連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「広尾編」

ラ・ビスボッチャ

LOUNGE / EAT
2019年11月7日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「広尾編」

第13回「大人が穏やかに遊べる街・広尾」

ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第13回は、大使館や高級住宅街がいくつも存在する広尾をピックアップ。ただの“セレブな街”という枠だけに収まらない魅力を紹介する。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

絶対的なゆとりと余裕を感じられる街

心地良さを求めて広尾を好んだ時期があった。10代の頃は渋谷・新宿、20代になると恵比寿・西麻布を遊びの場として積極的に選んでいたけれど、ある時、恵比寿の猥雑とした空気感や西麻布のギラギラした圧迫感が気になって、避けたくなった。恵比寿と西麻布そのちょうど中間に位置する広尾は、安かろう悪かろうの騒がしい店は少なく、ラブホテルもクラブもなく、静穏な街だった。

静穏さを感じたその理由は、広尾が一般的に良いブランドイメージを持たれている理由とイコールで、おそらく大使館や寺社が多いことに加えて、「広尾ガーデンヒルズ」と「有栖川宮記念公園」の存在が大きい。

ガーデンヒルズは30年以上前、昭和が終わる間際に竣工された約70,000㎡の広大な敷地を有する緑に囲まれた高級マンションで、当時小学生の私ですらそこは富裕層の住居であることを知っていた。
近くには日赤医療センターに広尾病院、愛育病院があり出産や育児は安心。慶應義塾幼稚舎や麻布学園、聖心女子大学、若葉会幼稚園など名門と呼ばれる私学が多く教育環境も整っている。スーパーは明治屋やナショナル麻布もある。

日常生活に支障がないどころか、行けば普段見ることが少ない貴重なオーガニック野菜や海外の珍しいドリンクやスナックに触れることができ、いつも高揚してしまうレベルである。ガーデンヒルズが今も都内指折りのヴィンテージマンションとして人気なことに疑念の余地はない。
有栖川公園は、野球場やテニスコートを併設していながら、四季折々の美しさを愛でることができる趣ある庭園や渓谷がある、広大な公園。私が初めて行ったのは高校の頃。

期末試験前になると公園内の図書館で勉強をする友人がいた。私自身は、勉強は図書館やファミレス派ではなく家派の人間だったから、目的は帰りに一緒に食べる夕飯だった。初めて行った時は、東京のど真ん中でここまでのスケールで情趣に富んでいるとは思っていなかったから、少々驚いた。

それからというもの、友人らと夜に無邪気に遊んだこともあれば、一人で昼に散歩したこともある。公園の中と外で時間の流れが違って、足を踏み入れると心が和む場所だ。

そんな広尾には記憶に深い店が2つある。天現寺にあった「ペーパームーン」と「ZOY espace café」だ。いずれも閉店してしまったが、メシの後に“酒”ではなく“お茶”なら、暗黙でどちらかをチョイスする時期があった。

バブリーな内装やソファチャージ制などは、先述してきた広尾の穏やかな顔とは対極にあるかのような世界観のペーパームーンだったけれど、ミルクレープは鉄板で、どんなにお腹いっぱいでもそれは別腹だった。

ZOYに初めて行ったのは、予約が取れない焼肉屋で名高い、金竜山に連れて行ってもらった後のこと。食べ慣れていないが故にお腹にたんまり溜まった極上の肉を、ゆったりとお茶で流し込んだのが忘れられない。
ちなみに食事で頻繁に訪れていたのは、「やきやき三輪」。今はどうかわからないが、以前は26:00だか28:00くらいまで営業していたはずで、深めの時間に行くと神宮球場で試合を終えた燕戦士たちを見かけることもしばしばあった。お好み焼き屋とも鉄板焼き屋とも言えないファジーな立ち位置が逆に手頃でちょうど良く、カウンターもあれば個室もある。シーンも時間も関係なくよく行った。

三輪よりやや落ち着いている鉄板焼き屋で、広尾商店街の先端にある「よしむら」も好きだった。駅前のちゃんこ鍋屋「玉海力(※現在は閉店)」も大勢で集まる時によく利用したし、向かいの「花椒庭」で火鍋を食べながら、あるいは「さ和長」で蕎麦を啜りながら、先輩に仕事の相談をしたこともあった。
広尾商店街にも、ボリューム満点の「かつ膳」、ハンバーガーと言えばマックやロッテリアが第一想起だった時代から本格的なハンバーガーにこだわっている「ホームワークス」、その対面には創業200年をこえる和菓子屋の「船橋屋こよみ」、年季の入ったおもちゃ屋「たまや」、銭湯「廣尾湯」など、千差万別の個性がある店が多く、どこもいい塩梅で落ち着けるので好きだった。
どれも10年近く前の記憶だから、今は閉店や移転でなくなってしまった店も多い。けれど、スタイルもスタンスも変わらずに、愛され続けている店ももちろん多々ある。

広尾駅前、商店街の入口にある「福寿司」は昭和31年創業。当然私が初めて広尾に行った頃には既にこの街の大御所だったことになる。看板に記された7桁の電話番号が絶妙な安心感を醸成する。
その安心感を裏切らない、酒一合で3、4貫つまんでサクッと帰っても良い居心地の良さ。ここのところひとりで広尾に用事がある時は、あれこれ考えずにここに入って食事を済ますのがルートになっている。
それと昔から大好きなのが、広尾からちょっと離れた天現寺にあるイタリア政府公認レストラン「ラ・ビスボッチャ」。10代の頃にある雑誌で知って「行きたい!」と思って、初めて行ったのは20歳を過ぎた時。

大学生の時、ミラノやローマやヴェネツィアによく旅行して、ファッションにスポーツにそして食に、刹那を心底楽しむイタリアの気質というか文化に魅せられた時があったのだけれど、ここはまさにそのまま雰囲気を味わえる。一瞬でファンになった。

「Buonasera!!」と気持ちよく迎え入れられる店内。グランドメニューから定番の逸品を選びつつ、ワゴンで持ってきてくれるその日おすすめの食材をリクエストにあわせて調理してもらえるのが嬉しい。ダイニングもキッチンも開放感に溢れているし、どのテーブルからも笑顔が絶えない。私はラ・ビスボッチャに関しては「あの時、誰と行った」というのを、一つひとつ鮮明に映像で思い出せる。それくらい、ここでの食事はすべて楽しい思い出に変換されていくのだ。
「セレブの街」とか「高級住宅街」と呼ばれて、地価や賃料などのスペックを見ればそれはそれで紛れもない事実だけれど、奢侈に流れることはないし傲岸不遜な素振りもない。人間も真に豊かな人は、人にひけらかしたり見せびらかしたりはしないし、妬みや僻みとも無縁。広尾には、相対的ではない絶対的なゆとりと余裕があるから、寛容さ、温厚さ、包容力に溢れていて、穏やかに遊べるのだと思う。
有栖川宮記念公園
住所|東京都港区南麻布5丁目7-29
TEL|03-3441-9642
営業|終日利用可、公園管理事務所(8:30~19:15、10~4月は~17:15)

福寿司
住所|東京都渋谷区広尾5-4-15
TEL|03-3473-0239
営業|11:30~22:30 木曜定休

ラ・ビスボッチャ
住所|東京都渋谷区恵比寿2-36-13 広尾MTRビル1F
TEL|03-3449-1470
営業|17:30~22:30(L.O.) 日曜定休
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長 1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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