Audi DESIGN|デザイナー 和田 智 インタビュー(後編)
Audi |アウディ
デザイナー 和田 智 インタビュー(後編)
時代をブレークスルーするデザイナー
1998年よりアウディのデザインスタジオに在籍し、在籍12年間で3台のプロダクトカーと2台のショーカーを手がけるという華々しい経歴をもつ日本人デザイナ-、和田 智氏。シニアデザイナー/クリエイティブマネージャーとしてアウディ・デザインのこれからをになう氏に話を聞いた。
文=オウプナーズ写真=荒川正幸
デザイナーとしてのターニングポイント
「1990年代後半のアウディ・デザインは一般的にポストモダンと形容されるように、無機質でシンプルな造形を極めたところで高い評価を得てきました。その後、私が尊敬するイタリア人デザイナー、ワルダー・デ・シルバがアウディ・デザインのディレクターに就任し、現在のアウディが表現している、よりエモーショナルなデザインへとシフトしていった。その間、私はワルターと3台の生産車を手がけ、そのクリエーションを通してデザイナーとしてのポテンシャルを引き上げてもらいました」
アウディ・デザインでの怒濤のような10年をそう振り返る和田氏は、入社して11年目にあたる2008年、1年間という期限つきで、ロサンゼルスはサンタモニカにあるフォルクスワーゲン・グループのサテライトスタジオ「DCC(デザインセンター・カリフォルニア)」に移籍した。リフレッシュするという眼目で──。しかし、ここでの1年が、カーデザイナーの和田氏にとって、ひとつのターニングポイントになったという。
たとえば、現在のフォルクスワーゲン・グループにはアウディをはじめ、ベントレーやランボルギーニなど7つのブランドがあるが、DCCではアウディ以外のブランドのデザインも手がけることができた。もちろんそれは、インゴルシュタットのアウディ本社デザインセンターでは経験しえないことだ。
「実際に、数年後にデビューする他ブランドのモデルの先行デザインのプロジェクトにも関わったのですが、そのクリエーションを通して、いつもとはちがう視点でわれわれのグループを俯瞰することができたのは、いい経験になりました」
「さらに重要なのは──」と和田氏はつづける。
「本社のデザインスタジオで新車開発プロジェクトに携わっていると、どうしてもプロダクト寄りの仕事になってしまうのですが、DCCではアウディおよびフォルクスワーゲン・グループの将来のビジョンを構築することに取り組めました」
何が革新的で、何が本当に必要なのか
それにしても、100年に一度といわれる大不況や環境問題など深刻な状況が世界的規模で押し寄せ、クルマがかつてないほどの危機に瀕しているこのご時世。カーデザイナーは来るべき時代にむけ、いったい何を表現し、何を成していくべきなのだろうか。
「昨今、デザインというと、マーケティングの側面が肥大化してしまっていると思うんです。いわゆる、売るための手段としてのデザインです。もちろん、プロダクトをデザインしている以上、それは大切な要素です。しかし、いまとこれからの時代において何が革新的で、何が本当に必要なのかを考え、提示していくことが、われわれデザイナーの仕事だと思うんです」
単身で異国のデザインスタジオに渡り、多数のプロジェクトのコンペティションを勝ち抜いてきた敏腕デザイナーらしく、ひとを惹きつける熱い口調で、理路整然と語る和田氏。DCCでは、デザイナーとして今後のクルマと社会のあり方をさぐるべく、クルマをとりまくソフトについても模索してきたという。たとえば、クルマは今後、どうなっていくべきなのか? ひととクルマはどう関わっていくべきか? といったクルマの将来の根幹にかかわる問題について、つまり新しい時代におけるクルマの概念そのものをデザインすることに取り組んできたのだそうだ。
「アウディはプレミアムブランドとして、これまで他ブランドとは異なる価値を提供してきました。しかし──これは個人的な意見ですが、これからの時代、もしかしたらプレミアムである必要性はないかもしれない。たとえばプレミアムという概念がお金で買えるものなら、いま大切なのは、ひとの気持ちや感動などお金では買えないものだと思うんです。お金の概念を超えた、つまりプレミアムを超えた概念がどういうものなのか……。ちょっと哲学的ですが、いま僕はアウディのデザイナーとして考えています」
デザイナーが企業を変革すべき
クルマをめぐる環境がさまざまな問題をかかえる現代において、自動車メーカーが、従来の拡大主義的価値観から、大きな転換を求められていると語る和田氏。さもなければ、今後50年、いや10年という年月さえ、乗り超えることができないのではないのかと言い切る。
「インハウスのデザイナーにとっては、企業のオーダーがデザインの目的になります。つまり、企業の考え方が変わらないかぎり、デザインは変わらない。しかし、メーカーにおいてクリエイティブを中心的に担っているのはデザイナーです。その意味で、僕はインハウスのデザイナーが企業を変革するべきだし、できると思っています。幸い、“技術による先進”という企業スローガンが物語るように、アウディはつねに新しい価値を創造してきたメーカーです。僕はアウディのデザイナーとして、アウディというブランドとともに、勇気をもっていまの時代をブレークスルーできる価値をデザインを通して生み出していきたいと考えいてます」
かつて、2台のアウディを乗り継いだ経験があり、和田氏とも交友のある筆者は、アウディ・ファンとして、そしてひとりのクルマ好きとして、彼とアウディが今後いかに時代をブレークスルーし、いかなる新しい価値をわれわれに提示してくれるのか、大いに期待したい。
WADA Satoshi
アウディAG シニアデザイナー/アウディデザインクリエイティブマネージャー。1961年東京都生まれ。武蔵野美術大学卒業後、83年に日産自動車入社。89年より91年まで英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで学ぶ。98年、アウディAG/アウディ・デザインへ移籍、同社シニアデザイナーに。2001年、2001年 IAAフランクフルトショーカーAudi "Avantissimo"担当。03年デトロイトショーカーAudi "Pikes Peak Quattro"担当。04年シニアデザイナー兼クリエイティブマネージャーに。04年に新型A6、05年にQ7、07年にA5をそれぞれ担当。生涯趣味はサーフィン、海と波乗りをこよなく愛すサーファーでもある。