Life is Edit. #016 ~ヨルク・シャウアー、アナクロニズムに魅せられて~
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2015年4月27日

Life is Edit. #016 ~ヨルク・シャウアー、アナクロニズムに魅せられて~

島田 明|Life is Edit.

#016 ヨルク・シャウアー、アナクロニズムに魅せられて

ひとりのヒトとの出会いによって紡がれ、生まれるあたらしい“なにか”。
ひとつのモノによって惹きつけられ、生まれるあたらしい“なにか”。
編集者とは、まさにそんな“出会い”をつくるのが仕事。
そして人生とは、まさに編集そのもの。
──編集者、島田 明が、出会ったヒトやモノ、コトの感動を紹介します。

文=島田 明写真(ドイツ取材)=五十嵐 真Photo by Jamandfix

デジタル化がすすみ、大量生産モノが幅を利かせる現代だからこそ、無性に人の手のぬくもりを感じる作品に惹かれるのはわたしだけではないでしょう。
撮影でもデジタルカメラをつかうカメラマンがほとんどだけど、わたしはあえてそんな彼らによく語りかけます
「アナログでやってみない?」と。

そんなわたし好みのアナログのよさをいまもかたくなに守っている時計師がいます。
昔ながらの手作業で針1本から、みずから仕上げている、独立系時計師 ”ウオッチビルダー” ヨルク・シャウアー、その人です。

今回は、そんな彼との出会い、そして彼とのわすれがたき思い出について。

キッカケは、高校の同級生との再会から

ヨルク・シャウアーとの出会いをお話する前に、そのキッカケをつくってくれた人がいます。
現在、時計の輸入販売も手がけるウォッチセレクトショップ「TIC-TAC(チックタック)」事業部部長の松崎充広クンです。
じつは彼、高校時代のクラスメイトでして、修学旅行でもおなじ班として奈良のお寺をまわった間柄。
高校卒業後はたがいに連絡を取りあうこともなく時は経過。が、再会は突然にやってきたのであります。
11年前、わたしが『メンズクラブ』誌で初のバーゼルへ時計取材に出向いた際、会場入り口で人待ちしていたら、どこか見覚えのある顔が。
でも、ここはスイス、しかも20年ちかく経っているから記憶もおぼろげ。ままよ、旅の恥はかき捨て、という諺もあるし、思い切って「松崎!」と異国の群衆に向かって声をかけたら、ほんとうにその人、松崎クンだったのです。

聞けば、TIC-TACで時計のバイヤーをしていて、買い付けにきたとのこと。
で、松崎クン曰く「面白い時計があるから、島田、時間つくって見に来てよ」。

スイスでの時計取材は、わたしとカメラマンの杉山クンのたった2名で取材から撮影まで全部をこなし、しかも重い荷物を持っての分刻みでスケジュール!
無論、昼食を食べる時間もなく、実際、バーゼル取材後は3キロ痩せるくらいのハードさの極み!
しかし、そこは旧友のたってのたのみ。しかも20年ぶりの再会でしたから、それはもう、何としても行かねばなるまい、と。

それから数日後。
何とかシャウアーと松崎クンが待つブースにたどり着くことができました。
ふたりは熱心に、ヨルク・シャウアーという時計、そして手づくり時計の素晴らしさを熱く語ってくれましたが、わたしと杉山クンは昼食抜きの上にフルで仕事をこなし、夕方ちかくで電池切れ、半分目が回っていて…(笑)。
それもこれも、いまとなってはいい思い出です。

10月、TIC-TAC恵比寿店で行われたイベントに合わせて来日したシャウアーに、約3年ぶりの再会。ポップなシャツを着て、元気そうな彼に、現在の経済危機の話をふると「こんな時代だからこそ本物が求められるもんだよ。自分を見つめなおすいい機会じゃないかな。僕はコツコツと時計をつくる。ただそれだけだよ」。う~ん、含蓄あるお言葉です

シャウアーの工房で過ごした優しい時間

シャウアーの時計の素晴らしさにかんしては、おおくの時計雑誌で触れられているので、ここでは割愛を。

時計以上に、わたしを捉えてはなさないのが、わたしが実際、彼の工房のあるドイツ・フォルツハイムに2度おとずれたなかでシャウアーと共有した時間。そのかけがえのない、心あたたまる彼との素敵な思い出の数々です。

