ART|エスパス ルイ・ヴィトン東京 『AWAKENING』
ESPACE LOUIS VUITTON TOKYO|エスパス ルイ・ヴィトン東京
『AWAKENING』
ルイ・ヴィトン表参道ビル7階のアートスペース、「ESPACE LOUIS VUITTON TOKYO」では、6月9日(土)から9月9日(日)まで、「AWAKENING」展が開催されている。いままで光あふれるスペースだったそこは、ほの暗く姿をかえ、フィンランドを代表する芸術家3人の作品が展示されている。同スペース2度目のグループ展だ。
Text by SUZUKI Fumihiko(OPENERS)
聖域のようなやすらぎ
表参道というのは、表参道というくらいだから参道なのであって、それはつまり明治神宮の参道だということだ。
明治にはいって、立憲君主国家となった日本の、その君主たる天皇は、東京という都市の中心にあって木々にとりかこまれた地に居を構えた。そうして、東京にすまう人びとの日常から、一定の距離がとられたことで、君主の神性、あるいは聖性は、より強調された――と、そう考えてみると、明治神宮は、その君主を祀る。想像するに、明治天皇によって「都のほか」とうたわれた代々木の森は、明治神宮がそこに造営されたことで、現世の埒外にある印象を強めたのではないだろうか。つまり、崇高の観念であるとか、生を超越したところにある死であるとか、ひとがしばしば、神をおもうきっかけになるような場としての印象を、より強めたのではないか。
なんの話をしたいのかといえば、ESPACE LOUIS VUITTON TOKYOで、この度、開催された展覧会のことだ。以前、OPENERSでもお伝えしているように、つい先日までそこは、日本人現代芸術家5人の作品が、周囲を巨大なガラス窓にかこまれた開放的な空間に配置されていた。それがいまや、作品と垂れ幕で窓を覆われ、ほの暗い空間へと変貌をとげているのだ。
そして、おもしろいことに、そこに今回作品を展示しているフィンランドを代表する3人の芸術家は、みな、この空間をなにか神聖な場所と感じた、というのだ。だから、今回の展覧会は、どこか聖地をおもわせるような、やすらかな空気がただよっている。これは、もしかして、ESPACE LOUIS VUITTON TOKYOがある、表参道という地理的な条件とも無縁ではないのかもしれない。そして、表参道という土地がもつ神聖は、日本人以外にも意識されるのかもしれない。
「AWAKENING」と名付けられた展覧会の特徴はそこにある。キュレーター ラウラ・コーニッカは、「AWAKENING」というテーマによって、3人の芸術家たちの創造を縛りつけるようなことはしておらず、それはもっとゆるやかな枠組みであるという旨の発言をしているけれど、それぞれが独立した作品としても成立しうる、3作者による8作品は、なにか神聖をおもわせる特徴によっていっこの総体をなしている。そしてその特徴は、けっして堅苦しいものではなく、むしろ、普段の生活のなかでは、強く意識しないものごとへの気づきであるとか、日常をすこしはみ出すことでえられる安息であるとか、そういったものだ。
というのが、今回の展覧会で筆者が感じたことだ。
ESPACE LOUIS VUITTON TOKYO|エスパス ルイ・ヴィトン東京
AWAKENING (2)
刺激的なエネルギー
今回の芸術家3人のうち、唯一の女性、ハンナレーナ・へイスカがいうように、作品はどれも、特別な説明をせずとも楽しめるものだけれど、ここでは、それぞれの作品を紹介したい。
まずハンナレーナ・へイスカ。彼女はそもそもは画家として知られるけれど、今回は2つの映像作品を公開している。『TODAY WE LIVE』と名付けられた作品は、ハードコアパンクのライブ会場で撮影されている。モッシュピットとよばれる、ステージ前のエリアで、激しく体を動かす若者たちを撮影しており、映像とともにエリック・サティの『ジムノペディ第1番』がながれる。
一見暴力的にもみえる彼らは、ストレートエッジとよばれるライフスタイルをもつ若者たちで、喫煙しない、麻薬を使わない、アルコールをとらない、快楽のみを目的としたセックスはしないという基本理念をもつ。その彼らの生き生きとした表情、感情をドキュメンタリー風にみせる作品だ。
いっぽうの『RIDESTAR』はメランコリー、報われない愛をテーマとしており、メランコリーの象徴として馬が登場する。
この映像作品の前でながれる音楽はジュール・マスネの歌劇『ウェルテル』のアリア。馬は、映像の最後にたちあがり、それは希望をあらわすという。
彫刻家ペッカ・ユルハは、クリスタルを使った作品3点を公開。都会の風景とのコントラストを狙って7メートルのニンジンの像をつくりたかったというユルハ。しかし、ほかの芸術家たちと話すうちにクリスタルを使おうと考えたという。中心的な作品は『壁に耳あり、耳には美しいイヤリングあり(THE WALLS HAVE EARS, EARS HAVE PRETTY EARRINGS)』で、エストニアを舞台にしたソフィ・オクサネンの小説『粛清』から着想をえているという。ソビエト時代の密告者と、密告者に報奨としてあたえられたイヤリングがモチーフだ。
