浅野典子「アフリカの風」 Chapter23:もうひとつ南アフリカ 2
Chapter23:もうひとつの南アフリカ 2
前回の『アフリカの風』では、南アフリカのことを語るうえで、決して避けてはとおれない“アパルトヘイト”についてラスタの友人B・Z・ジョージ(49歳)にインタビューをしました。
今回は、そのつづきです。アパルトヘイト完全撤廃から15年経った、“南アフリカの今”を中心に話を聞きました。今、実際に起こっている南アフリカの真実を知って下さい。なお、このインタビューは昨年3月におこなわれたものです。
インタビュー=浅野典子翻訳=梶谷雅文
──ANC(アフリカ民族会議)について教えてください。ANCとは何ですか?
ANCはムーヴメントなんだ。我々の祖先によってはじめられたムーヴメントだ。底辺の人間を支援するはずの政党だ。
──ネルソン・マンデラ氏はANCですか?
そう。
──ANCの活動がアパルトヘイト撤廃に結びつきましたよね? 現在のANCは当時と比べてどうですか?
変わったね。今日では黒人が大統領に就任して、議会もあらゆる人種が混じってレインボーネイションと呼ばれている。当時、ANCは頑張って良い変化をもたらしてくれた。でも今のANCは……というと汚職議員がいたり、起訴されたズマ議長がいたりして問題を抱えている。ANCが悪いというよりは、ANC内部の一部の人間が悪いんだ。
──今は若年と高年の世代間でANCはふたつに分かれていると聞いたのですが?
ANCがふたつに分かれたのはこれがはじめてではないんだ。私は1960年に生まれたので父親から聞いた話だが、50年代にもANCは二手に分かれて、そこからPAC(パンアフリカニスト議会)が派生したんだ。すべては変化していく。ある者はその変化を拒否する。そういうものだ。しかし、物事をうまく進めるには妥協も必要。
父親はANCだったが、PACが派生したときにPACに参加したんだ。彼は、アフリカニストはアフリカニストであるべきだ、自由や土地を手に入れるべき、と信じていたから。ここらの家はすべてアパルトヘイト時代の家なんだ。自由になったら、「ずっと家賃を払っていたんだからもうこの家をあげるよ、自立してくれ」というふうになると期待していたど、今でも家賃を払っている。
外の路面は60年代から変わっていないし、観光客が見える道路だけきれいに舗装するんだ。でもメインロードから一本それるとひどいものだ。ANCに失望しているひとは大勢いるよ。
──4月の大統領選挙でANCから新大統領が生まれるかもしれませんね?
そうだね。
──ANCのズマ議長が大統領に就任する可能性についてどう思いますか? レイプ容疑を回避するために大金を払ったと聞いたことがありますが。
彼が大統領になる可能性は高いね。彼にかんしては、悪い評判がつぎつぎと出てくる。でも真実は判らない。どちらにしても汚職容疑などで今のANCは多くの問題を抱えているんだ。
──ANCとほかの政党が対立していますよね?
IFP(インカタ自由党)のことだね?
──もしANCとIFPのあいだで武力闘争がはじまれば2010年のワールド・カップはなくなるのでは?
そうだね。その心配は確かにある。IFPとANCの問題はアパルトヘイトの時代からつづいている。
──同じ民族同士ですか?
私も今それを言おうとしていたところだ。IFPはどちらかというとズールー民族で、一方ANCはコーサ民族。マンデラ氏もコーサ民族だ。で、ズマ議長はズールー。これは主にコーサとズールーとの対立だ。
我われラスタにとって、ズールーもコーサもおなじ人間だ。コーサ民族はズールー民族から派生した。アフリカ南部はみんなズールーだったんだ。それが戦争やらで人びとが散らばって、ある者は頬を切って新しい民族をつくり、ある者は耳に大きな穴を空けて新たな民族をつくる。そうしてあたらしい言葉も生まれていった。ズールーのシャカ王がズールー民族を白人植民地主義者と戦わせた結果、いろんな民族が生まれたが、みんなもとはひとつだ。悲しい話だ。
──南アフリカではズールー民族が一番多いですよね?
そのとおり。
──ANCはどう未来に作用するでしょうか?
個人的にはネガティブに作用すると思う。
──たとえば?
