戸田恵子|三谷幸喜による傑作一人芝居『なにわバタフライN.V』三度目の挑戦
戸田恵子|三谷幸喜による傑作一人芝居
浪花の喜劇女優、ミヤコ蝶々をモチーフにした舞台
『なにわバタフライN.V』三度目の挑戦(1)
今回の『なにわバタフライN.V』は、厳密にいえば2010年『なにわバタフライN.V』の再演という形になりますが、2004年の初演『なにわバタフライ』を入れると3度目の挑戦となりました。「上演」ではなく「挑戦」という言葉を使うのは、まさに毎回「挑戦」だからです。
Text by TODA Keiko
自宅で号泣、「やっぱり何度やっても私にはできないんだ!」
思えば、2004年の初演が終わった時は「もう二度とやりたくない!」と思うほど落ち込みました。自分の理想にははるかにほど遠く、力不足な自分、やってしまった自分を恥じ、また三谷幸喜さんに申し訳なく……。とにかく「ごめんなさい! これで終わりです!」と、なかば逃げ出したくなるような思いでした。ところが、落ち込むだけ落ち込んだらやはり悔しかったのか、ひと月もしないうちにリベンジしなければという気持ちになり、もう一度お願いしますと手を挙げたのでした。
少し時間が経ってしまってからの2度目の挑戦は2010年。ニューバージョンとなってリニューアルされ、いちから出直し状態。またまたあらたな挑戦となりました。しかし地獄の稽古を経て、あけた初日の夜はやはり悔しくて自宅で号泣しました。「やっぱり何度やっても私にはできないんだ!」と、悔し涙にまぶたを腫らし……当然このままでは終われない。もう一度挑戦しなければという思いを胸に、機会を待ちました。
そして迎えた今回の「挑戦」は、ある意味最後だと自分では決めて挑みました。毎ステージこんな怖い思いをすること、孤独との闘いに3度もトライした自分を誉めてあげよう。それで充分だと思っていました。
しかし、今度こそ完璧な体力づくり――本番に向けてではなく、稽古をタフに乗り切るための体力づくりをして臨むつもりだったのに、またもやぎりぎりまで忙しく、それができなかった。とても残念でしたが致し方ない。稽古しながら体力づくりも同時にしていかなければ。ということで、毎日開始2時間前には稽古場に入り、こつこつとストレッチ。
かろうじて事前に準備できていたのは腰痛対策。稽古開始前から慢性の腰痛をなんとかやっつけようと向き合えたことは良かった。疲れたり、湿気の多い日はとくに辛い腰痛。ちょうどその頃『石巻日日新聞』のドラマで久しぶりにお会いした長嶋一茂くんからお医者さんを紹介してもらい、まめに通とともに、ペインクリニックにも足を運びました。どのブロック注射が合うか、3度トライして最後の注射がヒット。注射は痛かったけど、おかげさまで腰痛に悩まされることはなく、本番を迎えることができました。ほんと、痛みが出ないだけで夢のよう(笑)!
体力づくりは万全とはいえなかったぶん、とにかく台詞をはやく覚えようと、自宅では前回の上演DVDをスピードラーニング方式(?)でずっと流しておいて、料理しているときも、洗濯をしているときも、台詞が聞こえてくるようにしていました。これが効果があったようで、予想していたよりもはやく2時間分の台詞が頭に入りました。一度覚えた台詞、本当にメモリーカードに入ればいいのにと毎回思います……。
2010.03.03「2月7日『なにわバタフライN.V』初日」記事はこちら→
2010.03.30「なにわバタフライN.V 地方公演」記事はこちら→
2010.04.23「『なにわバタフライN.V』そしてO.V(大阪ヴァージョン)」記事はこちら→
“苦し、楽し”三谷幸喜さんとの稽古の日々
今回の『なにわバタフライN.V』では、第2部の終戦の場面ではよろこびを側転で表現したい、と私から三谷さんに申し出てみました。「えっ……できるんですか?」「はい!」といって側転を披露。私、子どものころ体操部でしたからね。私の側転、美しかったと評判でしたのよ(笑)。
三谷さんからは即OKがいただけて、それはよかったのですが、はたして千秋楽までの全公演やれるのかしら? と少々不安もありました。そこでブラザーGO(植木 豪さん)に相談したところ、「まずゆっくり回転するようにして、稽古場で1日5回はやった方がいい」とのアドバイス。だんだん自信が湧いてきて、加速してできるようになりました。ツアー公演では拍手もいただきました!
