リポート ル・マン24時間レース
24 Heures du Mans|ル・マン24時間レース
リポート ル・マン24時間レース
ル・マン24時間レースが、2012年6月16日から17日にかけて、フランス西部 サルテサーキットで開催された。優勝は、アンドレ・ロッテラーらが駆る、「アウディ R18 e-tron クワトロ」というハイブリッドマシンだった。すでにブログにおいてリポートを公開している、現地の小川フミオ氏が、レースを振り返る。
Text by OGAWA Fumio(OPENERS)
e-tron+ultraの圧倒的戦闘力
2012年のル・マン24時間レースは、WEC(世界耐久選手権)第3戦にあたるが、伝統的にはもっとも歴史があるレースだ。コースの一部に公道を閉鎖して使う独特のスタイルは、今年で80回をむかえた。
アンドレ・ロッテラーが駆る「アウディ R18 e-tron クワトロ」は13.6kmのコースを378周して、3年連続の勝利をアウディにもたらした。2位にはおなじアウディスポーツチーム ヨーストの「アウディ R18 e-tron クワトロ」、3位はアウディ スポーツ ノースアメリカの「アウディ R18 ウルトラ」、さらに5位もおなじチームの「アウディ R18 ウルトラ」が獲得した。
「e-tron(ハイブリッド)を軽量化シャシー“ウルトラ”と組み合わせるという新技術を用いながら、それでみごとな業績を達成した。エンジニアたちのすばらしい仕事だった」
レースを観戦に訪れたアウディのルパート・シュタッドラー監査役会会長はそうコメントした。
ハイブリッドvs.ハイブリッド
レースに目を転じると、多くのひとの興味は、ディーゼルエンジンで後輪を、電気モーターで前輪を駆動する、ハイブリッドによる四輪駆動という大胆なシステムを採用した「アウディ R18 e-tron クワトロ」と、ガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせて後輪を駆動するトヨタ「TS030」との対決にあったのは、間違いない。
1999年に、このレースに初参加、翌2000年には早くも優勝して以来、9回の勝利を手中に収めてきたアウディが持ち込んだR18 e-tron クワトロは、ブレーキ回生したエネルギーの範囲内で前輪をモーターで駆動し、一時的に四輪駆動となるハイブリッドシステムを搭載。ただし、四輪駆動のメリットがあまりに大きくなることを恐れた主催者は、ブレーキ回生できる区間を限定したうえ、モーター駆動できる速度域を120㎞/h以上に制限。こうすることで、モーター駆動を後輪でおこなうトヨタとの性能差をバランスさせようとした。アウディとトヨタとのまったくちがうハイブリッドへのアプローチが注目された。
スターティンググリッドは、R18 e-tronクワトロが1位。4位もおなじマシンが占めた。2位には、軽量ボディを持つR18 ウルトラが入った。いっぽう、3位と5位にトヨタ TS030が入り、6位はR18 ウルトラという、独日のハイブリッド対決の様相を呈したのだった。
「ル・マンでは毎年、まったくあたらしい挑戦をするのが私たちのやりかたです。そしてそれを克服しなくてはならないのです」
アウディ モータースポーツを率いるドクター ウォルフガング・ウルリッヒはそう述べていた。
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リポート ル・マン24時間レース(2)
アウディとトヨタの首位争いも
「アウディ R18 e-tron クワトロ」は、通常後輪駆動で走行し、コース上で許可された7個所でだけ、前輪を電気モーターで駆動することができる。かつ、「時速120km以上でないと作動できないのが、定められたルールです。バッテリーを搭載せず、コーナー進入時のブレーキングで発生したパワーを貯めて、脱出の際の加速に利用するのがこのシステムです」
このプロジェクトに参画している、アウディの高性能車の開発をおこなうクワトロGmbHでマネージングディレクターを務めるフランシスクス・ファン・メールはそう説明してくれた。
はたしてレースは、予想どおりというか、アウディチームがリード。R18 e-tronクワトロが先頭に立った。「ハイブリッドは燃費の技術に留まらない。パワフルな走行を実現するためのテクノロジーなのだ」という、アウディのモータースポーツ統括責任者ドクター ウォルガンク・ウルリッヒの言葉どおりの性能だった。