ANCが認める中絶や同性婚は罪深いことだ。アダムとイヴによって我われはつくられ、子どもを世に送り出していかなければならない。中絶には絶対に賛成できない。赤ん坊が殺されて生まれてくることができないなんて……未来を殺しているのとおなじじゃないか。それを認めることなんてできない。まだまだ問題はある。今の南アフリカはあまり良い状態ではないね。
──2010年のワールドカップの後、南アフリカはどう変わると思いますか?
良い変化と悪い変化があるだろうね。職は増えるかもしれないけど、なかには誇りを捨てて妥協しなければならないかもね。外からやって来る、いわゆる西欧人にへつらわなければならないかもしれないからね。うまく言えないけど、それは悪い変化だ。良い面と悪い面がある。とくに我われラスタは物事をちがう角度から見るようにしている。心配なのは、西欧から入ってくる何かが我われの人生に悪影響を及ぼすことだ。南アフリカは西欧人に柔軟に対応するためにアフリカへの玄関口になっているから。
──たとえば、先進国の人びとはANCとIFPの現状況を知らなくて、南アフリカは民族闘争などはないと思っているかもしれませんが、ANCとIFPの騒動が始まれば人びとの見方も変わってしまうのでは?
そうだね。そうなれば誰も南アフリカには来ないだろうね。
──もし政治が安定し、治安の悪化が治まれば、サファリ、ケープポイント、ダーバンなどの観光資源、ダイヤ、金、ウラン、天然ガスなどの鉱物資源やエネルギー資源、おいしい魚や牛肉、ワイン……等々、南アフリカには将来的に期待できるものが沢山あります。それに日本より走りやすい舗装された道路は、流通をふくめ、さまざまな可能性を見出します。
アパルトヘイトが廃止されて15年経ち、少しずつ状況が良くなっているのに、ここで政党同士の対立が激化すればすべてが台無しになってしまいます。それにかんしてどう思いますか?
そうだね、対立は避ける必要がある。ANCとIFPは考え直して対立をやめるべきだ。いま大事なのは、みんなで力を合わせて国を良くしていくことなんだけど……。
──そのほかに南アフリカが抱えている問題は何ですか?
う~ん、いろいろあるけど、やはりエイズかな。とくに若者のエイズは大きな問題だ。
──それはググレトですか? 南アフリカ全体ですか?
南アフリカ全体の問題だよ。
──ググレトでもエイズ患者は多いですか?
多いよ。
──多くのひとがコンドームを使用しませんよね? それはなぜですか? 宗教の問題ですか?
なぜかな。単に気持ち良くないと思うからだと思う。それで病気になってしまうかもしれないのに。
──他国のNGOから支援を受けていますか?
ああ、受けている。頑張ってくれているよ。問題は、南アフリカの若者の行動だ。一時期は、他国のNGOの協力もあってエイズの状況も改善したんだよ。今でも都市部のある程度の暮らしをしているひとたちのあいだでは、エイズの状況は改善されている。でも、置き去りにされた貧困層の……特にスラムの子どもたちは学校にも行けず、自暴自棄になっている。彼らはドラッグを使用してセックスをしまくって……。とくにググレツでは飲酒問題がひどい。
──子どもも?
そうだよ。子どもの飲酒問題がひどいんだ。とくにスラムがひどい。酒を飲んだり、ドラッグをやったり、ものを盗んだり、殴り殺されたり……たくさんの男の子たちが人生を無駄にしているよ。最近では13歳や14歳ほどの女の子もドラッグに手を出している。
──どんなドラッグですか?
主にTICKだ。2ドル~3ドルで買えるんじゃないかな。
──コカインのようなものですか?
袋に入れて吸うんだ。そしてハイになると眠らない。部屋が綺麗でも、ずっと掃除してるよ。吸うと絶対に寝ないんだ。からだがボロボロになって死んでしまうよ。
──TICKはどの国で生産されているのですか?
判らないな。TICKは白い粉なんだ。危険で安いんだ。そうとう安くて蔓延してる。カラードの地区から流れてくるんだ。白人も介入して大変だ。酒と麻薬が大きな問題だね。子どもは未来なんだ。子どもが酒やドラッグに溺れている現状は最悪だ。
──アパルトヘイトの時は、ドラッグの状況はどうでしたか?
