MOVIE|スパイク・ジョーンズ最新作『her/世界でひとつの彼女』
MOVIE|セクシーでユーモラスなAIと恋に落ちたら……
スパイク・ジョーンズ監督最新作『her/世界でひとつの彼女』 (1)
2014年アカデミー賞に作品賞ほか全5部門でノミネートされ、見事オリジナル脚本賞を受賞したスパイク・ジョーンズ監督最新作『her/世界でひとつの彼女』が、6月28日(土)より全国順次公開される。
Text by WATANABE Reiko(OPENERS)
Siriが生まれる前に発想した「恋するAI」の革新的なアイデア
1990年代にビョークのPVやNIKEのCMなど、数々の話題作を手がけ、ミシェル・ゴンドリーやクリス・カニンガムと並び、MTV界の巨匠と呼ばれたスパイク・ジョーンズ。『マルコヴィッチの穴』(2000年)で映画監督デビューを果たし、プロデューサーとして参加した『ヒューマンネイチュア』(2002年)や、人気絵本を実写化した『かいじゅうたちのいるところ』(2010年)などでも独特の世界観を作り上げてきた彼が、今回テーマに選んだのは、「AI(人工知能)」とのロマンチックなラブストーリーだ。2014アカデミー賞オリジナル脚本賞を受賞したほか、作曲賞や美術賞など5部門でノミネート。世界各国の映画祭で計43部門受賞、65部門ノミネートという快挙を成し遂げている。
まだSiriが登場する以前のいまから10年ほど前、インターネットで目にした記事をもとに、実際にスパイク自身が当時の「人工知能」との会話を試みたことが、本作誕生のきっかけだという。「僕が『ハロー』と言ったら人工知能が『ハロー』と答えた。『調子はどう?』『いいです。あなたは?』とかやりとりしながら『いま僕は“もの”に話しかけていて、この“もの”は僕のことを聞いている!』と胸が騒いだ」。
公開に先駆け来日したスパイクは、「自分が心惹かれる題材というのは、そのとき自分が考えていること、感じていることにある。当時、自分が脚本を執筆中に思いを馳せていたのは、恋愛というものを含めた人と人との間にある関係性だった。現代社会を生きる僕たちは、日々膨大な情報を受け取るのに忙しく、時代とともにコミュニケーションの形も変わりつつある。“男がAIと恋をする”という設定も、自分を晒して愛する人と通じ合うことのむずかしさを描くためのセッティングにすぎないんだ」と、テクノロジーと人との間に芽生えるラブストーリーに取り組んだ理由を語っている。
MOVIE|セクシーでユーモラスなAIと恋に落ちたら……
スパイク・ジョーンズ監督最新作『her/世界でひとつの彼女』 (2)
スカーレット・ヨハンソンが「声」だけで演じる、セクシーでユーモラスなサマンサ
近未来という設定のロサンゼルスが本作の舞台。妻と離婚調停中の、手紙代筆ライター業の男セオドアが、最新式のAI型OSのサマンサと「出会い」、恋に落ちる。朝起きてから夜寝るまで会話を交わし、携帯端末をポケットに入れて「デート」を重ねるうち、いつしかサマンサをかけがえのない「恋人」として周囲にも紹介するように――。実体のない相手との恋愛に戸惑い、苦悩する様が、美しい映像と音楽、そして「1920年代に着想を得た」という、未来でありながらどこかレトロなファッションとともに、普遍性を帯びた切なく甘いラブストーリーとして描かれる。
早世したリバー・フェニックスを兄に持つ、ホアキン・フェニックスを主人公セオドアに迎えた本作。ハスキーな「声」のみで、サマンサという「女性」をセクシーかつユーモラスに演じたスカーレット・ヨハンソンは、本作で見事ローマ国際映画祭最優秀女優賞に輝いた。「誰よりも自分自身を理解し、自信に満ち溢れているスカーレットだからこそ、“声”だけで欲求や不安や自己疑念を持つキャラクターを演じるという難役を成し遂げることができたんだ」とスパイクは分析する。
純真無垢なサマンサによって、妻との関係で傷つき失われた感情を次第に取り戻していくセオドアと、恐れや嫉妬といった複雑な感情をあらたに獲得していくことで、セオドアに対して素直になれなくなるサマンサ。すれ違いはじめる二人の行く末は、「人と人が親密になることへのチャレンジについての映画が撮りたかった」というスパイクの、現時点での1つの回答とも受け取れる。ぜひ劇場で、その繊細でエモーショナルなメッセージに触れてほしい。