第29回 「?」にまつわる話_かたちのないモノ編
Lounge
2015年5月11日

第29回 「?」にまつわる話_かたちのないモノ編

第29回
「?」にまつわる話_かたちのないモノ編

僕がデザインしているのは、実際に手で触れることのできるモノですが、それらは視界から消えてしまえば、やがては忘れ去られる宿命です。しかし音、匂い、味など ──「かたちのないモノ」は、かえって人の心に忘れられない印象を残しているのではないでしょうか。

語り=吉田眞紀まとめ=戸川ふゆきPhoto by Jamandfix

記憶のなかでこころに響く音、匂い、味

僕は「水の音」が好きです。自然のなかで聞く川のせせらぎや、はるか遠くから聞こえてくる波の音は、遠い日の記憶を呼び覚ますのか、脳のなかの何かが反応します。また楽器のチューニングに使う「音叉」も好きな音です。あんなに澄んだ音を響かせながらも、機能がたったひとつで、フォルムも美しく、潔いですよね。

また匂いは、一瞬でさまざまな情景までをも思い起こさせるチカラがあります。僕が好きなのは、うまく表現しにくいのですが「空気の匂い」。あぁ、春になったなぁとか、冬が来たなぁと感じるあの匂いです。ウインタースポーツを愛する僕は、冬の訪れを匂いで感じとると、真っ白な冬山の姿や風を切って雪山を滑り降りる爽快感までも瞬時に思い出して、それだけでなんだかワクワクします。

それから誤解を恐れずにいうと「人の匂い」。体臭なのか、香水なのか、シャンプーなのか、多分そのすべてが混ざり合った匂いなのだと思いますが、雑踏のなかでも思わず振り返ってしまうことがあります。まさにDNAが反応している感じです。もちろんそれは、女の人とすれ違ったときにだけ起こるんですけどね(笑)。

味でいちばんに思い出すのは「コンソメ」でしょうか。上質な肉の塊から時間をかけてとったダシは、滋養がからだの隅々までゆきわたるような気がして、しみじみと、あぁ美味いなぁと感じます。その瞬間が過ぎると消え去ってしまうモノ ──音や匂い、味については、脳がなんとか記憶に留めようとがんばっているのでしょう。それだけに印象は強烈です。

デザインは、無意識の記憶の蓄積

こうした手で触れることのできない「かたちのないモノ」は、潜在意識のなかで僕のデザインに少なからず影響を与えているはずです。

デザインは、それまで自分がどういうモノに興味をもって、どういうモノを見てきたかの蓄積なのですから。長い時間かけていろいろな情報が頭のなかに入り、一度シャッフルされ、そのひとつひとつのディテールまでは憶えていなくても、無意識のどこかに蓄積されて、あるときふとかたちとなってあらわれる。

デザインとは、すべてをまったくゼロから新しく創り出しているのではなく、いろいろな記憶の蓄積がミックスされ、そのパーツとパーツの新しい組み合わせに自分の趣向が掛け算されて、ひとつのイメージとなって結実したものだと僕は思います。

だからひとつの造形も、それは僕がいつかどこかで出会ったこと、五感に触れたことが、何年も経ってからイメージとなってあらわれたモノかもしれない。そして夢としては、いつか素晴らしくキレイなかたちを心地よいインパクトとともに表現できたとき、それは「かたちのないモノ」のように、永遠に忘れられないデザインとなるのかな……。なんてちょっとマジメに思っているわけです。

なにはともあれ、僕はモノが好きなので、デザイナーを選んでよかったと思いつつも、ご多分にもれず、ミュージシャンには憧れます(笑)。自分の歌や演奏で人々が熱狂するなんて、あれはぜったい気持ちいいでしょ(笑)。
それに消えてしまう儚いモノをつくっている人って、なんだか素敵だと思うんですよね。

           
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