DIOR HOMMEが起用したヴァニタス絵画の現代解釈、亀井 徹の世界|ART
LOUNGE / ART
2017年1月24日

DIOR HOMMEが起用したヴァニタス絵画の現代解釈、亀井 徹の世界|ART

ART|西洋絵画の古典で認められた、東京に花咲く異才。

超現実主義と象徴主義のはざまで独自の世界観を作り、
その作品がモード最前線のランウェイで衆目を集めたことについて(1)

皮肉なものである。美術大学を卒業した当初の夢は、“絵描きとしての商業的な成功”だった。ルイ・ヴィトンとコラボレーションした村上隆氏や奈良美智氏らが世界に出て脚光を浴びるのを目の当たりにしていた頃である。自分も企業とのコラボで有名になりたいと思っていた。ところがチャンスは一向にめぐってこなかった。もう絵で稼げなくていい。たとえ“日曜画家”と揶揄されたってかまうものか。世の中に認められなくとも自分が描きたいものを描いていこう。そう心に決めた矢先に、彼はDIOR HOMMEからのオファーを受け取った。苦節十数年。画家としての魂は、いまキラキラと輝いている。

Photographs by SUZUKI TakuyaTEXT by TSUCHIDA Takashi(OPENERS)

SNSで拡散され、スマホのなかでブレイクへ

亀井氏がFacebookをはじめて2年ぐらいたった2014年頃。「いいね!」の数が跳ね上がったことに気づいたそうだ。一体、なぜだろうと自分なりに調べたところ、拡散された主なツールはtumblr.。「おそらくは、どなたかが私のFacebookページから画像を取り出し、投稿してくれたんだと思います。私の周辺ではなく、海外でなにかしらの動きを感じました」と、亀井さんは振り返る。それが予兆だった。運命のメールは、DIOR HOMMEのスタッフから送られたもの。クリエイティブ ディレクターであるクリス・ヴァン・アッシュ氏の意向によるコンタクトである。

「フラワーモチーフを研究しているときに偶然見つけたのが亀井 徹でした。日本のアーティストです。表現方法がダークでゴシックの雰囲気は、フラワーのニューウェーブ。連絡を取って彼の作品のいくつかを融合することができました。今日の作品に登場しています」(クリス・ヴァン・アッシュ氏の発言。公式ページの動画より引用)

なにかのイタズラか。根強いファンはいるものの、知名度はまだまだ。そんな自分に、いきなり海外の大企業からのオファーが舞い込んできたのだ。さすがインターネットで個と個が繋がる時代である。クリス・ヴァン・アッシュ氏はネットで亀井さんの作品を見つけ、2009年に日本で出版された画集も入手していた。

一方で、当時の亀井さんはファッション界に疎かった。DIORという名前は知っていたものの、実際にはどんなブランドなのか、ブランドに“HOMME”があることも分からなかった。それでも、オファーをきっかけにランウェイの動画やブランドイメージなどを確認。そこで気づいたのは、このブランドの他にはない世界観だった。

「DIOR HOMME(http://www.dior.com/couture/en_us/mens-fashion/collections-and-fashion-shows/dior-homme-summer-2017-show)が作り出そうとするイメージの中に、私は思春期の少年の儚さを見ました。思春期を迎えると人は本能的に外見に気を使いはじめ、少し奇抜な格好を好んで飾ることを試みます。繊細がゆえにすべての刺激を痛みと感じ、理由なく反抗する。そんな思春期の少年的マインドに共感、共鳴しました」(亀井さん)

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パリのファッションショー会場のバックステージでクリス・ヴァン・アッシュ氏と面会した時の言葉を、亀井さんは覚えている。英語が堪能ではないなかで、耳に入ってきた言葉が“Philosophy”(哲学)。

あなたの作品の哲学が好きです。

眼の前のクリエイティブ ディレクターは、そう自分に言ってくれたと亀井さんは受け取った。同じモノづくりに携わる者として、それ以上の言葉は要らない。

「制作チームとは複数人とやり取りしましたが、彼らは皆フランクで、感覚的な意味で反応が素早く、感情表現が豊かでした。なにより作品に対して尊重する気持ちが感じられて嬉しかったです。私は自分の作品だけにクリエイティビティを使いますが、彼らはブランドのためにクリエイティビティを発揮します。そんな彼らの姿が、私には新鮮で輝いて映りました」(亀井さん)

舞台は違っても、同じ作家同士として互いの信頼を得た瞬間である。結果、DIOR HOMMEとは5点の作品について契約を結び、2017年夏コレクションに結実した。「彼らもまた、自分たちの理想を必死に追い求めている」と、亀井さん。それゆえ「彼らがやりたいことならば、好きなように作品を使ってくれて構わない」という気持ちに至ったそうだ。

