいるわけだから、ブレーキパッドとの圧着が影響されないとか、そういう実験をちゃんとして、サスペンションや操作性は考えられているのです。ということは、足は固くなります。ホイールベースを長くしたのも、コストや生産の問題もあるだろうけれど、ひとつは、性能があがったのだから、自動車の運動原理からいけば、まっすぐ走るためには、ホイールベースが伸びるのは当然で、日常領域でピッチングモーメントをおさえ、普段の乗り心地をよくするためにホイールベースを長くした、というわけではなく、高速走行時の安全性を確保するためにホイールベースを長くした、と考えるのが順当で、それが市街地の走行でも役に立っている。それが911的な考え方だとおもいます。

PORSCHE 911|ポルシェ 911 09

PORSCHE 911|ポルシェ 911 10

911が現代にしめる位置

世界全体の窮乏化と富裕化が同時に進んでいるような現在の状況があって、クルマであるかぎりは、911も競争関係におかれています。そのなかで、うしろに+2のスペースがある911は、実用上ものすごく便利で、荷物は下手なハッチバックよりもはいる。ここまで高度な実用性をもって、本当に鋭い乗り物にもなるスポーツカーとしての911のライバルはいないと僕はおもいます。いまもって911は唯一無二の存在たりえている。高度なスポーツカーであり、高度な実用車でもある。万能でないとしたらボディの色だけかな。この場所にはこの色が合わない、ということはあるかもしれない。

911は世界観を壊すことなく、ますます安全に、乗りやすくなりました。視界が997型までとちょっとちがって、最初はとまどうかもしれないけれど、コンパクトな、手の中に収まる感じで、ドライブすれば全然クルマが大きいとは感じません。

形や音、ダイレクトなフィーリングといった点で懐かしい想い出があるから、964型のカブリオレが僕は好きだけれど、これは感情の問題だから、いいわるいとかじゃない。991型は964型がかつてそうであったように、最初から競技の格好しているスポーツカーもいるなかで、背広をきて、運動もできるクルマです。

spec

Porsche 911 carrera S|ポルシェ 911 カレラ S
ボディサイズ|全長4,491×全幅1,808×全高1,295mm
ホイールベース|2,450mm
トランスミッション|7段マニュアル(7段PDK)
車輛重量|1,395(1,415)kg
エンジン|3,800cc水平対向6気筒エンジン
最高出力|294kW(400ps)/7,400rpm
最大トルク|440Nm/5,600rpm
最高速度|304(302)km/h
0-100km加速|4.5(4.3)秒 スポーツクロノパッケージ設定時 4.1秒
燃費|9.5(8.7)ℓ/100km
CO2排出量|224(205)g/km
※括弧に閉じられている数値はPDKを装着した場合

PORSCHE 911|ポルシェ 911 10

鈴木正文|SUZUKI Masafumi
1949年東京生まれ。英字紙記者を経て、二玄社に入社。自動車雑誌『NAVI』の創刊に参画し、89年に編集長就任。数値だけでなく社会的、文化的な尺度で自動車を批評する自動車文化雑誌をスローガンに編集をおこなう。 99年に独立し翌年から男性ライフスタイル月刊誌『ENGINE』(新潮社)を創刊。2012年1月からは『GQ』編集長に就任して精力的に活動中。著書には『マルクス』、『走れ!ヨコグルマ』など。

           
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