島田 明|Life is Edit. #026 杉本博司さんと過ごした丸亀の一日
島田 明|Life is Edit.
#026 杉本博司さんと過ごした丸亀の一日 (1)
ひとりのヒトとの出会いによって紡がれ、生まれるあたらしい“なにか”。
ひとつのモノによって惹きつけられ、生まれるあたらしい“なにか”。
編集者とは、まさにそんな“出会い”をつくるのが仕事。
そして人生とは、まさに編集そのもの。
──編集者、島田 明が、出会ったヒトやモノ、コトの感動を紹介します。
文=島田 明
時代の変わり目に、未来を啓示する救世主があらわれるように、わたしのなかでの変わり目にも、ヒントを与えてくれる救世主的なひとが必ずといっていいほどあらわれます。そのひとりがアーティスト、杉本博司さんです。
今回は、杉本博司さんに会いに現在、香川県丸亀市で開催中の杉本さんの個展「杉本博司 アートの起源」に行ったときのお話を。
~「自分が欲しいものしか、つくってこなかった」
昨年の11月19日、わたしは『UOMO』2月号のエルメス別冊の取材のため、香川県丸亀市に出向きました。ギャラリー小柳の橋口さんから、20日のオープニングレセプション前であれば杉本さんも時間がとれ、しかも夜に食事も一緒にできる、という願ってもない申し出があり、馳せ参じた次第。杉本さんとゆっくりお食事を一緒にするのは、7年ほど前、雑誌『GENTRY』誌上で杉本さんと市川海老蔵氏の醍醐寺での対談後、千宗屋さんとご一緒した京都の会食以来です。
つつがなくインタビューは終了し、その後、杉本さんとともにまだ準備中の展示会場内へ。杉本さんの作品『エレクトリックフィールド』から引用された、雷を人工的に起こす作品を前に、杉本さん自らが実演して見せてくれたり、杉本さん直筆の団扇の配置を指示する現場を拝見できたり、美しく計算されたポラロイドの波を一緒に眺めたりと、アート好き、杉本ファンに羨まれそうな貴重な時間を過ごさせていただきました。
わたしの好きな“海景シリーズ”に連動する、ポラロイドの50の波に圧倒されたのと同時に、やはり「欲しい!」と思ったわたしは、自分が購入するならどれを買うか、と真剣にひとつずつ、丹念に見はじめたところを、杉本さんが、ぼくの気持ちを察知したのか「島田君、このポラロイド作品中で好きなもの、あとで教えてね」と聞かれました。
そう聞かれて、不遜にも、わたしは杉本さんに返しました。
「杉本さんは、どれが一番好きですか?」
すると杉本さん曰く
「ぼく? 全部だよ。だって、ぼくは自分が欲しいと思う作品しかつくってこなかったからね」。
この発言に、なるほど、とポン! と膝を叩きたい気持ちになりました。杉本さんのストイックな作家活動は、こういう自分が見たい、そして欲しくなる、というシンプルな衝動から来ているのだな、と。そして、それはすべてのモノづくりに共通することだな、と。
編集者として23年。わたしのつくるページは、すべて自分が欲しい、自分がこうしたい、といった衝動から来たものだったかどうか、を我に返って、自問自答してしまいました。
モノが溢れ、情報が溢れる現在だからこそ、自分が欲しい、というシンプルな初期衝動こそ大事。杉本さんとのなにげない会話で気づかされました。
杉本さんの凄さは作品もそうですが、それ以上にことばの凄さにある、わたしは会うごとに、それを杉本さんに感じています。
島田 明|Life is Edit.
#026 杉本博司さんと過ごした丸亀の一日 (2)
~ここでしか見られない杉本作品×丸亀シャッターストリート
会場のセッティングもひと段落し、杉本さんや小柳さんをふくめた一行とともに、わたしは市内の名物鳥屋さんに向かいました。いつも会話のなかに落語的な落ちをつくり、冗談を交える杉本さんでしたが、この日の夜は、いつにも増してウィットが効いた話で大いに盛り上がりました。
(後日談ですが、小柳さんに「いつか杉本さんは落語とかやられたらどうですか? わたしは聴いてみたいです、杉本落語」とうかがってみたら、小柳さん曰く「おもしろいし、できると思うけど、杉本は完璧主義だから、どうかなあ」との回答。個人的には、ぜひ杉本流創作落語をやっていただきたいです!)
そのなかで、一番興味深かったのが、丸亀市の商店街の多くの壁に貼られた杉本作品展のポスターの話でした。その有り様がじつにユニークだと杉本さん、小柳さんが口を揃えておっしゃる。ならば、とホテルへの帰り道、シャッターが閉まった商店街をとおって皆で確認しに行くと……。
寂(さび)れたシャッターの上に無造作にガムテープで貼られたもの、ごみ置き場に貼られたもの、英会話学校の広告の隣に貼られたもの、とユニークを超えて、ちょっとビックリ(笑)。
で、肝心の杉本さん曰く「いやー、これがおもしろいんだよね!」と怒るどころか、ケラケラ笑っていらっしゃる。小柳さんにうかがうと、あまりにもおもしろいので、杉本さんは早朝からゴミ山の奥や、自転車置き場に貼られた自身の作品ポスターを撮影しに行っているという……なんという余裕、なんという遊び心。
少年のような目をして、そのポスターの前に立つ杉本さんを見ていて、わたしの目指すべき大人の余裕ある姿を学んだのでした。
島田 明|Life is Edit.
#026 杉本博司さんと過ごした丸亀の一日 (3)
~自分にとって、またあらたな旅のはじまり
今回の旅は、杉本さんに直接報告したい、もうひとつの目的がありました。
それは、わたしが今年の1月1日より幻冬舎の雑誌『ゲーテ』にファッションディレクターとして移籍することへの報告の旅でもあったのです。
杉本さんは「またなにかおもしろいことをしよう」と言ってくれました。
わたしも、杉本さんの作品づくりには到底足もとにもおよびませんが、自分が納得する、欲しいと思う衝動を大事に雑誌づくりにかかわっていくこと、そして杉本さんのような、すばらしい才能ある人びととの出会いに感化され自分を磨けていけたら──そう思っています。
あたらしい旅出はいつもワクワクするものです。このワクワクした気持ちを胸に編集者としてより頑張っていきたい。
本当に編集者っていい仕事だな、そうあらためて感じた杉本博司さんとの貴重な時間でした。
「杉本博司 アートの起源」
アート界では稀に見る、一年を通じておなじ作家、杉本博司氏だけを扱う貴重な作品展です。全体は四季を通じて以下のように四部構成となっています。
1.現在~2011年2月20日(85日間) 「科学」
2.2011年3月6日~5月15日(71日間) 「建築」
3.2011年5月29日~8月21日(85日間) 「歴史」
4.2011年8月28日~11月6日(71日間) 「宗教」
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
香川県丸亀市浜町80-1
Tel. 0877-24-7755
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