Page02. 時代は亀井作品のPhilosophyを求めている

ART|西洋絵画の古典で認められた、東京に花咲く異才。

超現実主義と象徴主義のはざまで独自の世界観を作り、
その作品がモード最前線のランウェイで衆目を集めたことについて(2)

時代は亀井作品のPhilosophyを求めている

ダークで、リアルで、シュールで、クワイエット。苦しみを連想させずに、むしろ優しく微笑んでいるように見える髑髏(どくろ)。さまざまな髑髏を見てきたなかで、この髑髏なら“カワイイ”と表現できそうな気がする。

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「私の絵はだいたい自分の心について描いています。ですからこの髑髏も自分自身の投影。私が死んでも花は咲く。個人としての命は息絶えても世界は何も変わらず続いていくのです。本作品は命の儚さと、有限を超えて生々流転する生命力との対比を描いています」(亀井さん)

ヴァニタスというテーマは、中世ヨーロッパから描き続けられてきたものであり、16世紀から17世紀のフランドル派により一世を風靡する。もともとヴァニタスという言葉は“空虚”“むなしさ”を現すラテン語だ。そしてその言葉通り、ヴァニタス画とは、死に対する空しさを表現する絵画である。ところが彼は自画像として髑髏を描き、見る者に何らかの感情を呼び起こした。

命は絶えても、微笑みを。

死んでしまえば皆同じ、ではない。むしろその対極としての人格投影。しかも、おだやかで、品が良い。亀井さんは古典を受け継ぎ、美術史の流れを踏まえたうえで、新たな風を吹き込んだ。

しかも彼は日本人である。例えるならば、ヨーロッパの新人画家が江戸時代の浮世絵に新たな解釈を加えたようなもの。ヴァニタス画を古典として身近に感じてきた人たちにとって、亀井作品は驚きに満ちている。

伝統的なモチーフを使用しつつ、コンテンポラリーなニュアンスを生み出す。そこなのである。そのバランスがDIOR HOMMEに評価された秘訣ではないだろうか。

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『ヴァニタス』(Pieter Claeszにより、1630年に制作)。ウィキペディアより引用(https://ja.wikipedia.org/wiki/ピーテル・クラース)

亀井さんもまた「思春期の少年的マインドを大切にしている」と語る。それこそが、絵画を描く原動力になっているというのだ。

「思春期の繊細で揺れ動く感情や、孤独や寂しさは社会に適応するにしたがって感じなくなってゆきます。立ち上る煙の動きの不思議さから目が離せなかったり、怪しく光る小石の色合いに心奪われたり、そんな好奇心に満ちた感覚も経験を積むに従って薄れてゆきます。否応無しに一般の価値基準に押し流され矯正されてゆくように思います」(亀井さん)

それを聞いて、ハッとした。そうやっていつしか社会に矯正されていった者たちは、時折、自分をなくし、社会に押し潰されそうになる。自分の「生」を大切にしてないな、といつも思う。誰もが社会を回すための歯車になり、必死で働かなければならない時代はとうに終わったはずなのに。テクノロジーは人の暮らしを豊かにしたはずなのに。

亀井さんが表現しているのは、自分自身との対話だ。自分を省みるために、立ち止まることの重要性である。誰もが思春期に持っていた純粋さ。それを中二病と言うなら、社会に怯えたLOSER(負け組)である。

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最後に。亀井さんの死生観に対するメッセージでこの記事を締めくくりたい。

「誰にでも人生の時間は限りがあることを最近はより深く実感します。死ぬ時は意外なほどあっさりやってくると思う。しかし命が儚い故に、生きることに奮い立ちもします。もし私の死に際に折り合いを付ける猶予があるならば、必死に働いた日の眠りが心地良いように、納得して人生を終えられることを願います」(亀井さん)


亀井徹個展 “Series:All the Flowers and Insects”

下記3作品のほか、2点の新作を含む合計5作品を出展。

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「花虫達 all the flowers and insects」(2013年制作)※DIOR HOMME契約作品のひとつ

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「花虫達 all the flowers and insects」(2014年制作)

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「花虫達 all the flowers and insects」(2015〜‘16年制作)

2009年に出版された画集情報はこちら。(http://treville.ocnk.net/product/31)(http://www.editions-treville.net/?pid=13492570)

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会期|2017年1月20日(金)~2月14日(火)
営業時間|12:00-18:00
休|水曜日、木曜日
会場|ラディウムーレントゲンヴェルケ
場所|東京都中央区日本橋馬喰町2-5-17
mail|info@roentgenwerke.com

問い合わせ先

ラディウムーレントゲンヴェルケ

Tel.03-3662-2666

http://www.roentgenwerke.com/

           
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