連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「三河島編」
LOUNGE / EAT
2019年10月10日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「三河島編」

第12回「歴史を維持しながら新しい時代にアジャストする街・三河島」

「ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫
)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知
泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテ
ンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第12回は、新大久保とはまた違ったコ
リアンタウンを楽しめるディープな下町、三河島を歩く。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

昔ながらの生活や習慣を守りつつ時代性も取り入れて変化する街

不易流行。松尾芭蕉が説いた俳諧理念である。
「不変の真理がなければ基礎が成り立たず、変化をしなければ新しい発展がない」という意味。この言葉で好きなのは、そこに内在された、「変化を重ねていく流行性こそが不易の本質を生み出し、不易に徹すればそれがそのまま流行を生じる」という、不易と流行の根源は同じであるという解釈だ。
例えば以前、“サードウェーブコーヒー”というブームがあった。素材や製法にこだわって、その豆は客の目の前で挽き、1杯ずつ丁寧にハンドドリップで提供してくれるスタイルがウケた。このスタイルは日本で古くから当たり前に根付く喫茶店文化に通ずるものがあって、ブルーボトルコーヒーの創業者がそのスタイルを取り入れてブームに火をつけたことは有名な話。
一方これを機に回帰されてか、ここ最近は“昭和レトロ“や“ノスタルジー”がじんわり人気になっている。これ以上書くとややこしくなりそうだけど、流行はひとまわりすると言われる通り、つまりはそういうことなのである。
そこで、三河島。
ボクは、思春期からの10年間ほどを新大久保で暮らしていた。言わずもがなのコリアンタウンである。越してきた当時の新大久保と言えばガチのコリアンタウンで、大久保通りと職安通りを結ぶ裏路地に入ると電柱の案内表示は、上段に韓国語/下段に日本語という具合だった。
適当に入った韓国料理屋や韓国食材屋は数知れず、飛びぬけて美味い店があったわけではないけれど、どこに入ってもハズレはなかった。所々に散見された韓国コスメの店もいい具合にいつも繁盛していた。ところが、“韓流ブーム”である。ヨン様以降の街は一気に様変わりした。
観光要素が多分に入り、物価相場は上がり、チーズダッカルビとチーズハットグの街となったのは記憶に新しい。基本ミーハーだから流行は好きだけど、時流に迎合して奇を衒うだけの流れになると忌避感をおぼえて、不易に触れたくなる。それで三河島になった。
三河島は、上野から15両編成のやたらと長い常磐線で2駅。区は荒川区である。古い世代には死者160名・負傷者296名を出した戦後最大とも言われる鉄道事故、三河島事故が思い出されると共に、大阪の生野区と並ぶガチのコリアンタウンとして知られる。戦前に済州島から渡ってきた在日朝鮮人が形成し、今も朝鮮の文化や風習そのままに息づく街。
だから、当然飲食店だけではなく学校や教会も多く点在する。観光要素は皆無だから浮ついた新大久保と比べるならやや寂寥感は漂う上、駅のトイレには悪質行為を控えるよう促す張り紙が各所に貼られているのを見ると治安は良いと言えないかもしれない。けれど、いかにも下町然とした街は人情味に溢れているし、その歴史性が担保しているからか飲食のレベルは高い。
駅を降りて、尾竹橋通りを左に王子方面に進むと、ほどなくして見過ごしてしまいそうな非常にコンパクトな市場、通称「三河島コリアンマーケット」がある。そこの一番奥にあるのが、1軒の有名な韓国食材屋「丸萬商店」だ。
多くの韓国食材が並び、内臓肉から多種多様なキムチが売られている。聞けば、市場も店も戦後間もなくからスタートして約70年ここで営業しているという。本場韓国の味にこだわり続けるというよりも日本人の好みにも合うように程よくアレンジしているとか。普遍を守りながらニーズにあわせて柔軟に変化して、長く愛されているのである。
丸萬商店の脇はこれまた非常に独特な香り漂う仄暗い細道になっていて、そこから市場を抜けてぐるりとまわって尾竹橋通りに戻ると、通りの向こうの「荒川仲町通り」という商店街がある。そこを抜けて、行きたいのは「カフェテラス ウイーン」。
地元でもないし、この手の店が好きじゃなければ入らないであろう風体だが、ここはとてもあたたかい店だ。店に入ると、今や見ることがなくなったオールドスタイルの紙タバコの自販機がまるでクラブのセキュリティかのようにどっしり構えている。さらに通されるテーブルはゲーム筐体のテーブル。
店の奥には、ドリンクとタバコをつまみに時事・世事(無論、芸能スキャンダル等も含む)について熱く語っているおばちゃま達。オーダー、サービス、会計……このおばちゃま達が代わる代わる対応してくれる。
メニューにはビビンパや冷麺、ゆず茶や生姜茶の他に人参茶やなつめ茶などあまり聞いたことないお茶まで揃えている。“甘くないお茶”とオーダーして出てきた人参茶は香り高いコクがクセになりそう。運ばれてきた冷麺は極めてシンプルだけど、夏はスイカ、秋は梨といった具合にシーズナリティを取り入れていると教えてくれた。
帰り際には「人参茶大丈夫だった?また飲みに来てね」と声をかけてくれる。一見パンチがきいているおばちゃま達は、実は皆優しくあたたかい。店のスタッフも近所の友だちも一見の客も、みんなが心地良い場所が、ウイーンの良いところだ。
ウイーンのすぐ近くには、この界隈で断トツ知られた焼肉屋「山田屋」がある。大衆食堂と書かれた暖簾の通り、地元の常連たちに愛されているこの店は、三河島事故の2年後1964年創業。今や地元の方たちだけでなく、わざわざ遠くから足を運ぶ客も多い人気店。
だけどよそ者にも優しく、予約が取れないなんてこともなく、笑顔で出迎えてくれる。当然煙は充満しているから上着はあらかじめビニール袋に包んでおくわけだけど、出される肉はどれも妙味。
昔は生で出していたという鮮度も処理もバッチリの刺しは、ツルツル、プリプリ、コリコリで、松井稼頭央よりも秋山幸二よりも三拍子揃っているし、タンやハラミといった主力だけでなくて、面脂(豚の顔の肉)などの希少部位も中はプリプリのまま表面をカリカリに焼いて頂けば悶絶。抜群の鮮度で丁寧に下ごしらえされた肉が一番美味しい。そんな普遍の真理をまざまざと見せつけられるのである。
2020年東京オリンピックの影響もあろう、新大久保だけではなく多くの街がこの5年10年の間にガラッと姿を変えた。伝統や歴史を守ろうとする人や店もいる中、一過性と思しきトレンドだけに覆われた街もある。人は何かと変化を求めがちだけど、急な変化には冒険や挑戦が付きものだからそれが続けば疲弊してしまう。日常の目まぐるしい変化に疲れたら、昔からの生活や風習を守りながらも時代や時流を少しずつ取り入れながらひっそりと変化して時代にアジャストし続ける街、三河島に行ってみると良いかもしれない。
丸萬商店
住所|東京都荒川区西日暮里1-4-22
TEL|03-3807-3616
営業|9:00~19:00 不定休
カフェテラス ウイーン
住所|東京都荒川区荒川3-61-7
TEL|03-3807-6666
営業|7:00~23:00 不定休
山田屋
住所|東京都荒川区東日暮里3-18-10
TEL|03-3807-6787
営業|火~金:17:30~22:00
土:12:00~14:00/17:00~22:00(L.O 21:30)
日曜・月曜休み
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長 1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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