全体の稽古期間、前半はひとりで自主稽古。後半に演出の三谷さんが入られて一緒に作ってゆく作業になりました。ひさしぶりの三谷さんとの稽古は、それはそれは楽しかった。もちろん楽しいなかの90パーセントは“苦し、楽し”なのですが(笑)。
「ここをこうしてみてください」「今度はこういう風に」などと三谷さんの要求に即興芝居のように応えてゆく。あまりに矢継ぎ早に要求があると、それに応えてゆくのもゲーム感覚みたい。変化してゆく芝居、進化してゆく芝居、少しずつではあるけど確実に手応えを感じるようになっていく――そんな風にして稽古は進んでいきました。
今回は東京からではなく、大阪公演からスタートしました。まずは恒例の、ミヤコ蝶々さんのお墓参りから。いつもより念入りにお参りしたせいか、やたら蚊に食われました(笑)。
100回ぐらい人前でやらないと、この境地にも至らなかったかも
大阪、東京、名古屋以外の都市は『なにわバタフライN.V』の上演自体がはじめて。仙台、札幌、水戸、金沢、高松、福岡の嘉穂劇場と、各地でそれはそれは温かく迎えていただけたこと、本当に感謝しております。芝居の前説からすでにお客さまの顔がキラキラとされていて、私を待っててくださったんだなぁとうれしくなりました。途中、マンボを踊るシーンで手拍子があったり、側転して拍手をいただいたり、東名阪とはまたちがった熱を感じておりました。また、私自身も各地のおいしいものを食べながら、ツアー公演を楽みました(笑)。
あいかわらず初日は怖い。いや、この芝居は初日だけでなく毎回怖い……心臓がマジでバクバクする。見えない山を登る感覚は3度目の挑戦にしてもやはりおなじだった。闇夜にひとり舟を漕ぎ出す感じ。出の前は度胸を決める瞬間。いつものお祈りをする。3人の人の名前を心の中で呟いて、お守りくださいとお祈りしている。ひとりは舞台の神様。あとは……ヒミツ(笑)。
そうして大きく深呼吸して上手袖から前説に向かう。舞台に顔を出した瞬間から「まったく怖くなんかないです!」という芝居からはじめることになる。その芝居は2時間つづくのだけど――。
三谷さんとの今回の合言葉は「するりと演じる」。この“するりと”はじつに難しいことだけど、一人芝居を演じるにあたり、初演からずっと目指してきたことです。今回の東京公演中に初演から100回という日があったのですが、まぁ長くやればいいってものでもないけど、100回ぐらい人前でやらないと、この境地には至らなかったのかもしれないってことです。
己に打ち勝つこと――メンタルのタフさが成功の秘訣
“するりと”――するりと見せるためには、終始タフでいなければいけない。もちろん体力はあった方が良いに決まっているけど、なんといってもメンタル面。ハッタリをかますことだ。余裕がなくても余裕があるように、それすらも芝居をすること。「2時間ひとりで楽々だなぁ!」と嘘をつく、上手に嘘をつくことだ。メンタルのタフさが“するりと”に繋がるんだと、今回はっきりと思った。己に打ち勝つことだ。
このメンタル面の強化は、意外なことに5年前から地味につづけている年2回のライブ活動が大きな力となっているようです。まったくちがう世界観ではあるけど、ライブという自分発信の場所をもてたことで、メンタル面が強化されたように思います。もっとも、一人芝居をやらなければこんなに強くなる必要もないのだけど(笑)。
とにかく3度も挑戦した自分を許すことからスタートしたことも良かったと思う。その思考は私を少しラクにさせて、もしかしたらはじまる前からすでになにかを乗り越えていたのかもしれない。
公演そのものは、舞台に出てしまえばアッという間で、あの2時間のあの集中力は私の一体どこに潜んでいるんだろう(笑)? なにか一瞬でも他事を考えたら、それこそ台詞はすべて飛んでしまうであろう。ひとりだから、とにかくずっとずっと集中!
目指すは1000回公演!?
総じて今回一番気を使ったのは、やはり体調管理です。
風邪をひいてはいけない、ケガをしてはいけない、倒れてはいけない――なんたって“ひとり”だからね(笑)。私生活においても緊張感がつづきました。あいかわらずの忙しさで、公演中にはレコーディングがあったり、移動もたくさんしながらホテルでの睡眠。うまくいったりいかなかったり……それはスタッフさんもおなじだったと思います。
過去の公演もすべて観てくださっているお客さまからは、おなじ作品の再演といえども、すごく進化しているとの評をいただくことができました。私のスタッフからも、まるでちがうとの言葉をもらいました。そうなんです、私のなかでもおなじなのにまるでちがっていたんです。もちろん、良い意味で。
やって良かった。やって良かった。やって良かった!
まだまだできていないこともあるけれど、やって良かった。過去の二回はなかったことにしてくださいと言いたいほど(笑)。でもその過去の上演がなければ、ここにもこられなかった。本当に深い。そして道は険しい。
今後また再演するかどうかはまだなにも決まっておりません。1000回を目指せとツアー千秋楽では垂れ幕が下がりましたが(笑)。海外公演とか、日本でもまだまわっていない地域での上演とか、そのつど、目標というかモチベーションがないと重い腰がなかなかあがりませんね。でも、3度のトライで見えたはじめての景色。ずっとつづけたらどんなだろう? と、興味がないわけではなかったり……ま、きっとなるようになるでしょう(笑)!
みなさま、応援とご観劇、本当にありがとうございました。