前輪を駆動する恩恵については、「どんな状況にもかかわらずオンザレール感覚のハンドリングと、コーナーから出てゆくときの加速のよさがすばらしい」と、ドライバーのアンドレ・ロッテラーの言葉を紹介しよう。
いっぽう、トヨタTS030も予想外ともいえるほどの善戦。スタート後、6時間までは、R18 e-tron クワトロと首位争いを繰り広げた。
しかし、2台参戦したうち1台がまず悲劇に見舞われた。
スタートからおよそ5時間後、後方確認を怠ったプライベーターの「フェラーリ458イタリア」に接触されたのだ。この事故は車体が前転するほどの激しいもので、コースアウトしてレース復帰は不可能。ドライバーは脊髄にヒビが入るケガを負うほどだった。「フェラーリのドライバーは、TS030の速度を見誤ったのだろう」と評され、同情が集まったが、しかしチームは戦いつづけなくてはいけない。
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リポート ル・マン24時間レース(3)
トヨタ脱落
「2台のうち1台を失うのは、想像よりはるかにレース展開が不利になる」と、今回のマシンの開発を手がけたトヨタ モータースポーツGmbHの木下美明社長が語るように、トヨタチームには、悲壮感が漂いだした。
それでも「ドライバーへの指示はとにかく速く走れ! でした」と木下社長。1台で首位に食い下がったが、混戦のカーブで日産「デルタウィング」と接触したのち、最終的には8号車のクラッシュから約6時間後、スタートから約10時間30分後にエンジントラブルでリタイヤを余儀なくされた。
「耐久レースで大事なことは、勝利しなくてもデータを集めること。その意味でも長く走りつづけてこそ意味がある。12時間は走りたかったので残念です」とやはり木下社長は語ってくれた。
トヨタがリタイヤしたあとはアウディの独壇場だった。ロッテラー/トレルイエ/フェスラー組のR18 e-tron クワトロを先頭に、カペロ/クリステンセン/マクニッシュ組のR18 e-tron クワトロが2位、3位にボナミ/ジャービス/ロッケンフェラー組のR18 ウルトラがつづく体制で、最後まで走りきった。デュマ/デュバル/ジュネ組のR18ウルトラは、4位のレベリヨン レーシングのローラB12/60クーペにつづき、5位で入賞した。
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リポート ル・マン24時間レース(4)
おどろくべき継戦能力
アウディR18に驚かされたのは、コースアウトしてウォールにクラッシュするアクシデントがあっても、自力でピットまでたどりつく耐久力だった。
たとえばフロントセクションが破損した場合、ドライバーはコクピットから飛び出ると、マーシャルを押しのけるようにして、みずからの手で破損したセクションを迅速に外した。その手際のよさにはモニターを観ていた観客からも感嘆の声が出た。
そのあとはカウルなしの状態で、かつ、クラッシュでダメージを受けたフロントサスペンションがちぎれそうになりながらも10km走行して無事にピットに戻った。そんなことが複数回あった。もちろん10分ほどでピットから出てきたときは、まるでおろしたてのようにみごとな状態に復旧していた。勝利への執念だ。
このドライバーのトレーニングについては、「本当に時間をかけないとそこまで徹底的にやれない。アウディ チームのすごさはそこにある」と他チームでは驚嘆とともに語っていたほどだ。
かつ、「駆動力が失われないかぎり走りつづけることを可能とする」というのがアウディのレーシングマシンの設計思想だそうで、それもじつに印象的だった。コースのどこかでリタイヤしたらそれでレースは終わりなのだ。ピットに戻れば修理ができる。これも耐久レースならではのおもしろさといえる。
WEC(世界耐久選手権)は、今後8月のシルバーストンをはじめ、10月14日の富士スピードウェイなど、8戦のうちあと5戦を残している。トヨタも「シルバーストンにもTS030を持ち込む」と意気込みを見せており、アウディもやってくる日本でのレースを含めて期待がふくらむ。
会場ではアウディが、333台限定生産の260馬力2リッターターボにフルタイム4WDシステムを組み合わせた「Audi A1 quattro」や、313馬力のパワーに650Nmという強大なトルクを発生するツインターボV6ディーゼルエンジンを搭載した「Audi SQ5 TDI」を発表。
「ル・マンなどのレースでつちかわれたテクノロジーは量産車にも反映しています」 クワトロGmbHマネージングディレクター、ファン・メールは語った。