Life is Edit. #015 ~ダミアン・ハーストに飛ばされて IN LONDON~
島田 明|Life is Edit.
#015 ダミアン・ハーストに飛ばされて IN LONDON
ひとりのヒトとの出会いによって紡がれ、生まれるあたらしい“なにか”。
ひとつのモノによって惹きつけられ、生まれるあたらしい“なにか”。
編集者とは、まさにそんな“出会い”をつくるのが仕事。
そして人生とは、まさに編集そのもの。
──編集者、島田 明が、出会ったヒトやモノ、コトの感動を紹介します。
文=島田 明
中学時代、はじめて小遣いで買ったLPがポール・マッカートニー&ウィングスの『LONDON TOWN』。
タワーブリッジを背にしてポールが寒そうにコートの襟を立てている、それがマイ・ファースト・ロンドンのイメージ。
そんな哀愁あふれる街に、約7年ぶりに訪れてきました。
旅のお供に、ちょい不良ジローラモさん
今回のロンドン再訪は、雑誌『LEON』での連載「セレブなバカンス」の取材撮影にて実現したもの。当然、ジローラモさんが旅のおともでした。じつは、このロンドン旅行をかねてから熱望していたのは、ほかでもないイタリアのモテ男でありました。
すべてのイタリア男にとって、ロンドンとは特別な場所のよう。スーツの源流サヴィルロウからクラシックでうれいある街並みやロンドンタクシーまで古きよきものがしっかりのこりつつ、アップデイトにモダナイズされてゆく、そのバランスがどうやらイタリア男にとってもチャーミングにうつるようです。
今回、招待を受けたダンヒルがあらたにオープンした「HOME」では、かつて、ここでウエストミンスター侯爵がココ・シャネルと愛をはぐくんだ、なんて話を聞きながら、モダンとクラシックの見事な融合っぷりに感心したり(詳細は『LEON』12月号にて!)、バーリントンアーケードの英国的上品っぷりにあらためて気づいたり(昨今、ほかの国のアーケードってみな画一的で面白みもゼロに近いものがおおいし)、ジャーミンストリートのヒルディッチ&キーやフォートナム&メイソンの変わらぬクラシックぶりに安心したり、とジローラモさんふくめてロンドンの伝統の”重さ”を短い時間ですが肌で感じることができました。
ダミアン・ハースト作品との幸福な出会い
で、今回のロンドン詣での最大の収穫。
それはなんといってもサザビーズで9月16日に開催されたダミアン・ハーストにとっても最大規模のオークション『BEAUTIFUL INSIDE MY HEAD FOREVER, LONDON』をこの目で接見できたことでした。
9月14日にロンドン入りし、なにげなく見ていたテレビ番組『SKYNEWS』。そのブラウン管上にうつったのはトム・フォードの眼鏡をかけて、以前より洒落っ気を帯びたダミアンでした。インタビューに応えたあと、テロップがながれサザビーズでオークションをやる、と。こ、こ、これは絶対に行かなくては! と初日から興奮冷めやらぬ状態に。
そんな、前夜からの興奮で寝不足気味なわたしが翌朝、取材に行く道すがらホテルから数メートル歩いたところに発見してしまったのは、なんとサザビーズのブルーフラッグ!そこで、ジローラモさんやほかのスタッフを(勝手に)入口にのこしつつ、フラフラと引き寄せられたわたしは、さっそくオークションスタッフと交渉開始。
そしてめでたく潜入に成功! ジローラモさんたちを手招きして(笑)無事、全員IN、とあいなりました。
いや~、こんなにまとめて彼の作品を観られるのは最初で最後、っていうくらい圧巻の量と作品の圧倒的なインパクトに茫然自失だったのはわたしだけではありません。
代表的な作風であるホルマリン漬けの作品では、"頭に鏡を乗せた羊"、"4頭の牛の頭の上に乗った球"、"飛び立つ白い鳩"、"サメ"、"シマウマ"、"空飛ぶ子豚"……と、じつに壮観なスケールと圧倒する数。
それだけではありません。黒い星形は近くで見るとすべて黒いハエ、万華鏡のような鏡は美しい蝶の羽の集合体、無数のダイヤや煙草の灰、はたまた薬剤を陳列させた棚……。
まあ、こられらを悪趣味、と切って捨てる輩もおおいのはたしか。でも、わたしは、それらを前に相当に心揺さぶられた、というか、頭が真っ白くなった。見事に飛ばされた。ただ、それだけで十分でした。それがわたしにとっての”アート”の定義、ですから。
翌日、ニュースで、あの"鏡を頭に乗せた羊"が約19憶円!で落札されたことを知りました。そして、あのパブロ・ピカソを抜いてひとりの芸術家の落札総額としてはサザビーズで過去最高の総額211憶円! もう超絶ものです。そしておなじ日に世間を駆け抜けたのは、あのリーマン・ブラザーズ倒産の一報……。
そのとき、わたしは思ったんです。「ダミアンは、うまく売り抜けたな」って。
絶対に彼は、このタイミングを計っていたはず。彼は、そういうタイミングを逃さない、じつに商売人でもあり策士でもある。
