短期連載|Missing Trace〜ロンドンの記憶と記録のあいだ〜 第1回
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2016年1月13日

短期連載|Missing Trace〜ロンドンの記憶と記録のあいだ〜 第1回

アーティスト・久保田沙耶がロンドンで見たもの、感じたもの

第1回「とろける小さな遺跡たち」

芸術が生活に根ざした街、ロンドン。日々、あたらしい表現が生み出される「創出」の場所であるいっぽうで、いたるところに埋葬された過去の遺産を掘り出して、いまによみがえらせる「蘇生」の場所でもある。後者の行為は、たとえるなら過去から現在への伝言ゲーム。そんな時代を超えた“壮大な遊び”に心躍らない表現者がいるだろうか? 2015年4月から10月まで、修復とファインアートを学ぶために彼の地へ留学中の久保田沙耶もその魅力に惹きつけられたひとり。ロンドンの記憶と記録のあいだを漂う日々のなかで、琴線に触れたヒト・モノ・コトを綴る。

Text & Photographs by KUBOTA SayaEdited by TANAKA Junko (OPENERS)

修復の学生が一生懸命掘り出していたもの

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この春から滞在制作をしている「City & Guilds of London Art School」という学校は、大きくわけて「修復」と「ファインアート」を専門としている少し変わったインディペンデントの学校だ。円柱型の出窓が特徴的なジョージアン様式の古い建物で、小さいけれどかなり複雑な構造である。校内を案内してくださった学長も“プチ迷子”になるほどの迷宮学校で、その扱いにくさもまたこの学校の愛らしさのひとつかもしれない。

そして今日、学校に行ったら驚いた。真っ白な壁から古い装飾彫刻が剥き出しになって顔を出していた。まるで掘り当てられた遺跡のような重厚感と、真っ白な肌から骨肉が覗いてしまっているかのようなグロテスクさも同時に感じて、咄嗟(とっさ)に見てはいけないと思ってしまったほどだ。

実はこれ、長年リフォームのため壁にペンキを塗装されつづけてきたことにより、装飾が埋まってしまっていたものなのだ。修復の学生がいままさに掘り出しているところらしい。ペンキの断面にはピンクやグリーンの層もあったりして、かつての部屋や、ちょっとやんちゃな家主たちの様子などもうかがえて面白い。ジョージアン様式の建物としてリストアップされているこのような建築物たちは、保存のためリフォームする際はすべて申請書類が必要で、その残っている履歴こそがいわば“家の血統書”のようなものになるそうだ。

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とにかく私がいま一番強く思うのは、はじめにこれを塗った人は一体どんな気持ちだっただろう、ということだ。ペンキを剥がされ、やっと顔が見えた元の装飾は茶色く煤けて本当に遺跡のようだった。まず、こんなにも貫禄のある表面に真っ白なペンキを落とす瞬間を想像すると……間違いなく私だったらかなりためらうだろう。明治時代に日光東照宮が塗装を本来のギラギラ極彩色に塗り直した際に、批判殺到だった事件があったというのを聞いたことがある。彼(または彼女)は、ペンキ片手に、まさにこれとまったくおなじ質の悩みが頭をよぎったんじゃないだろうか。

そうなると、ますます「保存」って本当になんなのだろうと考える。一時停止するべきなのか、巻き戻しにするべきなのか、どちらにしてもおこがましい。

はじめにペンキを落とした人にとって、まさかそれがいずれ装飾自体の形すら奪い、最終的にはそこに彫刻が存在するということすらだれもが忘れてしまうことになるだなんて、きっと思ってもみなかっただろう。まるで家主から家主への伝言ゲームが、ペンキのとろみで聴こえなくなってしまったみたいだ。使って遺すための施しが、結果的には宝物を無意識のうちに埋葬することになってしまっているのだから。

とはいえ、数々のペンキたちによってモッタリとおぼろげになり輪郭をほぼ失った装飾たちもとても愛らしい。すぐ隣で剥き出しになっている渋い顔した装飾たちも、「我こそ本物!」と叫んでいるようで大変凛々しく美しく、やっぱり私はこのふたつの組み合わせにとても心惹かれているのだ。

つまり「古さ」はただそのものが生まれた時点では成立しない。当然「いま」と組み合わさってはじめて成立するものなのだ。いま現在という時間も、過去の時間とおなじくらい未来に対して強さをもっている。そして古さを尊ぶ、ということは、どの時間のだれを、そしてなにを尊重するかということにかかっている。

この壁の装飾に話を戻せば、修復の学生が発掘したオリジナルのすすけた装飾か、現在の真っ白でおぼろげな装飾のどちらを尊重しても、その価値を尊ぶことにはなる。

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このふたつのはじまりの時間と現在の時間、どちらかを選ぶのではなくて、これまでの時間や、これからの時間をどのように滑らかにイメージして捉えるのかによって、もしかしたら古いものに対してのアプローチはもっと方法があるのかもしれない。

きっといまもロンドンのそこかしこに、ペンキの下に素敵な装飾たちが眠っている。部屋の隅には遺跡がいっぱい、たからじまロンドン。

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久保田沙耶|KUBOTA Saya
アーティスト。1987年、茨城県生まれ。幼少期を香港ですごす。筑波大学芸術専門学群卒業。現在、東京藝術大学大学院美術研究科 博士後期課程美術専攻油画研究領域在学中。日々の何気ない光景や人との出会いによって生まれる記憶と言葉、それらを組み合わせることで生まれるあたらしいイメージやかたちを作品の重要な要素としている。焦がしたトレーシングペーパーを何層も重ね合わせた平面作品や、遺物と装飾品を接合させた立体作品、さらには独自の装置を用いたインスタレーションなど、数種類のメディアを使い分け、ときに掛け合わせることで制作をつづける。プロジェクト「漂流郵便局」(瀬戸内国際芸術祭2013)など、グループ展多数参加。
http://sayakubota.com

           
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