連載|おうちシネマ「Netflixオリジナル映画編」

Netflix映画『タイラー・レイク ‐命の奪還‐』4月24日(金)より独占配信予定

LOUNGE / MOVIE
2020年4月21日

連載|おうちシネマ「Netflixオリジナル映画編」

おうちシネマ|Cinema At Home

第1回「リビングで楽しむ新作映画」

世界的に感染が拡大し続けている新型コロナウイルス。4月7日(火)には日本でも不要不急の外出自粛などを求める緊急事態宣言が発令され、自宅にいる機会が増えた人も多いはずだ。映画館の休業や、新作映画の公開延期が相次ぎ、映画ファンにとっても辛い状況はまだしばらく続きそうだが、こんな時こそ家で観られる動画配信サービスがおすすめだ。そこで今回、映画ライターの牧口じゅん氏をナビゲーターに迎え、家で観られる映画に特化した連載をスタート。第1回はNetflixのオリジナル作品を紹介する。

Text by MAKIGUCHI June|Edit by ANDO Sara

今観るべきNetflixオリジナル映画5選

“STAY at HOME”が世界的な合言葉になっている。こんな世の中になるなんて、ほんの数か月前までは誰もが思いもしなかったはず。生活に欠かせないもののいくつか、そして、心の栄養に欠かせない舞台やコンサート、美術展、外食など、私たちに多くの憩いや喜びをくれていた数々のエンターテインメントが、ことごとく自粛を余儀なくされている。

ここのところ、私に届くメールは試写会中止や映画公開延期の知らせばかりだ。そのたびに、製作者やスタッフ、キャスト、劇場、宣伝担当、そして新作の公開を心待ちにしていたファンの落胆を思い、改めてこの現実を恨みたくなる。これでは、過去にいくつも作られてきたパニック映画さながらの惨状だ。今、スティーブン・ソダーバーグの『コンテイジョン』が話題になっているが。

幸いにも私たちにはいくつかの選択肢がある。今まで通りの生活が送れないのは事実だけれど、失われた何かを嘆いても始まらない。すべての喜びが奪われたわけではないのだから。

確かに大スクリーン、大音響はとても恋しい。だが、劇場で新作にありつけるのはどうやら少し先になりそうだ。ならば、忙しくて見逃していた映画や懐かしいお気に入り作品をリビングで楽しむのもいい。今できることを、今あるものを、心の糧にしていくことが、厳しい環境を少しでも過ごしやすく整える方法のひとつなのだから。
さらにありがたいことに、今、家で観られる作品のなかには、映像配信会社が制作した劇場では見ることができない新作もある。そして、それらの多くはとても質が高い。例えばNetflixは、次々にアカデミー賞ノミネート作品を輩出している。一部の関係者からは、TV用の映画を、いわゆる映画賞にノミネートしてもいいものかとの議論も起こり話題となった。だが、しょせん映画好きなど、良質な作品の前には弱いものだ。
“TV映画”を少々下に見ていた劇場公開至上主義の映画ファンを黙らせ、映画界に新風を吹き込んだ代表格は、『ROMA/ローマ』だろう。『ゼロ・グラビティ』の巨匠アルフォンソ・キュアロン監督が5年ぶりに発表した2018年の作品だ。政治的混乱に揺れる1970年代のメキシコシティ、コロニア・ローマ地区を舞台に、ある中産階級の裕福な家庭に訪れる激動の1年を家政婦の視点を通して描いている。モノクロ映像で紡ぎだされる日常の風景は、とても詩的で、かつ私的だ。登場人物たちと縁のない自分でさえ、彼らや彼らが生きるその世界に、とても濃厚なノスタルジーを感じてしまう。それはきっと、繰り返される丁寧な生活描写によって、知らないうちに観客を70年代の“ローマの世界”へと引き込まれていくせい。本作は監督の半自伝的作品とされているが、“家族との懐かしき日々”というエッセンスは誰もが心震わせる普遍的な宝物なのだ。
全編スペイン語であり、モノクロ、俳優も無名ということで、興行成績を期待できないという監督判断により、劇場公開ではなく、各国の観客に届きやすい場での配信というスタイルを選択したという。完成後は限定的に劇場公開されたのち、すぐにNetflixが配信を開始。今年に入り、メイキングドキュメンタリー『ROMA/ローマ 完成までの道』も発表された。

