中野香織|第17回 東京大学の「蓮香」(3)
Beauty
2015年3月18日

中野香織|第17回 東京大学の「蓮香」(3)

コーポレート・フレグランスの可能性を考える
東京大学の「蓮香」 その3(番外編)

一ヵ所、パズルのようにピースが欠けたみたいに穴があいている香料をつくって、その穴のなかに、消したいにおいの成分がはいると、よい香りとして完成するという“ハーモナイズ効果(Harmonious Effect)”というものがあるのを初めて聞きました。
「蓮香」の最終回は、香りのビジネスのトレンドについて。

文=中野香織Photo by Jamandfix

アタマがよくなる香水!?

中野香織 今日は実はオフスクリーンに(笑)、資生堂アメニティグッズ株式会社マーケティング部の諸星英雄さんにも来ていただいています。せっかくの機会なので、香りのビジネスのトレンドについてもうかがいたいと思うのですが? フレグランスの需要じたいは、どうなんでしょう、伸びているのでしょうか?

諸星英雄さん いや、女性で1割どまりというところです。香水をもっていても、人からもらったもので、使わないとか。男が悪いんですよ(笑)。香水をつけても、何もほめないどころか、くせえなあ、なんて言う。だから女性もつけなくなる。

中野 でも最近の高校生にいたっては、もう6割以上、香水をつけているように見えるんですが? 女子ばかりか男子も。

諸星 50代以上のおじさん、おばさん世代が足を引っぱってるんですね。今の高校生が大人になる頃には統計の数字も変わってくるのでしょうが。

資生堂アメニティグッズ(株)平山文子さん

中野 香りのビジネスとしてはどうでしょう、化粧品以外の香り産業というのも増えてきているように見受けられますが?

諸星 さきほど話題に出た、空間を香りで演出するという方法ですね、効果が目に見えて返ってくるものではないですから、まあ、話題にはなってもビジネスとしてはどうかというところがありますが。あ、でもたとえば飲料水のポスターなどに……。

中野 においの出るポスター、とか?

諸星 まさにそうなんです。飲料の写真だけじゃインパクトが出ない。でも、ポスターにイメージにあう香りをつけると、飲料の売り上げは上昇するんですよ。

中野 どうやってにおいをつけるんですか?

諸星 ふつうに、紙に香りを印刷するんですけどね。においで買いたくなるっていうのも、アロマ効果のひとつですね。アロマ効果は大きいですよ。キーパンチャーなどに対しても、香りを流すと作業効率が上がったというデータはあるし。

中野 そんな香りの効能って、ふつうのフレグランスにもあると思うんですけど、能書きには書けないのでしたっけ?

諸星 ええ、化粧品は薬事法の規制で「効果」「効能」は明記できいないんです。

中野 でもたしかに何がしかの「効果」は実感しますよね。気持ちが鎮まるとか、眠りが深くなるとか……。「蓮香」にもあったりして、アタマがよくなる(笑)とか……

諸星 ……って書けませんけどね(笑)。ただ、アタマがよくなるっていうのはどういうことかと考えてみますと、ポイントは集中力だと思います。クレペリンテストなどで実験をしてみると、ある香り環境におかれると、テストの結果が上昇する。集中力が高まった結果です。

中野 アタマをよくする、イコール集中力を高める、と考えれば、そんな効果を発揮する香りはアリということですか。それにしても、「蓮香」はどうであれ、「これがアタマをよくする香り」と言われるとほんとうに効く気がしてくるのも不思議です。おまじないみたいなところもありますね、フレグランスには。

諸星 人は心理で動きますから。おまじないも、重要ですよ。

中野 男性の香水に関しては、いかがですか? 今の50代の方はほとんど使わないってことですが、この年代の方が若いときには使っていた……ってことはないんですか?

