Life is Edit. #011 ~『アールデコ』が教える”美しく暮す”こと~
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2015年3月19日

Life is Edit. #011 ~『アールデコ』が教える”美しく暮す”こと~

#011 『アールデコ』が教える“美しく暮す”ということ

ひとりのヒトとの出会いによって紡がれ、生まれる新しい”何か”。ひとつのモノによって惹きつけられ、生まれる新しい”何か”。編集者とは、まさにそんな”出会い”をつくるのが仕事。そして人生とは、まさに編集そのもの──編集者、島田 明が、出会ったヒトやモノ、コトの感動を紹介します。

文と写真=島田 明

今回は、ファッション、アート、フライフィッシングに仏像同様、”わたし”を構成するキーワードである『アールデコ』、そしてそれを介して出会った人たちについてのおはなしを。

あだ名にもなったくらいの熱中っぷり

1925年、パリで開催されたパリ万国博覧会以降、現代建築と装飾美術の一大潮流となるデザイン ムーブメントが、いわゆる『アールデコ』。で、What is ARTDECO? という方にわたし流に『アールデコ』を説明してみますと……。

1925年から30年代は、ちょうど機関車やクルマ、飛行機などの出現で、ひとの生活に劇的変化が現れた時代。見果てぬ遠国への旅を短時間で移動させる機械の登場は当時の人々も「かがやかしい未来がやってきた!」 なんてワクワクしたはず。で、それに加えて、あの流線型の美しいラインやシルバーメタリックの光沢感、機能に裏打ちされたマシーンの美しさ&迫力を、はじめて目の当たりしたら、そりゃあ完全ノックアウトされすはず、「す、すっごい!かっこいい!」と。で、当然、みんなの気持ちもあがるわけですね、スパーカーを目の当たりにした小僧みたいに(笑)。

デザインひとつで、ひとはポジティブな気持ちにもなるし、アゲアゲな状態にもなる。わたしは、そんなデザインの底力を『アールデコ』を通じて学びました。それは、ときに悪用され、ナチスのように国家掲揚の道具としてもつかわれた過去も…あったりしますが。人の気持ちを左右するデザインの影響力は強大なり、なのです。それは、ファッションも同様ですね。

1948年、ポール・コランによって制作された飲料水VICHYのポスター。
わが家では食事をするテーブルの横にレイアウト。コランは、カッ
サンドルの師匠で、劇場ポスターなど数多くの秀作を残しています。
こちらは代官山のポスターの老舗"木屋ギャラリー"で12年前に購入。

そんなわけで、約15年間、わたしは『アールデコ』と恋に落ちました……。
おおくの写真集をあさり読み、クリスティーズに入り、オークションブックで相場をしらべ、ときにBIT(入札)し、たまに落札、で部屋に入りきらなくなって売る、というくり返し(笑)。とくにeBayという世界最大のインターネットオークションを知りはじめた、12年くらい前はまだ日本では知名度が低かったせいか、いいデコものが、良心価格で出てて感無量……。(いまは駄目ですね、多くのプロディラーが参加していますから、アマは到底……)そうそう、そんなわたしに、以前、日本の市場調査として米国のeBayから「日本の市場はどう思う?」的アンケートが送られてきたことも、あったりしました。

そんな感じで『アールデコ』というトレジャーハンティングに邁進していたわたし。そのコレクトする幅も、『アールデコ』はデザイン全般にわたる流行モノですから、ポスター、食器、家具、グラス、灰皿、時計とじつに幅が広い。で、結果、コレクションも膨大となり給料の大半は『アールデコ』に、なんてことも(笑)。

そんな話を、当時から仲良くさせてもらっていたポール・スミスさんに、自身の熱中ぶりを話したら、わたしのことを「きみを今日からデコと呼ぼう!」なんていうニックネームなんかつけられちゃったりして(笑)。

この3セットを集めるのに、あしかけ10年はかかった執念?の三部作です(笑)。
フィリップ・コリンズという有名なコレクター本にも紹介されている、バー
テンダーシリーズで、右からJUNIOR BARTENDER(1938年アメリカ製、ネット
オークションで12年前に購入)、FRENCH CIGARETTE DISPENSER(年代不明
フランス製、ロンドンのアルフィーズで7年前に購入)、THE RONSON TOUCH-TIP
LIGHTER(1936年アメリカ製、クリスティーズで5年前に購入)

『アールデコ』が人を引きよせる

そんなわたしの『アールデコ』熱に火をつけた人物がいます。

13年前ほど前、当時所属していたメンズクラブ編集部の先輩であった田中和浩さん、その人です。『アールデコ』だけではなく、森川昇さんや篠山紀信さん、オガタケイさんなど綺羅星のような才能溢れた有名カメラマンとお仕事でご一緒できたのも田中さんのアシスタントをしていたおかげでしたが、何より刺激的であったのが、撮影後の田中さんの自宅訪問でした。ほんと、すごかったんです、『アールデコ』の部屋、みたいな感じで。もう、そのカッコよさにすっかり感化されちゃったわたしは、それからが本格的な『アールデコ』蒐集のスタートさせたのでした。