2018年8月30日に第75回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門で紹介され、最高賞である金獅子賞を獲得。第91回アカデミー賞外国語映画賞にメキシコ代表作として出品され、作品賞を含むこの年最多の10部門にノミネート。外国語映画賞・監督賞・撮影賞の3部門を受賞した。だが、フランスでは劇場上映されないことを理由に、カンヌ国際映画祭でははじかれてしまったことも業界では話題となった。
Netflix映画『ROMA/ローマ 完成までの道 』独占配信中
そんな話題もあり、この作品は動画配信会社が世界的な映画スタジオ同等もしくはそれ以上のクオリティを持つオリジナル作品を提供できるという、良き前例となった。いわゆる大手スタジオが、ネタ切れでシークエンスもの、スピンオフもの、原作ものばかりを制作していることを考えると、良質な完全オリジナルを輩出できる理由は、興行成績を気にする出資者の意見に左右されないクリエイションの自由度が関係しているのかもしれない。
Netflixは大物にも支持されている。筆頭はマーティン・スコセッシだ。『アイリッシュマン』では、主演にロバート・デ・ニーロとアル・パチーノを迎え、一人のトラック運転手の数奇な運命を描いた。これは、実在した元ヒットマンの物語。全米トラック運転手組合の委員長であり大統領に次ぐ権力者とされたホッファやマフィアと繋がっていく様は、1950~80年代におけるアメリカ裏社会の歴史そのもので興味深い。名優(盟友)たちとともに紡ぎだす男たちの激しすぎる栄枯盛衰劇は、まさにスコセッシの真骨頂。こちらも、アカデミー賞では作品賞、監督賞、助演男優賞(アル・パチーノ、ジョー・ペシ)を含む10部門にノミネートされている。『監督・出演陣が語るアイリッシュマン』もおすすめだ。
アンソニー・ホプキンスとジョナサン・プライスという名優がダブル主演する『2人のローマ教皇』は、カトリック教会という極めて閉ざされた世界で起きた歴史的転換点に隠された真実を描いている。前教皇ベネディクト16世と現教皇フランシスコの対話を通して見えてくる、主義主張の違いを超えた友情と敬意の物語。今、多くの人の心の栄養になりそうな作品だ。SNSでも人気を博す、とても陽気な南米(アルゼンチン)初の教皇ベネディクトの、もうひとつの素顔を覗けるもの興味深い。バチカンやコンクラーベ(教皇選挙)、宗教に興味はなくとも、過去を悔いながらも前に進もうとする一人の人間の姿に感動を覚える人も多いはずだ。建造に2か月かけたという原寸大のシスティーナ礼拝堂も見もの。アカデミー賞で主演男優賞(ジョナサン・プライス)、助演男優賞(アンソニー・ホプキンス)、脚色賞の3部門にノミネートされている。
『マリッジ・ストーリー』は、婚姻関係の終焉を描いた作品としては、名画『クレイマー・クレイマー』にも匹敵するドラマだ。円満離婚を望んでいた二人だが、弁護士を間に挟んだとたん積年の恨みやズレなどが噴出し始め、本格的に争い始める様子を痛々しいまでに丁寧に追ってゆく。だが、『クレイマー・クレイマー』と大きく違うのは、いずれもが劇団主催者そして女優として順調なキャリアを積んでいること。子供だけでなく、仕事上の選択が話し合いを複雑にしていくあたりに現代性がにじむ。時にプロとしてのこだわりが相手を否定することにもなる二人は、愛と憎しみ、嫉妬がまじりあった言い争いを展開。息が詰まるほどの迫力だ。だが、ある関係の終わりは新しい関係の始まりであること、愛は簡単には消えないことも繊細に暗示されていく。切ないだけではなく離婚についてだけの話でもなく、関係性について誠実に描いた物語なのだ。今年の米国アカデミー賞では、主演男優&女優賞を含む計6部門でノミネートされ、ローラ・ダーンが助演女優賞を獲得している。
と、これらのラインナップを観るだけでもいかに豪華なのかがおわかりいただけるだろう。Netflixはもはや、アカデミー賞の常連“スタジオ”であることも。

4月24日(金)には、映画『マイティ・ソー』『アベンジャーズ』シリーズのソー役で知られるクリス・ヘムズワースが、最強の傭兵役で主演を務めるNetflixオリジナルの新作映画『タイラー・レイク ‐命の奪還‐』の配信がスタートする。誘拐された麻薬王の息子を救うためバングラデシュに向かった男の戦いが、いつしか自分の過去との戦いに変わっていくアクション・アドベンチャー。長い自粛生活の中でスカッとしたい人にはおすすめだ。
劇場で、何にも邪魔されず大スクリーンで観ることこそ、映画の醍醐味であることは間違いない。上映直前、銀幕が暗転し期待が最高潮に達するあの瞬間は、何にも代えがたい。だが、お気に入りのソファーに腰掛け、ワイン片手にチーズを頬張りながら映画を鑑賞するのには、また別の喜びがある。今はそちらを享受できることに感謝すべき時。今後も、思い立ったらリビングでもすぐに観られる新作で、なんとか自粛生活を乗り切りたい。
牧口じゅん|MAKIGUCHI June
共同通信社、映画祭事務局、雑誌編集を経て独立。スクリーン中のファッションや食、音楽など、 ライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだ映画コラム、インタビュー記事を女性誌、男性誌にて執筆中。
                      
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