まったくなかったわけではないけど、これほど酷い状況じゃなかった。今では、南米をはじめ諸外国からコカインやヘロインや……多くのドラッグが入ってきて最悪だよ。とくに安価なTICKが流行しはじめてからはね。
──南アフリカの現状をどうお考えですか?
今の南アフリカか……どうかな。もっと自由になると思っていたが、民主主義……アフリカではなぜか民主主義はうまくいかない。これは言いきれる。少しはうまくいくかもしれないが、はたしてアフリカ人に合っているのか……。
──今、あなた自身が抱えている問題は何ですか?
職がないことだね。アパルトヘイト時代は仕事があった。今とちがって、当時は20年も働けば扶助金が与えられた。今では6ヵ月や12ヵ月契約で仕事は終わりだ。
──ググレトに今、ショッピングモールが建設されていますよね? そこで仕事は?
あればいいんだけどね。無職は辛いよ。
──考え方を少し変えればビジネスをするのは難しくはないと思います。
もちろん。母親はビジネスをしていたんだ。チキンの羽をむしってチキン料理をつくっていたよ。もし、ゲストハウスやネットカフェ、コーヒーショップなんかできたらいいな。兄がうまい料理を作るんだ。次来てくれたらごちそうするよ。
──ありがとう。では最後に次世代を担う子どもたちに望むことは?
健康だね。健康であれば、何でもできるさ。
たしかに、南アフリカは、ほかのアフリカ諸国に比べたら、さまざまな面で優っています。観光資源、エネルギー資源、鉱物資源……等々。都市部においては表面だけを見れば欧米と変わりません。道路も驚くほど整備されていてどこへ行くのも他のアフリカ諸国とは比較できないほどです。とくに、来年開催されるワールド・カップの成功に向けてインフラの整備なども急ピッチで進められています。
しかし、内情は、まだまだ途上国です。とくに経済格差は先進国の比ではありません。
でも、驚くのは貧困エリアに住む人びとも精神的に決定的な“絶望感”を抱いていないということです。それぞれ自分自身の、そして仲間たちの、可能性を信じています。これは、アパルトヘイトいう最悪な時代を生き抜いたことへの自信、そして自分たちの手で新しい国を作ろうという気持ちが強いのだと思います。その可能性を信じられる彼らは本当に強いと思います。
ひとつだけ心配なことがあるとすれば、それはスラムに生まれ、ドラッグに、飲酒にはまっている子どもたちとその未来です。
1994年にネルソン・マンデラ氏が黒人初の大統領に就任したとき、教育の無料化を宣言しました。しかし、それはいまだに実現にはいたっていません。最貧困層の子どもは、無料化にもなっているそうですが、いわゆる公立の学校の質はあまりにも低く、子どもの将来を考える親たちはプライベートスクールに通わせるために精一杯仕事をしようとするのだそうです。しかし、仕事がありません。
今回のワールド・カップをきっかけに少しでも雇用を増やし、この子供たちの現実が少しでも良い方向に行くことを、子どもたちが未来に光を見出せることを私は心から願っています。
今回、インタビューに答えてくれたB・Z・ジョージは、決して裕福ではないけれどいつも穏やかで笑みを絶やしません。彼の家には、つねに友人が出入りして多くの人が彼を慕っています。
彼の息子、クロスビーはラッパーで精力的に音楽活動をおこなっていて現在制作中の『African JAG vol.2』にも参加してくれています。彼らの生きる世界の現実をビートに乗せ、世界に伝えようとしています。彼らの声に耳を傾けてください。何かを知ることから何かがはじまるのだと思います。
私は、これからも有名、無名問わず、あらゆる場面で生きるひとにインタビューしていこうと思っています。少しでもリアルタイムにおなじ星に生きる人びとの現実を伝えていけたらと思っています。
注:このインタビューは、2009年3月に行ないました。その1ヶ月後の大統領選挙でANCのズマ議長が、ズ―ルー民族初の大統領に選出されました。心配されていたANCとIFPの大きな武力闘争も今のところ起こっていません。私は、色々なところでアパルトヘイトを経験した人たちから「もう、人びとがいがみ合うのはウンザリだ。アパルトヘイトを経験した国だからこそ、民族の壁を越えて一枚岩で良い国を作っていきたいんだ」という言葉を聞きました。その言葉がずっとずっと将来の子どもたちに繋がっていって欲しいと思います。