Twiggy(ツイギー)|Vol.8 アーティストが旅で得るもの(前篇)
Beauty
2015年3月13日

Twiggy(ツイギー)|Vol.8 アーティストが旅で得るもの(前篇)

Twiggy|ツイギー

Vol.8 アーティストが旅で得るもの(前篇)

1990年から主宰するヘアサロン「ツイギー」で、各誌ファッション誌で、つねにモードの先端を提案しつづける人気ヘアスタイリスト 松浦美穂さん。そんな彼女が数年来抱いてきたプロジェクトが、2009年秋、実現した。それは、自社で展開する“オーガニック系のシャンプー&トリートメント”。日々科学的な飛躍が目覚ましいコスメ業界において、モードの先端をいくひとが、なぜ「オーガニック」に注目しつづけてきたのか……この連載で、その秘密を紐解いていきます。

語り=松浦美穂まとめ=小林由佳写真=佐藤孝次


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欧米の華やかな文化を吸収し、洗練された高級ホテルを堪能する……モード最先端のアーティストなら当たり前に感じる旅のスタイルですが、松浦さんはちょっとちがった見解から旅を楽しみたくなったそうです。ちなみに昨年訪れたのはキューバ、そして目下計画中なのがブータン。そこに求めているものは流行への追随やレア感ではなく、自分のための明確な目的があるから。そこで得たものは、松浦さんのライフスタイルに、アーティスティックな感性に、そしてヘアスタイリストとしての姿勢に大きく影響し、旅を重ねるごとに確実にブラッシュアップされているようです。

――劇的な旅を経験したのは39歳。それまではどんな目的で旅をしていたんですか?

連載初回時にお話ししたロンドンからもどってきたのは、30歳のときです。それまでの旅って、自分自身の“学び”のため、そして自分が何者であるかを探すようなものでした。言うなれば自分にとって必要な女性性、みたいなものを求めて旅していたんですね。そして30歳から39歳までのあいだは、もう自分が美容師として、へアーアーティストとしてやっていくと決めたなかで、ちょっと背伸びをしていた時期なんです。だから“もっとエレガントなことも知らなくちゃいけない”とか“等身大よりもっと華やかな世界を知らなくちゃいけない”と、表面的に美しいものを捉えていました。

――どんなところにいらしていたんですか?

そのころは、イタリア全土縦断や、スペインをアンダルシアから回ってみたり、NYに2ヵ月くらい滞在してみたり。そこにはあるもの、都会のような出来上がった場所に存在する素晴らしいものを見てまわっていました。だけど39歳からは、それまで手に入れてきたものからではなく、“無いもの”からの発想を意識しはじめたんです。無いものだから無駄がない。私の仕事においての「無駄がない」ということは、それまで作り込んできたエレガントなモリモリヘアーから、今度は削っていく作業だと受け止めました。……今から10年前、私が39歳までに作っていたスタイルは、ボリュームヘアーがすごく多かったと今でも感じています。自分のなかで“エレガントへの追求”があったし、個人的にも60年代好きだったというのもあって、日本人の等身大の形も考えずにモリモリヘアーをいっぱい作っていたと思うんです。その結果、やっぱり削ぎ落としていきたい気持ちがだんだん芽生えてきて……それが39歳のときでした。そこからは削ぎ落とすことを追求しました。どこを削ぎ落としていけば素敵なところを残せるか、エレガントさはここを残すとか、キュートであればここを残す、フェミニンっていうことはここを残す、というように、ちゃんと女性のもっているエレメントみたいなものを無くさずに削っていきながら、最終的には素敵にしていきたいと思ったのがスタートラインなんですね。

――そのキッカケとなったのがメキシコのバハ・カルフォルニア。それまでの華やかな文化に触れる旅先ではなく、大自然をテント生活でまわるという……。

その年、私は日本国内でも、和歌山と熊野のあいだとかを自分の足で歩きまわって、山を登り降りるようなことをずっとやっていたんです。要は自分削り。それでこの自分削りも、だんだんその方向性がわかってきたときだったんです。まさにこの「テント生活」っていうのは自分削りのど真ん中で、いい意味での二度目の自分探しだと直感しました。すっかり油ギッシュになった自分をちょっと削り落としたいみたいな、一度油を落としてソリットにしたい、という気持ちですよ。バハ・カルフォルニア滞在の10日間は、時計を外しました。何時なのか一切わからない状況にして、朝起きて太陽の位置を見て“あ、今のこの太陽の位置は5時半だね”とか、“あ、今これ11時くらいだよ”と、だんだんわかるようになりましたね。移動はすべてクルマ。3時間半ぶっ通しで走っても、ひとひとり、民家ひとつ出会わないところでした。

Twiggy|ツイギー|松浦美穂|まつうら

目的地までのほとんどの道のりが植物すら生えない荒地。海に近づくにつれ、水分をふくんだ気候になることで緑も目にするようになる。ようやくサボテンが生えているエリアまで到達し、海が近いと判明。よろこんで一休みしているところ。

――松浦さんは当時からすでに女性にとっての憧れの存在でしたが……油ギッシュ(笑)だったんですか?

