Life is Edit. #004 ~ロベルト・カルロッティとの忘れがたき日々~
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2015年3月4日

Life is Edit. #004 ~ロベルト・カルロッティとの忘れがたき日々~

ひとりのヒトとの出会いによって紡がれ、生まれる新しい”何か”。ひとつのモノによって惹きつけられ、生まれる新しい”何か”。編集者とは、まさにそんな”出会い”をつくるのが仕事。そして人生とは、まさに編集そのもの。
──編集者、島田 明が、出会ったヒトやモノ、コトの感動を紹介します。

文=島田 明

#004  ロベルト・カルロッティとの忘れがたき日々

E.C.W創業者のロベルト・カルロッティ氏は生前、こう言っていました。
「時計とは、時間とともにあなただけに語りかける魔法のオブジェのようなものである」と。
彼がこの世を去って3年が経ったいまも、彼から贈られた時計は私に語り続けます。

イタリアの父親、はじめての出会い

ロベルト・カルロッティ。フランク・ミュラーの才能をいち早く見抜き、世に送り出した重要人物にしてヨーロピアン・カンパニー・ウオッチ=E.C.W創業者。
べネチアに生まれ、洒脱なイタリアオヤジを体現、そして何より人を愛し、愛された人。そんな彼に出会ったのは、いまから8年前。
ジュネーブで開催されたフランク・ミュラー擁するウオッチランドでのWPHH、新作展示会場でのことでした。まず、目を惹いたの彼の洒脱な出立ち。シェイプの効いたダブルのブレザーに短めのグレイパンツ、そして素足にスリッポン、腕元には(いまとなっては普通ですが)ドでかいアズーロな文字盤の腕時計。そんな彼のとびきりの笑顔と大きく厚い手で握手された瞬間、私はいっぺんに彼のファンになっていました。

で、お約束の時計取材をひととおり終えたあと、まったく時計には関係のない話に移り…。じつは私、そういう脱線トークが得意(笑)。で、私は個人的な話、父の病気とか、仕事の悩みとかを相談していたんです、ごく自然に。
そう、なんだか血の繋がった父親と話しているような感覚になっていたんですね。彼も、私に呼応するように少年時代に両親が離婚した話とか、その時の寂しい思いとかを話してくれて……。

ロベルト・カルロッティ氏のトリビュートモデル。この時計をするたびに、彼が天国から見守ってくれているような気持ちになります。
時計って、そもそもそういうものだ、と再確認。

なんだかはじめて会ったのに心が通じあった気がして、ジーンときてしまいました。もちろん、その話は通訳なし。
だって大の大人が気恥ずかしいですからね、そのテの話は(笑)。それ以来、彼とは父子のような関係に。
そして会うたびに、彼は「Oh! マイ・サン!」とあの大きな手と太い腕で私を抱きしめてくれました。

小雪舞う、ミラノでの想い出

それから数年後、私はミラノで彼と再会しました。彼を起用したファッション撮影をするために、です。
スピガ通りに面した彼の事務所は、エレベーターなしの高い階にあるので、服を着替えるたびに、何度も階を行き来せねばなりませんでした。
その時、私は彼の身体を気遣って「大丈夫? もっとゆっくり行きましょうか?」と聞いたものの、彼は「心配しなくていいよ、アキ。俺はまだまだ若いんだから!」と日没間際で撮影時間がギリギリの私たちの状況を察して、逆にわれわれに気を遣ってくれたんです。
おかげで撮影は無事終了、カメラマンの畑口さんも、私も大変満足のいくものになりました。で、お気に入りは、彼が10年以上も愛用するお気に入りのコートの襟を立て、街を歩く写真。
「まるでロバート・デニーロみたいだね」。
そう言った僕の肩を、カルロッティさんはそっと抱いてくれました。
小雪がちらつく、寒いミラノでの懐かしい思い出です。


私の編集者歴のなかでもベストな写真といっても過言ではない、この作品が、全世界のE.C.W
カルロッティ氏の追悼ビジュアルに採用されたのもじつに嬉しかった。編集者冥利に尽きる仕事です。

突然の訃報、そして1本の時計が手元に

そして2004年、秋。E.C.Wの輸入元であるワールド通商から1本の電話がありました。
カルロッティさんが亡くなった、という知らせでした。私は絶句し、会社でひとり隠れて泣きました。
私のなかで、彼の存在は、かけがえのない父親以上のものだったのです。

それから半年後。私に1本の時計が届けられました。ロベルト・カルロッティ・トリビュートモデル。
彼の亡くなった年齢61歳に合せて作られた、世界で61本だけ生産された非売品モデルです。
彼の愛した人だけに贈られる、という身に余る名誉もさることながら、私を驚かせたのは裏に刻印された名前の下に位置することば~azzurro~でした。

イタリアの青を意味する、この言葉。じつは、あのミラノでの撮影の際、私自身が取材したなかの言葉
「私は青いタイしか着けない。薄い青でも濃い青でもいい。ただ、無地でなければならない。
レジメンタルはイギリス人のもの。花柄、プリントタイはフランス人のもの。でも私は、イタリア人だから」
から引用されていた言葉だったのです……。

ロベルト・カルロッティ氏と私、そしてこの1本の時計。
あの素敵な出会いと時間はずっと私の胸に残り、この時計は、私に語り続けます。

「時計とは、良い日であろうと悪い日であろうと、1日じゅう、あなたの腕についてまわり、
あなたとあなたの個性の一部になっていくものなのです」

今日もいい1日になりますように。
願をかけるように、私は毎朝1本の時計を腕にはめます。

           
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