『I HAVE SEEN THE LIGHT』はお金はあっても満足をえられない実業家が芸術に出会い、光を見た、と感じる、という話から着想をえた作品。光と影を表現するクリスタル素材の長所をいかすようにつくられている。クリスタルの輝きは、自分を気づいてほしいという現代人のこころもあらわすという。
最後の『SKULL』は頭蓋骨をモチーフとし、死をテーマとする。床に置かれた大きな作品だ。他の2作品を接続し、この場の神聖な印象を完成させる。
サミ・サンパッキラは音楽や映像、ビデオをおもな活動分野とし、レコードレーベルももつ芸術家で、今回は、スペースをとりかこむガラス面の一面を覆いかくす、壁のような巨大な作品、『STAR WALL』を作成。彼にとって初のインスタレーションだ。
会期のちょうどまんなかにあたる、7月25日の午後4時に、その場所にみえるであろう星空を、面に小さな穴をあけることで表現した作品で、屋外の風にゆれるワイヤーの影響で、あたかも本当に星がまたたいているかのように見える。
ピラミッドが太陽の動きを計算してつくられているような、天体の長い時間の尺度をイメージしており、サンパキッラの、理解できないこと、人知を越えたことへの興味を表現している。
音楽作品『BIG CHILL』と、それとともにながれるビデオ作品『BIG CRUNCH』も、彼の宇宙への興味を感じさせる作品だ。ビッグバンとともにはじまった宇宙はやがて収束するという考え方である「ビッグクランチ」と、宇宙はやがて絶対零度の無の空間へとむかって冷えていく、という考え方の「ビッグチル」。2つの宇宙の終末理論、そして終末を前にしての人間を表現しているという。
以上が、今回の全8作品だ。
これらの作品は、どれもやすらかな印象を生み出し、相互によく調和するけれど、だからといって深刻な印象をあたえるようなものではない。ペッカ・ユルハが定義するように、フィンランド人が質素、穏やかさ、自然を好むといわれるにしても、彼らの作品は刺激的なエネルギーにもあふれている。フィンランドという国へのイメージが予想もしない裏切られ方をするにちがいない。
“AWAKENING”
東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン表参道ビル 7F
期間|2012年6月9日(土)~9月9日(日)
時間|12:00~20:00
電話|03-5766-1094
Web|www.espacelouisvuittontokyo.com
Hannaleena HEISKA|ハンナレーナ・へイスカ
1973年、フィンランド・オウル生まれ。2006年に文学修士号を取得し、フィンランド芸術アカデミーを卒業。最近では、2011年にノルウェー、ポシュグルン芸術協会で個展が開かれた。フィンランドでは2010年に個展『Altered States』を開催。フィンランド内外のグループ展にも多数出展している。またビデオ作品は2011年、フランス、シーニュ・ド・ニュイ(Signes de Nuit)映画祭、イタリア、ミラノフィルムフェスティバルをはじめ各地の映画祭で上映されている。
Pekka JYLHÄ|ペッカ・ユルハ
1955年、フィンランド、トホランピ生まれ。芸術家でありながら教授でもある。1980年代にヘルシンキ芸術デザイン大学とヘルシンキ芸術アカデミーで美術を研究。フィンランド国内では公共彫刻とインスタレーションを多く手がける。近年では、2011年『What's the rush?』が地下鉄駅に展示された。その作品は、フィンランドのみならず、パリ、上海などでも展示され、フィンランドでは、あらゆる主要公共・私設美術館がコレクションにくわえている。
Sami SÄNPÂKKILÄ|サミ・サンパッキラ
1975年、フィンランド・ウルヴィラ生まれ。現在はタンペレに在住。タンペレ・ポリテクニックおよびカナダ・トロントのオンタリオ美術デザイン大学で学ぶ。2000年以降、多数のグループ展や上映会に出展。ミュージシャン、写真家、映画製作者、フォーナル・レコード(Fonal Records)のディレクターをかねる、マルチタレント・アーティスト。
Laura Köönikkä|ラウラ・コーニッカ
1980年、フィンランド・ポリ生まれ。ヘルシンキを拠点に活動。2010年-2011年、フィンランド芸術を助成・振興する団体、FRAME(Finnish Fund for Art Exchange(フィンランド芸術交流基金))のアーティスティック・ディレクターに任命された。2011年にはヴェネツィア・ビエンナーレのフィンランド・パビリオンのキュレーションを担当。フィンランド・ヤング・アーティスト・オブ・ザ・イヤー(Finnish Young Artist of the Year)のメンバーならびにフィンランド・キュレーター協会の委員兼理事を務めている。