ロンドン滞在前の20代までの間は、自分にお金を使って自分を磨くみたいなことをやっていました。でも実際はただ単にそういう感覚に捕らわれていただけだと気付き、ロンドン生活でそのすべてを脱ぎ捨てたんです。貧乏生活だったこともあって、もう一度素の自分にもどることができました。ただ、そのときの「素」の自分って、キャリアも乏しくスタートライン以前にいる感じ。もう一度素にもどって感性を磨くという面では、自分のなかのファクターが足りない状態でした。削ぎ落とし過ぎたと言えば過ぎた、素にもどり過ぎたと言えば過ぎたというところでしょうか。でもその経験があったからこそ、31から35歳くらいまでの時間を使ってもとにもどった自分で立て直せたんです。

でも、だんだん仕事が幅広く入ってくるようになると、今度は自分を取り繕ろうとしはじめたんです、また(笑)。30代後半の等身大をやってるつもりで、“よし、もうすこし自分にお月謝払わなきゃ”と思って、高いものを数多く買いすぎたり、「お金は使うものだ」と思い込んで。20代のお給料でやっていたレベルとはまたちがう、もうワンランク上のことをやろうと思っていたわけですね。結局、もうギッシュなぐらいに油が付き過ぎちゃって、何が本当にいいものなのかを絞り込んでいく自分が確実にブレました。コレもいいアレもいい、だってそれぞれいいんだモンって(笑)。そんなとき、仕事でアフリカのセネガルという場所に行くことがあり、そこでの10日間はその後の自分削りと自分磨きのきっかけになったことはまちがいないし……いま思うと、仕事で子連れでなかったことも、大きく「何か」を感じるいいきっかけでした。

――それでもう一度、自分を見直す旅に出た。

自分のコアな部分から本当に欲しているものは何か。みんなが欲しているものではなく、本当に自分からの発信として欲しているものを、もう一度探しに行かないといけないな、と。これは27歳でロンドンに渡ったときと同じ気持ちでした。あのときより知識は増えているような気はするけれど、知恵と知性はまだ足りないかもしれない。ここでもう一度磨かないと、もう一度そぎ落とさないといけないと思い、メキシコへ向かいました。

旅行中は、ホントにもう、ひたすら何を見ても感動でしたね。まずはサボテンの美術館状態! 行っても行ってもサボテンだらけ。面積でいえば東京都中がサボテン美術館といった感じ。そして砂漠と海と山だけの世界、太陽、月、風、雲……もう毎日涙が吹き出て、湧き出て止まらなかった──「夕日ってこんな色だったっけ」って。で、沈む前のオレンジから海の色と混じり合って妙な紫、ピンクが混在するオレンジ、群青色のような……見たような見たことないような、あ、「ベティブルー」みたいな、フランスで見たみたいな、なんかどこかにあるような色の空。でも頭上が全部空だから、なんかもうすごいんですよ。それはそれはもう描いたの。とにかく絵の具で紙にどんどん色をつけていったら、もう手についてる色から、筆についてる色まで何から何までもとんでもない色になったんですよね。でも描き終わると“こんな汚い色じゃないじゃん”みたいな(笑)。

Twiggy|ツイギー|松浦美穂|まつうら

……形にできないんですよね。何回も何回も、毎日毎日、色で表して絵を描いてみたけれど、自分の出した色は最後まで納得いかない。そこで“やっぱり自分の目を信じよう、自分のこの五感を信じよう”っていうことに気づきました。ちゃんと素の自分にもどることができました。いま、本当に自分が求めているものが手に今入らない、だから経験しなくちゃいけないんだと感じた旅でした。またスタートできる「1」に戻れた、って。……ゼロにはもどりたくないんです、私(笑)。もどるの好きなんだけど、ゼロはいや。1からやり直す。バハ・カルフォルニアは、私にとってのエレメントです。自分の五感をもう一度信じるんだ、って確かめられた旅。

旅といえば、それまではパリに行きたい、フェレンツェに行きたいというのだったんですが、バハ・カルフォルニアは、自分にとって必要な目的がわかってて行った旅。それまで30代の旅は、憧れて行く、なんか素敵そうだから行く、自分の仕事につながりそうだから行く……というような直接的なものでしたが、バハ・カルフォルニアでの10日間は、ライフスタイルとして、親として、女性として行ったと思っています。


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