Twiggy(ツイギー)|Vol.6 髪とデトックス(前篇)
Twiggy|ツイギー
Vol.6 髪とデトックス(前篇)
1990年から主宰するヘアサロン『ツイギー』で、各誌ファッション誌で、つねにモードの先端を提案しつづける人気ヘアスタイリスト・松浦美穂さん。そんな彼女が数年来抱いてきたプロジェクトが、実現しました。それは、自社で展開する“オーガニック系のシャンプー&トリートメント”。日々科学的な飛躍が目覚ましいコスメ業界において、モードの先端を行くひとが、なぜ「オーガニック」に注目しつづけてきたのか……この連載で、その秘密を紐解いていきます。
語り=松浦美穂まとめ=小林由佳写真=佐藤孝次
“自分育て”のためにお米づくりや菜園づくりを楽しむことは、同時に、サロンで髪を切るお客様を“創る”という意識の高さにもつながる、と松浦さんは言います。そして数々のファッションショーのバックステージでもモデルを“創る”松浦さんが、「今年いちばん印象深い出来事だった」というのが、ランウェイを飾るモデルたちのヘアスタイルチェンジ。松浦さんがショートカットにしたTAOさんのセンセーショナルな登場が、モデルたちが感じていた“何か”とリンクしたようです……。
Q.松浦さんのお米づくりは、サロンのお客様との会話でもよく出るそうですね。
前回の連載も、いろんな方から反響がありました。もちろん、Beautyの連載なのに、写真が思いっきり田園風景と稲刈りというインパクトもありましたが(笑)。でも「食べる」ということは、“自分づくり”の基本。やはりこころとからだのバランスをとるためには欠かせないものです。これはロンドンでの出来事、出産を通じて感じたことでもずっとお話してきました。ただ、私が“自分作り”のためになっていると実感するのは、やはり美容室に立っているとき。パーティに出て行くよりも、サロンに立って現実的にお客様に接する時間のほうが、いろいろなこを収穫できているような気がするんですよ。お米づくりにいたったのも、お客様との会話から。そしてこれが実現したら、逆にお客様と自分の関係の深さを感じさせてくれる手段にもなりました。
お米イコール髪、っていうのはすごくわかりにくいつながりかもしれませんが、私たちがお話しする髪についての話は、こころとからだを育てる話とおなじです。お客様とお話しをするとき、それは髪そのものにかんしてより、私たちを取り巻くさまざまなことが話題にのぼることのほうが多いと感じるんですよね。
Q.女性はとくに、自分の髪に思い入れがあると思いますが。
切る側にとってとくに印象的なのは、ひとが「髪の毛を切りたい」と思う瞬間。やっぱりひとが――とくに女性が髪の毛を切りたい瞬間って、特別なものです。たとえば、仏門に入る女性は剃髪をしますね。これは「女性」という性を捨てるという行為。男性でも女性でもない中性として、その世界に入る意味深さがあります。さらに、以前、鍼灸と漢方の先生に聞いたんですが、からだの外側を五臓六腑にたとえると、髪の毛は“腎の気”……腎臓なんだそうです。人間のからだをキープするには腎臓の働きが大切です。このことを知ったとき、私は自分の仕事に対する緊張感を感じました。それまで、“髪切り屋さん”くらいの軽い気持ちでいたのに、「私、お客様の“腎臓”を切らせていただいてるんだ」って自覚したんです。
流行のヘアースタイルに変えよう、ファッションだから……と、それだけではないもっと内側のこと……。もちろん、私たちはつねに文化やファッションを創造するというクリエイティブを意識する立場にはありますが、それ以前に“ひとりひとりを創る”意識が大切なんです。髪が“腎の気”だと聞いてからは、本当に真摯な気持ちで髪の毛を切るようになったし、そしてその感覚は、自分のまわりのすべてにつながりました。腎臓は、からだの中で解毒作用を促す機能を持ちます。そして解毒は「デトックス」という言葉で注目を浴びるようになりました。この解毒をからだの外の腎臓……髪でたとえるなら、デトックスして自分を確実に変えられるのは、メイクでも洋服でもなく、髪を切ることなのかと・・・? 鏡に映る自分が確実に変わりますよね。
Q.松浦さんがモデルのTAOさんをショートカットにしたことは、象徴的なデトックスだったとか。
TAOさんは、世界に「日本」というものを表現できるアヴァンギャルドさをもつモデルだと思います。その彼女が心機一転、NYに基盤を移そうとしていたときにショートカットにしました。そして、日本人モデルは“オリエンタルビューティ”な黒髪ロングがつねだったNYで、ショートカットになったTAOさんが、いきなりフィリップ・リムのコレクションにミューズとして選ばれたんです。NYに行く前、私が出会ったときのTAOさんは、10年間モデルをつづけた末の岐路に立っていました。長年ひとつのことに打ち込んできたひとなら誰もが感じる、10年目の“迷い”。そこで髪を切ってビジュアルから自分を変化させ、あたらしいモデルとしてNYコレクションに挑戦しました。出発前の彼女には悩んだ時期もありましたが、NYで瞬く間に花開いた。それを見て、「あぁ、TAOの今回のデトックスは成功したんだな」と確信しました。
さらにTAOさんのミューズ大抜擢以降、モデル業界は一気にショートヘアが増えました。これはみんながTAOさんを真似たのではなく、みんな“今までのモデルの定義はこれからの時代に合わない”と感じていて、デトックスしたかったんだと思うんですよね。だから、バッサリ髪を切ったモデルが世界の舞台であるNYに来るなりフィリップ・リムさんに認められたのを見て、多くのモデルたちが「これいい方法だ」と感じたんだと思うんです。「それをやってもいいんだ」と。本来ならば、個性を主張せず、エレガントもアヴァンギャルドもオールマイティにこなす “素材”としてのスタンスを保ってきた彼女たちが、次々とショートカットにしはじめた……これは非常に興味深いことでした。
Q.ファッション業界に何か新しい潮流ができていたということですか?
いえ、むしろモデルたち自身が変わらなきゃいけないと感じたのでしょう。私も今年は10人以上のモデルをロングからショートにしましたが、30年近くヘアスタイリストをやってきて、こんなのははじめての体験でしたよ(笑)。今まで、モデル業界でこういう動きはありませんでした。ニュートラルであるべき彼女たちが個々を大事に感じて、髪を切ったんだと思います。これが女優やアーティストのように個性で勝負する仕事ならまだしも、外からイメージを作られていくモデルがやっているところが、今までと大きくちがうんです。TAOさんをはじめ、SACHIさん、富永 愛さん――多くの大物モデルたちが「個性」を主張して表現するという現象は、日本では久々……山口小夜子さんあたりの時代以来ではないでしょうか。
時代を作り、時代を映す媒体でもあるモデルたちが「切りたい」と思う現代。これは新しい流れとかではなく、彼女たちが自分から何か作り出そうと、たったひとりの力で動くことを信じて、デトックスを必要としたからだと思います。私が髪を切ったモデルのなかに「事務所に言われて」というひとはひとりもいませんでした。切る直前になってマネージャーに電話していたひとたちも「NO」とは言われなかった。これはつまり、モデルを取り巻く環境もなんとなく“このままじゃいけない”って空気になっていたからでしょうね。みんな思い切りの良さをショートカットで見せて、そして見事にデトックスを成功させています。そしてわたし自身、TAOのヘアカットをして、彼女の大きな変化を間近で体験することができたのは、貴重な体験だったんです。