諸星 MG5シリーズにはコロンもあったんですが、あまり売れませんでしたねえ。タクティクスやブラバスなども大々的に宣伝はしたのですが、フレグランス商品は大ヒットにはつながりませんでした。特別な人だけでしたよ、つけていたのは。

消臭、脱臭、そのさまざまな方法

中野 ふつうの人は(笑)、香りをつけるよりも、消臭のほうに関心が高そうですね。

諸星 消すビジネスは盛んです。実は香りは出すより消すほうが難しいんですが。

中野 消したいにおいってたくさんの種類がありますものね。

諸星 ええ、ひとつの消臭剤でなんでも消すっていうわけにはいきませんし。それに、においの99%を消しても、残りの1%が残っていれば、官能的(感覚的)にはまだ25%も残っているんです。感じるほうとしてはしっかり「感じて」いるんですね。

中野 消えにくいにおいって、なんですか?

諸星 硫黄に窒素化合物、ですかね。非常に少ない分子でも、におうんですよ。

中野 なにか黄色なイメージの分子ですね(笑)。においを消すっていうのはつまり、その分子を壊すことなんですか?

諸星 分子を破壊するのは、化学的消臭方法ですね。他の方法もあります。物理的消臭です。たとえば活性炭なんかもそうなんですけど、分子を吸着させるんです。これは脱臭と呼びますが。

中野 なるほど、消臭と脱臭。ことばも使い分けるのですね。

諸星 化学的に悪臭分子を壊して、分子を別の分子に変えてしまったときに、その新しい分子がまたくさかったら、しょうがないんですよ。

中野 はははっ。加齢臭はどうですか? 加齢臭の原因はなに?

諸星 (首のうしろのほうをさして)ここから、出てくるんです。ノネナールという成分です。ある一定の年齢以上の、とくに男性に多いことがわかっています。

中野 消すにはどういう方法がよいのでしょう?

諸星 ハーモナイズ効果(Harmonious Effect)という考え方があります。一箇所、パズルのようにピースが欠けたみたいに穴があいている香料をつくる。その穴のなかに、消したいにおいの成分がはいると、よい香りとして完成するような、そんな香料を。つまり、ノネナールが入ることで完成していい香りになるような香料をつくっちゃうんですよ。

中野 加齢臭が加わることでいい香りになるような未完成香料をつくる、ってことですか!? それってすごい考え方!

諸星 逆転の発想ですよね。穴を、くさいもので埋めて、結果としていいにおいを出すっていう。

中野 製品化されてるんですか?

諸星 「ジョイフルガーデン」がそうです。でも、売り方がむずかしいんですよ。あなたには加齢臭があるって言えないので(笑)。失礼じゃないですか。

中野 ギフトにもできないし。それにしても「穴あきフレグランス」の考え方、ちょっと感動しました。ほかにもその考え方で作られているものはあるんですか?

諸星 パーマ液がそうですよ。パーマ液には独特の硫黄のようなにおいがありますが、これが入ることでいいにおいになるようなものを、あらかじめ作っておくことで、硫黄のにおいを消すことができます。

中野 今のパーマ液って、むかしほどツンとしたにおいはしませんが、そういう工夫が加えられているのですね。

道の真ん中を歩くためのフレグランス

諸星 フレグランスの話に戻りますとですね、フレグランスをつけると、何もつけないときより、魅力は2割から3割、増しますよ。

中野 実際に香りが届かなくても、そうなんですね。なぜでしょうね?

諸星 化粧をしないで、うつうつとしてこもっている人は、道の端っこを歩くんです。でもね、その人に化粧をさせて、自信をもってもらうと、道の真ん中を歩くようになるんですよ。

中野 香水の効果も同じっていうことですか?

諸星 そうです。まずは自分で自分を認めなくてはならない。香水はそんな自己肯定に効果を発揮します。

中野 よくいわれる、フェロモン説は?

諸星 本能で行動するんじゃなくて、本能を理性でカバーすることが人間らしさでしょう? ま、あんまり本能は刺激しないほうがいいと思うんですけど(笑)。

中野 本能を刺激しないことこそが魅力になることもあったりして、ほんとに人間の心理って複雑ですもんね。それにしても、「道の真ん中を歩くためのフレグランス」、すてきな表現です。心にとどめておきます。
今日はほんとうに楽しく学ばせていただきました。ありがとうございました。

           
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