連載|Bar OPENERS 第7回「お馬鹿さん」
LOUNGE / FEATURES
2015年10月6日

連載|Bar OPENERS 第7回「お馬鹿さん」

連載|Bar OPENERS

「お馬鹿さん」(1)

ここは、ウェブ上にのみ存在する、架空のバー「Bar OPENERS」。酒と音楽、そしてバーという空間を楽しむ大人がくつろぎを得られる稀有な場所。その店主を務めるのは実際に自身でバーを経営する小林弘行。OPENERS的な肩肘の張らない、バーの楽しみ方と、今宵使えるウイットに富んだ酒と音楽にまつわるうんちくを連載でお届けする。

Text by KOBAYASHI HiroyukiPhotographs by ITO Yuji (OPENERS)

いらっしゃいませ、ご機嫌いかがですか?

職業柄、さまざまなタイプの方とお会いします。お酒の作用で本心が出てしまうひとや、逆に別人になってしまったり。まったく十人十色なわけですが。まれに、その時々で色々なキャラクターを演じて楽しんでいる方もちらほら。意外とバーテンダーは見ているものです。

そのなかでも、「あいつは天然だ」「あの娘は天然だ」という話をよく聞きますが、本当に天然のひとにお会いしたことがありますか?

215_2

昨今、時代の移り変わりや気候の変化などの影響により、生態系が変わり、天然モノが減少し、養殖モノが増え、インターネットの普及により遺伝子操作されたモノ、グローバル化による外来種も増えているとの報告もあるようです。

215_2

あるとき、常連のお客様が「今度、超天然の娘を連れてくるからよろしくね」とおっしゃいました。

ぼくもいままでに天然だと呼ばれる方々とお会いしてきましたが、なんとなく意図的にやっている、もしくは天然を演じているように見えて、なんとも怪しげなひとがほとんど。

生粋の天然の方は少ないもので、大半が養殖モノのようです。

しかし、絶滅危惧種と勝手におもっている“本物の天然”にお会いできるのなら、これは貴重な経験とばかり、心の内ではまだかまだかと期待していたある宵。そのときは突然やってきました。

席に着き、常連さんと挨拶を交わし、女性を紹介していただき、軽く世間話をしながらご注文をおうかがいすると、その女性がひと言。

「何年生きているんですか?」。もちろん一同大爆笑です。

天然と聞いていたので、すぐにわかりましたが、彼女は「おいくつですか?」と聞きたかったわけですね。ぼくは普段、年齢を訪ねられたときは、マニュアル的な引き伸ばしが嫌なので、ハッキリと年齢をお答えするのですが、またイタズラ心が出てしまいまして、「いくつに見えますか?」とうかがうと「う〜んと、二桁ですよね?」。ふたたび一同大爆笑です。

215_2

当時ぼくは30代前半、女性は20代前半でした。女性は「20代ですよね?」と聞きたかったわけですね。「確かにひと桁でもなければ、三桁でもなく当たっています」と言いながら、一晩でシックスパックです(笑)。

300_5

ひさしぶりに本物に出会えました。本当に可愛いお馬鹿さんです。

愛すべきお馬鹿さんが語る「コエンザイムQ10」

連載|Bar OPENERS

「お馬鹿さん」(2)

トムジョビンは夏だけのものではない

その後も「送迎バス」を「お見送りバス」、「コエンザイムQ10」を「コエンザイム10点」など、挙げたらキリがありませんが、この女性、まごうことなき天然モノです。

あまりの楽しさに、ご注文もうかがっていなかったのですが、聞くと「お酒っぽくて、甘くて、さっぱりしていて、カクテルっぽいのをお願いします」と、これまた簡単なようで難しいご要望。

お馬鹿さんにつける薬はありませんが、よく効くカクテルは多数ございます。そのなかから処方するカクテルは、スティンガーです。

コニャックとホワイトミントをシェークしたショートカクテル

今回、ホワイトミントは「GET(ジェット)31」を使用します。このリキュールを考案したジェット兄弟も察するに天然でして、本当は「Peppermint」と表記したかったのですが勢いあまって「Pippermint」とスペルを間違えてしまうのですが、それを他社との差別化と捉え突き進む。なんとも天然です。

写真ではわかりづらいですが、いまでもボトルの底には「Pippermint」と綴ってあります。

215_2

そして今回もスティンガーを少しアレンジします。

ベースをアルマニャックにして、シェークではなくステアにしましょう。さらにミントの葉を一枚。手のひらで「パチン!」と叩きます。手を合わせたまま心の内で「おいしくなりますように」と祈り、ミキシンググラスに落としてステア。グラスに注ぎ、さきほどのミントの葉も浮かべます。琥珀とリーフが描くさまは、これから色づく紅葉がイメージできますね。

215_9

215_8

215_10

300_11

徐々に色づき深まってゆく秋のように優しいアルマニャックが、爽やかなミントの刺激でよみがえり、夏の熱い思い出や切ない記憶を紅葉のように彩ります。

さて、このカクテルにマリアージュさせるのは、アントニオ・カルロスジョビンです。

通称、トム・ジョビン。功績を称え国際空港の名前にもなるほどの20世紀を代表する作曲家のひとり。ハダメスニャタリやヴィニシウス・ヂ・モライスの話をしないとはじまらないのですが……。常連のお客様にはおなじみの「ご自身で検索してください」でドロンします(笑)。

ジョビンは夏、と言うなかれ

215_2

カクテルのように、夏の思い出に浸りながら、秋の色彩に包まれゆく曲。とくに後期のジョビンの作品には多数あります。

タイトルを見て「How Insensitive」とおもった方を華麗なボッサのステップで裏切り、アルバム『Urubu』より収録曲「Ligia」です。

裏切りはうつくしくなければなりません。

この曲、人妻へのおもいを綴った曲らしいのですが、歌詞がなんともツンデレ。これもまたお馬鹿さんです。何年もの間、主治医がついていたのもうなづけます。

ご興味のある方はもうおわかりですね。

季節の変わり目。風邪をひきやすい季節ですが、皆様におかれましてはいかがでしょうか?

数百年前までは風邪や伝染病や心の病などは悪魔の仕業とされていました。伝染病やウイルスは別として、風邪は身体の浄化作用、悪夢は心の浄化作用ですのであまり深く考えずに、むしろ楽しんでしまいましょう。病は気からです。なんとかは風邪ひかないと言いますが、ぼくは風邪ひきません。自分こそお馬鹿さんなのでしょうね。

あなたと夜と音楽に、乾杯。

           
Photo Gallery