Life is Edit. #006 ~フライフィッシングが教えてくれた~
島田 明|Life is Edit.
#006 フライフィッシングが教えてくれた
ひとりのヒトとの出会いによって紡がれ、生まれるあたらしい“なにか”。
ひとつのモノによって惹きつけられ、生まれるあたらしい“なにか”。
編集者とは、まさにそんな“出会い”をつくるのが仕事。
そして人生とは、まさに編集そのもの。
──編集者、島田 明が、出会ったヒトやモノ、コトの感動を紹介します。
文=島田 明
H.D.ソロー著『森の生活』を読んだのは、28歳、16年前の冬。
読んだ当時は、よく分らなかったソローの生活、その精神が、40歳を超えたあたりからジワジワと理解できるようになってきました。大自然のなか、無心に竿を振るフライフィッシングという行為、そして、そのフライフィッシングを通じて、深く結びついた仲間たちが、私に何かの”ヒント”を与えてくれているようです。
いつもおなじ川の流れには”井出さん”が
小さいときから父親に連れられて海や川に釣りには出かけていた私ですが、フライフィッシングをはじめたのは15年ほど前。
当時、ロバート・レッドフォードが監督、ブラット・ピット主演で話題となった映画『リバーランズ・スルー・イット』
にモロに感化され、フライをはじめました。そんな私以外にもうひとり、感染した仲間がいました。それが井出和也さんです。
現在、雑誌『25ans』編集部の副編集長である井出さんは、当時、私が所属していた『メンズクラブ』編集部の先輩、後輩という間柄。仕事も一緒にしたはずが、その記憶はほとんどなく(笑)、数々の遊びのレクチャーだけはシッカリ覚えていて。1歳ちがいということもあり歳のちかい兄貴みたいな存在の井出さんは、現在はラグジュアリーな世界に身を置ていますが、じつは20年前は植物図鑑の編集者。
ゆえに山に分け入れば、草木や花の名前や品種、はたまた咲く季節までNHKばりに解説してくれる、じつに楽しい人なんです(でも、花の名前や由来を知っている方が絶対、ラグジュアリー!)。それに加えて、私の知るなかでいちばん気配りできる人。まず運転する私の横で、寝ないでずっとナビしてくれる(笑)。
新潟方面なら深夜2時に東京出発、明け方5時くらいに川に着いて、夜明けを待って寝ないで釣りなんていう、ハードなわれわれのフライ行脚。ゆえに深夜、クルマでの移動中、助手席で寝ないなんて、私には到底出来ない芸当です。
そしてなにより教え上手! 私が連れてきた釣り初心者、のべ10名を、自分は釣りせず、一日ずっと後ろについて竿の振り方から攻めるポイントまでも根気よく丁寧に教えてくれる、そんなこと、私には絶対に無理(やっぱり自分も竿を振りたくなるのが普通の心の動きってもんだし)。
でも、そんな井出さんだからこそ、私が連れてきた初心者のひとりとめでたくゴールイン、いまではふたり仲良くスコットランドや函館なんかに釣りにいっているのを見聞きすると、幸せそうでヨカッタよかった、と。
ああ、やっぱり人間、おおらかな人柄がいちばん大事なんだなあ、と、おおよそ3月の解禁日から10月の禁漁までの短い期間、井出さんとの釣り行脚のたびに思うのでした。
ファッションで知り合って、フライで意気投合して
はなしは変わりますが私の場合、仕事でインタビューする際、相手に対し、いつも気をつけていることがあります。それはまず相手がどんな偉く、有名な人でもリスペクトの気持ちを表現しつつも、極力リラックスした状態で接し、振るまうこと。そして、自分がどういう人間なのかをしっかり話すこと。インタビューといえど相手のことだけを聞くだけじゃ不公平。まず自分のことをちゃんと話してから相手のことを聞く。
それが常識だし、相手のこころを開き、本音を聞きだすにはこれしかない、とずっと思って実践してきました。
だからでしょうか、インタビューだけでなく、日常の仕事のなかで交わされる会話、とくにブランドのプレス担当者との会話に余談な話が多い私ではあります(笑)。
展示会や取材などで新作のことを一通り聞いたあとは、最近、どこどこの美術展はいいとか、○○○のコンサートは行かなきゃとか、四方山ばなしに花を咲かせるのがいつものお決まりのパターンでして。そんな話のなかで出てくる話題のひとつが、フライフィッシングにまつわる話なんですね。現在、オヤジのモテるテクニックを説く雑誌「レオン」に携わっている私のイメージ=ちょい不良? とかけ離れているせいなのか一概にみなさん「???」だったり、「モテるフライフィッシングの作り方、やってくださいよ」と突っ込まれたり(笑)。別にウケを狙っているワケではありませんが、結果的にウケをとったりはしています。
その後、話に熱をおび、じっさい一緒にフライに出かけたのは、ファッション関係のプレスの面々やカメラマン、某高級時計ブランドの外国スタッフの方などなど。で、皆いっしょに行けば分るんですね、”いっしょに川で釣り糸を垂れれば、もう友だち。そして私たちは皆、普通の人=釣り人同士”ということを……。
そんな”釣り仲間”のひとりがSOFH.NETプレスの勝又美孝さんです。8年前、SOFH.NETの服が好きな私は、よく服を見にプレスルームに遊びに行っていたんです。その時、親切に対応してくれたのがプレスの彼女。私が釣りに誘って以降、ずっとフライフィッシングを愛する立派なフライフィッシャー・ウーマンになったのでした。おもしろいことに釣りって、人がらがモロにでるもので、彼女の場合はかなりの勤勉タイプ(笑)。
ずっと粘っておなじ場所でロッドを振り続ける、あの根気&根性はきっと仕事にも役立っているにちがいない、とその熱心な後ろ姿を見ながら思う私です。
フライをしながら、きっと皆が思ってる
『森の生活』中で、H.D.ソローは150年前、自由に生きる為には簡素に暮らし、生活を小さくしなければ、と提案しました。
それは現在の「ロハス(Lifestyle of health and sustainabilityの略)=自分と社会に心地よい生き方」という言葉が、当時のソローの志した生活をあらわしているもの、といまでは言われています。
フライフィッシングをしながら、きっと私だけでなく、一緒に釣り糸を垂れる仲間は皆、思っているはずです、ソロー的生き方を。
よどみなく流れる清々とした川の流れ、目に眩しい緑の木々、川を横切る小鳥、美しい夕焼け、せつない薄暮の時間。都会に住むわれわれだからこそ、こうやって川面に繰り広げられる光景に心奪われている。なにが豊かなのか、なにが幸せなのか。
一瞬でも、自分の生活、そして自分の人生を振り返ることの大切さをフライフィッシングは私に教えてくれるのです。
きっと一生続けていくでしょう、フライフィッシングは。でも、それには、井出さんや勝又さんはじめ、”おなじ釜の飯を食った”仲間がいないと成立しないのです、私の場合。本当に釣りが好きな人はひとりでも行く、と言いますが、私には絶対に無理(笑)。
やっぱり釣果を語りあう友がほしいし、夕暮れ時の人里離れた山道をひとりで歩くほど度胸もない……(笑)。なんだ、自分は結局、釣果よりも、美しい自然よりも志をともにする友がいないとダメなんだ、と最近つくづく思うようになりました。自分の弱さを知ることも大事ですから……ね。
中国の古い諺に、こんなものがあります。
「一時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。」
「三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。」
「八日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。」
「永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。」
みなさんは、どうですか?
フライフィッシング、一緒にしてみませんか?