それから、わすれてならない『アールデコ』の先生がもう一人。
その人が、今でも目黒・鷹番にあるお店「アールデコ モダン」のオーナー、須田さんです。もうすっかりインテリア界ではメジャーなミッドセンチュリーの店「モダニカ」のオーナーでもある須田さんのデザイン界に進まれた根っこの部分、いわば原点的店になっているのが「アールデコ モダン」でしてマスターピース的な『アールデコ』アイテムにかこまれながら、ファイヤー キングに入れられた美味しいコーヒーをいただきつつ、よく丁寧にレクチャーしていただきました。ほんと、一週間に一度くらいの割合いで遊びにいっていました、当時は。

そんな店に出入りしていたなかから、また素敵な人との出会いが生まれるんですね、たくさんと。なかでも印象にのこっているのが、詩人、谷川俊太郎さんとの出会いです。

ラジオのコレクターでもある谷川さんは、須田さんとも旧知の仲。で、店にある非売品のコバルトブルーの1936年製ラジオ、SPARTONをずっと欲しくて(いちばん上の写真がソレ。10年前にロサンゼルスで購入。バブル当時は200万円ほど!)須田さんに話していたら、たまたま谷川さんが2台も!お持ちで、わたしの知らないところで「メンズクラブに島田さんという人がいて、このラジオ、欲しがっているんですよね」と谷川さんに話していてくれて。その後、メンズクラブの他の担当者が谷川さんを取材したとき、突然、谷川さんの口から「編集部に島田くんっていう人、います?」なんて切り出されて担当の先輩は「なんで島田のこと知ってるんだ?」みたいなことになり。で、即お会いして、すっかり意気投合。その後、谷川さんの探しているラジオを私が撮影先のロサンゼルスで見つけて、即お伝えしたら、谷川さんが速攻で買われたり、谷川さんのコレクションを拝見しにご自宅にお邪魔したり……。

『空の青さを見つめていると』など、谷川さんの詩を愛読していたわたしとしては、ご一緒させていただいている時間はほんと感無量、夢みているような気分でしたが、実際お会いしているときは、当然、詩の話や仕事の話はまったくゼロ(笑)。デザインとラジオの話しか記憶にありません(笑)。

なかなか手に入らない、わたしの自慢の逸品でもあるティーグ
作のカクテルグラスです。液体が入る部分が凄く小さくて「何を
飲むんだ?」と突っ込まそうですが(笑)、そこはデザインが
COOL!ってことで。ニューヨークの摩天楼を彷彿させる美しさ
に思わず溜息…。ニューヨークで7年ほど前に購入。

そして『アールデコ』をしっかり勉強したおかげでいまの仕事にも、とても役に立っています。
ファッション デザイナーの多くは、必ずと言っていいほどアールデコ好き、というかマストな教養のひとつ。トム・フォードもポール・スミスも、トム・ブラウンも、みんな『アールデコ』は一時はハマってコレクションしたり、服のデザインに多大な影響を受けたりしているのが見て取れます。で、インタビューの際、アールデコに関するちょっと突っ込んだ話をするだけで、「お前、デザインのこと、分かってるな」感をアピールできたことも。いわば共通の言語として『アールデコ』はつかえるのです。

また時計の世界も、『アールデコ』というキーワードがいろんな場面で顔を出してきます。装飾性の高いデザインですから、やはり時計のマスターピース的なものは、『アールデコ』の影響を受けたデザインものもおおい。当然、オリジナル、その出目を知っているのは、時計を語る上での強みとなるワケです。

こちらもティーグ作のコダックのカメラ、ベビーブローニとNo.1 A Gift Kodak(中央)。
中央のモノは最近、格安でオークションで手に入れました。他のベビーは8年ほど前、約
3年くらいかけてネットオークションでコツコツと探したものです。微妙に色の配色を変え
たスタイルは、やっぱりトータルでそろえてこそ美しい。いずれも1930年代アメリカ製。

わたしがハマったふたりのデザイナー

『アールデコ』について書くとキリがないのですね、ついつい熱が入っちゃって(笑)。

でも、是非ともご紹介しておきたいデザイナーがいます。それが、フランスのA.M.カッサンドル、そしてアメリカのW.D.ティーグ、その人です。

カッサンドル(1901~1968)は、雑誌『ハーパズ・バザー』のグラフィックやイヴ・サンローランの有名なロゴマーク『YSL』をデザインしたことで、つとに有名なグラフィックデザイナー。彼は様々なポスターをデザインしただけでなく、当時のコマーシャルグッズのデザインに非凡なる才能を発揮し、デザイン界に大きな影響をあたえました。わたしは、そのわかりやすく、ポップな感じが大好きで、決して安くない市場価格(コレクターも圧倒的に多い)のなか、コツコツ集めてきました。
で、そのモノだけでなく、そして彼が唱えた思想概念が、わたしの心をとらえて未だ離しません。それは──

