試乗、日産GT-R NISMO|Nissan
Nissan GT-R NISMO|日産 GT-R ニスモ
試乗、日産GT-R NISMO
日産GT-Rがデビューをしてから8年。日産のモータースポーツ部門、NISMOの手によりサーキット志向のエンジニアリングがほどこされた「GT-R NISMO」に渡辺敏史氏が試乗。通常モデルとは何がちがうのか。その真価を探ってみた。
Text by WATANABE ToshifumiPhotographs by HANAMURA Hidenori
スピードに対する価値軸を変えた存在
一般道とサーキット。鳥瞰の地図で見ればおなじ、直線やカーブの組み合わせにみえるも、その場を実際に走ってみればそのフィードバックはまったくことなるものだ。
サーキットの路面は綺麗に均らされているうえ、舗装もタイヤのグリップを重視したものが配されるなど、クルマのパフォーマンスを完全に引き出せるよう留意されている。対すれば、刻々と変わる舗装状態にひび割れや凹凸に轍などがくわわり、さらにはコーナーを跨ぐように白線が引かれていたりと、一般道のコンディションはむしろ真逆といっても過言ではない。
その両方に最適化された性能を、1台のクルマで叶えることがいかに難しいか。それは「GT-R」こそが10年近くにわたって実証してきたことかもしれない。レーシングカー的な発想と設計、そして実験で生まれたGT-Rは、ご存知の通りニュルブルクリンクを前代未聞のラップタイムで駆け抜けた。
費用対速度をとんでもないレートで供したがために、価格帯のまったくことなるスーパーカーと呼ばれるクルマたちがふんわりと掲げてきたスピードに対する価値軸を、有無をも言わさずひん曲げてしまったわけだ。その点においては今もって、GT-Rを上まわるものは存在しない。
が、いっぽうでGT-Rは轍、目地段差など日常的に遭遇する人工的な路面状態に対する反応のシビアさ、路面凹凸に接しての中低速域での強い突き上げ、トランスミッションのノイズや変速時のギクシャク感など、ストリートカーとして相当いびつな領域があったのも確かだ。
それは部品や生産精度の向上もあって、年次毎に少しずつ整っていったようにもみえたが、いかんせんライバルはあたらしいソリューションを得て高い快適性と異次元の速度とを両立し始めている。この点、GT-Rは全車両が同一の性能であることにこだわりつづけてきたことが仇となり、大きな後れをとっていたといえるだろう。
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試乗、日産GT-R NISMO (2)
GT-Rの“R”を拡張した「GT-R NISMO」
たとえばポルシェが「911 GT3」で、フェラーリが「458イタリア」でそうやっているように、絶対的な速さに特化した仕様と日常も供せるオールラウンドな仕様とを分割して考えたほうが、ユーザーにとっては親切なのではないか ―― 。
現在のGT-Rはそういった発想に沿ってメカニズム的に大きくことなる2つのバリエーションを用意している。すなわちGT-Rの「GT」の側を拡張した標準車に対して「R」の側を拡張したのがこの「NISMO」ということになるわけだ。
スプリングやダンパーレートの見直しで乗り心地を大きく改善したいっぽう、サーキット パフォーマンスは譲歩したという標準車に対して、ニスモの側は針穴を貫くような速さの追求に対してまったく容赦がない。
ここまで締めることができるのかというほどのレートに、高速域に至るほど標準車を上まわる凄まじいダウンフォースを得るエアロパーツで武装し、標準車比で50ps上乗せされた600psのパワーを手中に収めている。
さらに望みとあらば、プロドライバーが束になってかかった“ニュルアタック車両”そのままの仕様をニスモ通しで入手することも可能だ。その場合、サスや各種カーボンパーツなどの専用部品代は計800万円余にもおよび、車両代を含めての金額は2,300万円を優に越えることになる。が、それでもニュル7分8秒台という量産車前人未到のウルトララップを刻めるそのものが手にはいるとあらばリーズナブルと、そこに価値を見い出すユーザーもいるだろう。
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試乗、日産GT-R NISMO (3)
乗り心地の悪さの中に嗅ぎ取れる潜在的な質感
GT-Rニスモのドライブフィールにつきまとうものは、最初から最後までほとんど変わりがない。純粋がゆえに多少のあばたも許そうという気になる、ともあれすべてが一箇所へと向かっている清々しさが動きの端々から溢れている。
たとえば、ボディ剛性が乏しいところに足を固めての乗り心地の悪さが腹が立つほどにイライラさせられるのは、突き上げだの揺さぶりだの以上に、車体全体に不快な残響感がキレ悪くまとわりつくからだろう。そういう点でみれば、GT-R ニスモのそれは高速前提の足まわりゆえ、低速域では細かな凹凸をいちいち拾っていくなど、乗り心地がいいか悪いかといえばもうはっきりと悪い。が、クルマ好きはその悪さの中に潜在的な質感を嗅ぎとることだろう。
ボディは衝撃を瞬時に減衰し、かつ、その突き上げの上下死点ではガツンではなくグニュッと弾性をもって衝撃を受け止める余力もある。そしてそれらは、速度を増すごとに得も言われぬしなやかさとなってドライバーへとフィードバックされる。
普段乗りの領域では体を細かく揺すられるその乗り味をよしとはせずとも、いいものにしか醸せないこの減衰感を知ると、登場から8年経てど、やはりGT-Rのボディワークは大したものだなぁと感心するしかない。
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試乗、日産GT-R NISMO (4)
価値を純粋な性能に強く語らせる
基準車に対して50psの上乗せがなされた、その動力性能はさすがに体感できるほどのちがいとして現れている。が、ともあれGT-Rの火力はストックでもいまだ一線級だ。時々サーキットを走る程度の用途であれば、それはまったく必要のない領域の話ともいえるだろう。
問題はそのフィーリングのちがいだ。GT-R ニスモは基準車に対してトルクの山谷もはっきりしており、まわすほどにグングンとパワーを乗せていく性質がうかがえる。とくに4,000rpmから向こうの力強さや吹けの軽さは、呆れるほど豪速な基準車の印象をもフラットにしてしまうほどで、たとえ絶対的な速さが不必要であろうとも、このメリハリのある感触であえてニスモの側を選びたくなるひとがいてもおかしくはなさそうだ。
そのパワートレーン以上にことなる印象となるのがコーナリングで、ニスモの側は基準車に対して、あらゆる面が軽く精緻で剛質だ。ただし、生半可な速度域ではその研ぎ澄まされたパフォーマンスは窺えない。そこにある質感は嗅ぎ取れたとしても、あくまでこのクルマが活かされる場所はサーキットである。
そう、GT-Rを検討する人の9割、いや、さもすればそれ以上の方々にとって、基準車の側が幸せな選択となることはまちがいない。
もちろん日産のクルマだから、普通に扱うことはできるとはいえ、ニスモはごく一部のサーキットアタッカーや、その意を汲み取り研ぎ澄まされた質感を慈しむエンスージアストのために用意された特別なメニューだ。
一見さんにはあまりに敷居が高いという世界を、加飾や値札以上に、純粋な性能に強く語らせている。そういうことができる日本車は、現状、GT-Rくらいしかないだろう。