9年前、初めておとずれたフォルツハイムは、ブラックフォレストというふかい森にかこまれた、しずかで、のどかで牧歌的な街、といった印象。
そこから車で30分ほど離れた場所にあるシャウアーの工房兼本社は、ほかの時計工場を見なれたわたしにとっては、おどろきの小ささ(笑)。
しかし、どこにでもあるような住宅街の小さな工房は、非常に機能的で心地よい空気を宿していました。

忘れられないのは、そこでの昼食です。
奥さんがつくって、わざわざ我々のためにはこんでくれたランチバスケット。パテをパンに塗り、自家製ピクルスと一緒に食す、その素朴な味は、贅たくな食事になれたわたしたちの舌を喜ばすのに十分な美味なるインパクトでした!
この明るい光が差しこむ工房で、ほぼ毎日、変わらぬ食事、変わらぬ作業、変わらぬ時間をすごす彼らと時間をともにしたことで、わたしは人生において何が大事か、また考えなおしたものです。

野生のリンゴは小さくて、かじるとちょっと青春の酸っぱい味でした(笑)。見渡すかぎりの緑のなか、気持ちよい風が吹いて。当時は4名のスタッフも、いまや8人に増え、工房兼本社も新たに建築中とのこと。コツコツ、地道に時計をつくるシャウアーを見て、わたしもコツコツやることの大切さをまなんだりしてます

また、その2年後、再訪したフォルツハイムでは、彼の好きな場所に案内してもらいました。
その場所が、大きな野生リンゴの木が幾重にもつらなる、大きな大きな緑の草原(写真上)。
シャウアーは、時計づくりに煮詰まると、よくここに来て時間を過ごすそう。
ひとり昼寝をしたり、家族でピクニックに出かけたり、サイクリングに興じたり。
都会に暮らす我々には、じつに羨ましく思えたりしました。

彼がくれた世界に一本の時計

そして、彼のあたたかな人柄を、さらに実感した出来事がありました。

9年前のわたしのフォルツハイム訪問は、日本の雑誌編集者では初めてだったらしく、彼は、その訪問をたいそうよろこんでくれ、我々を歓迎してくれました。
そして、彼は、その感謝と歓迎の気持ちを1本の時計に込めてくれました。
彼の手づくりの時計の文字盤に、わたしの名前をプリントしてくれて、なんとわたしにプレゼントしてくれたのです。

聞けば、日本にいる松崎クンに、シャウアーから
「Mr. シマダの名前を漢字フォントで送ってくれ」と何度もメッセージがあったそう。
当の松崎クンも何につかうのだろう? と疑問に思いつつもかんたんにフォントをつくり、メールで送ってみたら、そのままそのフォントが使われ、見事時計の文字盤に載っていた、という(笑)。

この時計を腕にはめる度に、あのあたたかでやさしい時間とシャウアーの照れた笑いを思い出すのです。

モデル「Kleine Schauer」にプリントされたわたくしの名前。わたしを驚かせるために、内緒でシコシコとつくってくれた、彼のやさしさに、わたしはただただ感涙です。お金じゃ買えない彼との時間と、この世界にただひとつの時計。一生の宝にさせていただきます

世界が変わる、この時期に大事なもの

いま、世の中は大きく変わろうとしている。
わたしたちは、いま大きな時代の転換期を迎えている。
経済状況も、政治も、環境問題も、そして人との繋がりも。

みなさんも、きっと、そう感じられているのではないか、と。

今回、シャウアーとも、そんな話をしました。
我が師、ポール・スミスとも先月、おなじ話を。
数日前、キーン・エトロともパーティのときに、そんな話をしました。

新雑誌『ENZO』延期の話も、その流れで彼らに話をしました。
以前から、新プロジェクトの話を彼らに伝えていたゆえ、その状況説明を、直接キチンと話したい、とわたし自身が思っていたからです。

そんなわたしに対する、シャウアー、そしてポールとキーンの言葉は奇しくも一緒のものでした。

KEEP POSITIVE,
KEEP POWER,
KEEP SMILE !!!

だ、と。

こんな時代だからこそ、人を大事にしなさい。
彼らは、わたしにそうアドバイスしてくれました。

そして、また思ったのです。
あぁ、わたしには、こんなにもいい友がいる。
やっぱり編集者って楽しいな、と。

あなたにとって
いま、いちばん大切なものって
何ですか?

           
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