1枚のポスターが解決すべき3つの問題

1. 視覚上の問題|1枚のポスターは<見られる>ためにつくられる
2. グラフィックな問題|ポスターは<すばやく>話さねばならない
3. 誌的な問題|知的連鎖をつくり出すこと。見る人を魅力で虜にすること

といったもの。この言葉はわたしの生業とする雑誌の概念にもピッタリあてはまり、いまでもページづくりに役立っています。
そして、ティーグ(1883~1960)。アメリカの工業デザインに多大なる影響をあたえ、デザイン界の首領、とまで呼ばれたアメリカンデコを象徴するデザイナーは、エッジの効いたデザインと美しいフォルムで、工業製品をひとつのアートに昇華させました。ティーグのデザインの前では、ちょっとスーパーカーを見るような子供状態になるわたし(笑)。

わすれもしない17年前の冬、雪のパリ。マレのポスター屋さんにかけられたこのポスターに魅せられて、何度も店の前を行き来し、悩んだ末に購入した靴のポスターUNIC。じつは、買ったときに、これがカッサンドルのものだとはつゆ知らず、ゆえにあとで判明したときは喜びもひとしおでした。1932年作。

こちらはカッサンドルが1931年に制作したCASINO酒店の鉄製の看板です。アメリカのディラーと直接取引して、しかもお金がなかったから分割で購入した思い出の品。たしか10年ほど前に購入し、一時は倉庫の中に寝かせておりました(笑)。

イブ・サン・ローランのロゴマークだけでなく、カッサンドルはエルメスにもすぐれた作品をのこしています。スカーフのデザインもありますが、わたしが持っているのはトランプ。図柄や書体(カッサンドル体と呼ばれています)がキャッチーで絶妙なバランスです。こちらはパリで13年前に購入。1937年製。

こちらは12年ほど前、パリのアンティーク屋のウインドウで見かけたものの年末で閉まっていたため購入できず、パリ在住の写真家・赤平さんに買ってきてもらい、スイス・バーゼルの時計取材時にわざわざ持ってきてもらった、思い出深い品。赤平さん曰く、いまやカッサンドルは高値で入手困難とか。

カッサンドル自身がつかっていた当時の写真もある、レアなDUBONNETの灰皿(1937年製)。じつはコンランショップのディレクターでもある後藤さんとトレードした逸品なんです。わたしはビバンダムのレアなペン立てをトレードアイテムに。それを機に後藤さんとも親しくさせていただいています。

やっぱり美しいモノが好き

「ファッションやクルマや食事が素敵でも、家(=内)にスタイルがないのはカッコ悪い」
25年くらい前、わたしが大学生のとき。確か雑誌『アンアン』が不定期に『メンズアンアン』と題し、メンズにフォーカスしていた特集号のなかで、わたしのファッションの師のひとりである高橋幸宏さんが、そう語っていました。当時、貧乏学生だったわたしは、この言葉に、多大なる影響を受けました。大人になったら、すべてにスタイルのある人間になろう、と当時からつよく誓ったものです。『アールデコ』への傾倒したのも、そんな幸宏さんの言葉の影響もあったような気がします。

やはりイイもの、美しいものにかこまれていると、人はポジティブになるし、スタイルも磨かれるもの。
住まい、環境、インテリアの生活にあたえる大切さを、『アールデコ』はわたしに教えてくれました。
それは人もおなじではないか、と思うのです。
趣味のいい人とおなじ空気をすい、おなじ空間を共有していると、知らないうちに影響を受け、センスがよくなるように。
ポジティブな人と話していると、こちらも元気になって、前向きになるように。

いまはコレクションも、モダンアート、とくに写真に移ったわたしですがいまでも蒐集した『アールデコ』にかこまれて生活をしています。それはそれは気持ちいいものです。すべてに思い入れがありますから。

そして、将来の夢はアンティークショップのオーナー(笑)。
もし、いまの仕事をリタイアしたら、の仮定の話なんですけど……。
日がな一日、好きな本でも読んで、サラリとお洒落して、シガーでも吸いながら店で過ごして、たまに来るお客さんに美味しいコーヒーでも出して雑談、みたいな、もう商売っ気まったくなしで(笑)。
で、最後は、わたしの死後、蒐集したものをクリスティーズでオークションにかけてもらうのが夢。いや真面目なはなし(笑)。

以前、クリスティーズのスタッフに「もしコレクションがしっかり評価されるものがそろっていれば、個人の名前のオークションブックを作成したもらうことは可能なんですか?」と聞いたら、可能だそう。『AKIRA'S COLLECTION』、う~ん素敵だ(笑)。こればかりはさすがに見とどけられませんが、それはすべての蒐集家にとっては究極の夢ではないでしょうか。

ひとつのモノが、モノという範疇を超え、たがいを惹きつけ、魅了し、時に見る者を鼓舞し、心地よく、そして前向きな気持ちにもさせてくれる。
『アールデコ』は、わたしにとって、そんな欠かせないモノ以上のモノなのです。

           
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