作品もさることながら、彼の、その天才的なタイミングのはかり方、インパクトの出し方に感心しきりでした。
ロンドンでの再会、そして出会った忘れがたき人々
そして、今回も数おおくの友人に再会、出会いました。
ダンヒルのパーティで再会したジュード・ロウとは、フラッシュがたかれるなか、僕と5分くらい立ち話することができました。3日前に、ロンドンに来ていることとどこかで時間があったら会いたいね、とわたしからメールしたら「ダンヒルのパーティで会おうよ!あと時間ができたら、ロンドンを案内するよ」と律儀に返信してくれて。セレブな彼ですが、僕の前では本当に気さくないい奴。僕にとっての大事な友人のひとりです。
ダンヒルのクリエイティブディレクターに就任したキム・ジョーンズとは、英国の有名レストラン『THE IVY』にてディナーをともにしました。会った瞬間、波長が合ったのか「僕の隣に座れば?」と言われて素直に密着(笑)、食事もそこそこに、ずっと音楽談義に華をさかせ。「金曜日、クラブで僕がDJをするから来ない?」とか「今度、日本に行くからクラブ行こうよ」とか国境を越えた夜遊びクラバー仲間として、今後彼とは、いろいろと楽しめそうです。
ランバンのエマニエルとは、サヴィルロウにオープンしたランバンの新ブティックのパーティにて再会しました。東京では夜遊びナビゲーターをわたしがつとめて以来のおつき合いです。非常に人当たりもよく、ソフトな物腰は、会った瞬間に誰もが引き寄せられる、そんな魅力的な人。今回もパーティに来ていた『モノクル』編集長のタイラー・ブリュレとタケハル君を紹介することができ、英仏日とまたあらたなコミューンができた、そんな素敵な出会いのパーティも堪能しました。
そのほかにも多くのファッションデザイナーにインスピレーションを与える古着を扱うショウルーム『CASSIE MERCANTILE』では、グラハムに日本のユナイテッド・アローズの展示会で会って以来の再会を果たしました。もう、すごいお宝の山、って感じで、僕はUSメイドの60年代Tシャツを探し出しご満悦(笑)。
またミントコンディションのアンティークトランクや革小物をあつかうお店『Bentleys』ではティムとジュリアンに再会。もう、その知識たるやハンパじゃなくて、考古学者って感じ(笑)。ここ数年、ずっと探しているヴィトンのヴィンテージバニティケースを一応はたのんでおきましたがいったい幾らになるのか……若干不安なわたしです(笑)。
と、今回の旅も人に恵まれ、アートに恵まれたたいへん貴重な旅となりました。
ひとり、テートモダンで考えた
わずかなロンドン滞在でしたが、最終日に、ひとりテートモダンに行ってきました。
わたしにとってはじめてのテート体験でしたが、想像以上にすごかった。
やっぱり英国、ロンドンは懐がふかいなあ、アートに関して理解がふかいなあ、と感心しきりでした。
当日は、UBSのコレクションを展示していましたがモネの作品『睡蓮』とジャクソン・ポロックを対照的に置いてみてみたり、ゲルハルト・リヒターの巨大な作品を4面の壁すべてをおおってみたり、とこちらもダミアンとはちがった意味で圧巻の量と質をほこっていました。で、そこには地べたにはいつくばり、ユル~く写生に興じる英国の学生集団。
こうやって、すばらしいアートに小さいころから触れられる、しかもタダで触れられる彼らを見て、わたしは本当にうらやましく思いました。やっぱり日本とはアートに関するボトムのレベルがちがう、と。
同時に、リーマンブラザーズの事件の翌日だったこともあり、ここにそろっている、見事なまでのUBSのコレクションも世界的経済状況の危機でどこかに離散することもあるのかなあ、とボンヤリ考えてもみました。
話は変わりまして、残念なお知らせが。
以前、このコーナーでもお知らせしましたが、新雑誌『ENZO』の創刊が延期となってしまいました。
この未曾有の不景気の影響を受けての延期、です。ただただ無念です、残念です。
しかし、この『ENZO』立ち上げに際し、じつにおおくのスタッフや関係者の方々が熱くなってくれた、夢中になってくれた、期待してくれた、その熱気ある光景に何度も立ち会わせてもらうことができました。
そんなスタッフのみなさんを見て「何かが動かせる」そんな手ごたえも、しっかり感じることができました。
そして、そんな熱き輪のなかにいるわたしは、ただただ幸せだな、とつくづく思ったしだいです。
この場を借りて、お礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
そんなみなさんがいるおかげで、わたしは前に進めそうです。
そして、あぁ、善き人と出会える編集者という仕事は、やっぱり楽しいな、と
テームズ川が見わたせるテートモダンのカフェのソファに、ひとり身をゆだねながら、悦に入った哀愁の英国の旅でした(笑)。