C63AMG クーペに試乗
Mercedes-Benz C63 AMG Coupe|メルセデス・ベンツ C63 AMG クーペ
AMG渾身の1台
C63AMG クーペに試乗
AMGが誇る超高性能限定モデル、C63 AMG ブラックシリーズの試乗リポートを先日掲載したが、今回はそのベースモデルたるC63 AMGの試乗記をお送りする。ブラックシリーズ版はほとんどツーリングカーテイストの“サーキットスペシャル”だったが、果たしてベース車はいかなるモデルなのか!?
Text by WATANABE Toshifumi
Photographs by ARAKAWA Masayuki
AMG悲願の自社設計・生産“M156”型V8ユニット
環境性能の向上は自動車メーカーにとって、待ったなしの課題である。とくにCO2の排出過多が多額のペナルティへと繋がる、段階的規制の施行が今年からはじまるヨーロッパにおいては、日本以上に低燃費化への取り組みはシビアだ。実際、あちらから上陸するクルマたちが軒並み前型比で1、2割の効率向上を当たり前に唱っている、そんな状況は皆さんもご存知だろう。
その流れは、ハイパフォーマンスカーの世界においても避けられるものではない。かのフェラーリですら、アイドリングストップシステムを全車に実装するという状況である。燃費なんてドライバーの意識次第でそれこそ1、2割の変動はあるものだが、これはファイナンス的にもコンプライアンス的にもブランドが背負うべき責務となっているわけだ。
長らくメルセデスのチューニングコンストラクターとして活躍してきたAMGは、1990年代の後半にダイムラーの傘下となり、市販車の開発と並行するかたちでハイパフォーマンスモデルの開発をつづけている。
その過程で、自らの悲願ともいえる自社設計・生産のV8ユニットを手に入れたのは2006年のこと。型式名称M156は6.2リッターという大排気量ながら、ムービングパーツのマスをものともせず7000rpmオーバーを許容する高回転・高出力型自然吸気エンジンとして登場し、一時はほとんどのAMGモデルに展開されていた。
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C63AMG クーペに試乗(2)
主力の座を退いたM156型ユニット
しかし現在、M156は主力の座から退き、AMGのモデルに搭載されるエンジンは順次5.5リッターツインターボのM157へと置き換えられている。理由は一にも二にも環境性能の向上だ。最新のターボ&直噴テクノロジーが投入されたM157は、直近のモデルであるML63 AMGにおいても、アイドルストップとの併用で28パーセントもの低燃費化を実現している。この例を示すまでもなく、欧州メーカーの内燃機における高効率化はこの5年スパンでも劇的に進化を遂げた。
SLクラスのフルモデルチェンジが発表された今、M156を搭載するAMGのラインナップは実質的にこのC63しかない。少し解釈を拡大すれば、AMGのピュアスポーツであるSLSに搭載されるのは、M156をもとに徹底的なメカチューンがほどこされたM159という特別なユニットだ。
いや、時系列から言えばM156は、SLSのために設えられたパワーユニットを通常モデルにも展開すべくデチューンしたものという考え方もできるだろう。それがCクラスの小さな体躯に押しこまれているとあらば、クルマ好きとしてはワクワクせずにはいられない。
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C63の個性を決定づけているエレメント
それにしても、なぜAMGはC63にのみ、M156を与えつづけるのか。先日、AMGの車輌開発担当役員と話をする機会があったさいに真意を尋ねてみたが、環境性能向上を喫緊の課題とする氏からは、その状況を肯定化する話を聞くことはなかった。そこで個人的な意見として、SLSとC63はAMGの運動性能におけるアイコンだと思うと伝えたところ、氏は口もとを緩めて頷いた。
その言葉は嘘ではなく、C63は近年のAMGのプロダクトにおいて、こと運動性能において異彩を放っている。手法としては従来からのやり方ではあるものの、その味つけは、当初のモデルにおいては相当にハードで、それまでの爆速旦那サルーン的なイメージを覆したものだった。そこから幾度かのリファインを重ねて乗り味は幾分マイルドになったが、今にいたるまで運動性能への突出したこだわりは変わっていない。そしてベースモデルのビッグマイナーに乗じて刷新されたC63のラインナップには、従来のセダンとワゴンにくわえて、クーペが新たにくわわった。これにより、スポーツモデルとしての立ち位置はさらに明瞭になったといえる。
C63の個性を決定づけているエレメントはふたつある。まずひとつは件のM156ユニット。大排気量ゆえの溢れんばかりのトルクは、小さな車体を走り出しからグイグイと押し出す。その加速感は同等のパワーを発揮するターボユニットに対して、やはりリッチで滋味深い。そこから高回転域にいたる過程では、精度の高いパーツたちが一糸に繋がっていく臨場感が味わえる。過給によって急かされるように回転数を駆け上がらせるターボユニットとはちがうナマっぽさこそが自然吸気エンジンの醍醐味だとすれば、M156は日常に供せるパッケージングのそれとして、到達点にあるといっていいだろう。
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後々に語り継がれる名車となるにちがいない
そしてもうひとつのエレメントはシャシーだ。前述したようにリファインを重ねたことで、乗り心地自体は初期ものにあった、乗員を不快にさせるような角が綺麗に丸められている。それでも周囲の水準と照らしてみれば硬めのセットアップで、基準車にも劣らぬなめらかさをもった近年のAMGモデルを経験したひとにとっては、やや違和感を覚えるものかもしれない。
が、高速道路に入ると印象は一変する。凹凸を舐めるようにいなしていく車体の動きや、路面状況をしっかりと伝えるステアリングフィールなどメルセデスの素性はそのままに、フラットライド感を一段と高めた頼もしさは、速度を上げれば上げるほどに際立っていくかのようだ。大きなギャップに出会ってもそれを一発で収束させる見事な足さばきは視点の上下動をきっちり抑え、結果的に目疲れからくる体の凝りを最低限に留めてくれる。
腰のしっかり据わったコーナーでの振る舞いは、ストリートを安心して気持ちよく走るのに適しているが、仮にサーキットスピードに達してもだらしなくアンダーステアを露呈するようなものではない。駆動力を後軸にしっかり伝えて素早く向きを変えるというFRの基本的なコーナリングマナーを、どこからでも沸き上がる強大なパワーと綺麗にバランスさせている。
それらを街中づかいにもってこいの絶妙なボディサイズにまとめたC63に乗ると、古くからのクルマ好きならば、名車として語り継がれる500Eを思い出すだろう。90年代初頭にリリースされた同車は、あくまで実用第一というメルセデス流儀でセットアップされた他類なきスポーツセダンだった。
さらにC63には、我われが親しみ憧れてきた内燃機の魅力が備わっている。効率最優先の昨今では得ることが難しくなってきたそれを操る快感は、個人の自覚と責任において維持されるべきだろう。今後、趣味性と社会性との折衷を模索しつづけることになる多くのクルマ好きにとって、C63は後々に語り継がれる名車となるにちがいない。