more trees|美酒と美食と美談──more trees night vol.4 開催レポート
Lounge
2015年4月23日

more trees|美酒と美食と美談──more trees night vol.4 開催レポート

more trees|美酒と美食と美談──都会で楽しむ森の宴

more trees night vol.4 開催レポート(1)

TOUCH WOOD、開発ドキュメンタリー

開発者とは罪な存在だ。モノづくりにおける“もっとも熱い人物”であるのに、表舞台になかなかあらわれてくれない。つねに「裏方」である。企業の広告や営業活動は、そうした“熱”を多くのひとに伝えるべき役割も担っているが、現在は「売る」が先行して「こだわり」は見えてこない。開発者の“熱”が人びとに届きにくい時代。だからこそ「TOUCH WOOD SH-08C」は目を引くのだろう。NTT DOCOMO(以下ドコモ)が11月に発表したこの木製ケータイからは、ダイレクトに開発者の“熱”が伝わってくるかのようだ。今回、TOUCH WOOD SH-08C の開発者が勢揃いしたmore trees night Vol.4。この日繰り広げられたトークは、掛け値なしの開発ドキュメンタリーだった。

Text by OPENERS

木でケータイを作りたい

2008年夏、NTT ドコモの岡野 令氏は悩んでいたと言う。マーケットの大多数のニーズを平均化した「最大公約数的な」ものづくりから脱却し、細分化したニーズに対応するための企画として数々のファッションブランドや著名デザイナーとのコラボレーションケータイを実現させ、大きな話題づくりに成功してきた同氏は、つぎのケータイを大量生産ではない天然素材、なかでも「木で作る」ことに着目していた。つねに手の中にあるケータイだからこそ、日本人にとってなじみ深い素材を使用したい。しかし、道筋が見えない。

more trees|美酒と美食と美談──more trees night vol.4 開催レポート

「ケータイづくりに木材を使うことは簡単そうに見えますが、じつはこれほど困難なことはない。耐久性や防菌、防腐はもとより、形状のコントロールができない。削ればさまざまなカタチを作れますが、これでは強度が保てないし、ひとつ作るのに莫大なコストと期間が必要になる。温度や湿度で変化する大きさも、精密機械にはまったく向かない。厚い壁が立ちはだかっていた」

そんなとき、岡野氏はある人物をとおしてmore treesのことを知る。「事務局長の水谷 伸吉さんと出会ったのは2008年8月くらい。彼をとおして日本の森林の現状を知り、国産の間伐材を経済に流通させることの必然性を強く認識しました。間伐材を使ってケータイを作ることが、消費者に対しても企業に対しても大きなメッセージになると考え、困難に立ち向かう覚悟をきめてプロジェクトを発足させたのです」。そして、オリンパスが特殊な木材加工技術をもっていることを探し当てる。

木材加工の可能性に出会う

同時期、オリンパスの鈴木 達哉氏は、自身が長年取り組んできた木材加工の技術をカタチにするために奔走していたと語る。

「ずいぶん前から、数年すれば陳腐化してしまう商品に疑問を感じ、愛着をもって長く利用できる商品を開発したいという思いがありました。そこで、使い込めばどんどん味が出てくる木材に着目したのです。本格的な研究をスタートさせたのは2003年のことでした」。

当初の開発は難航、苦闘の連続だったと言う。「あらゆる方法を試したがどれもダメ。これほど難しい素材に出会ったのははじめてでした。最後にたどり着いたのが三次元圧縮成形加工だったのです」。

木材は、プラスチックや鉄のように、伸ばしたり曲げたりすることができない。理想の形状にするには削るしかない。しかし、削れば薄くなり、工業製品として必要な強度を保てなくなる。そこで鈴木氏は、木材圧縮技術に着目した。木材の質量を変えずにギュッと圧縮して薄くする方法で、強度が格段に強くなる。この技術を応用して、鈴木氏は三次元圧縮成形加工を生み出した。あらかじめ作りたいカタチを金型にし、その金型を利用して木材を圧縮成形するのである。

「三次元圧縮成形加工を活用して作ったデジタルカメラの試作品は、2006年にドイツで2年に1度開催されるカメラショー『フォトキナ』で発表し高い評価をいただきました。2008年には日本でも賞をいただき、会社からは『まず社内の製品から』と言われていたが、なんとかこれを世の中のさまざまな製品に利用し活かしていきたいと思っていたときに、岡野さんと水谷さんがやってきて、木でケータイを作りたい、協力していただきたいと相談を受けた。ずいぶん若いひとが、絶妙のタイミングでやってきたなと思いましたね」

more trees|美酒と美食と美談──都会で楽しむ森の宴

more trees night vol.4 開催レポート(2)

TOUCH WOOD、開発ドキュメンタリー

木製ケータイづくりの最後のピース

岡野氏は鈴木氏の技術を見て確信したと言う。直感的に、「いける!と思いました。それほどすばらしかった」。more treesの水谷氏もその意見に同意する。「more treesは木工の里として知られる、岐阜県飛騨高山の企業と付き合いがあります。そこでは、木材の圧縮加工技術が家具づくりなどに活かされています。圧縮成形の可能性を肌で感じていた矢先でした」

とくにオリンパスの技術は、耐久性・耐水性・防菌性・防腐性を実現するだけでなく、微細なコントロールを必要とする精密機械に向いていて、ケータイにぴったりだった。木材は「more treesの森」から間伐材を供給するのがいい、ドコモは試作品の企画に動き出した、さらに木材加工の技術もある。足りないピースはあとひとつ。ケータイそのもの作ってくれるメーカーの存在だ。2009年、あらたな年がスタートして間もないころ、ある企業が名乗りを上げた。携帯電話メーカーの王者、シャープである。

木製ケータイづくりプロジェクトの立ち上げと製品化

「最初、この話を聞いたときは無理だと思った。できるわけがない、と。木材を使う難しさは私たちも知っている。木材はどんなに乾燥しても水分や油分がふくまれているため、精密機械と組み合わせるのが難しいのです。乾燥させすぎれば、木は割れてしまいますし」

more trees|美酒と美食と美談──more trees night vol.4 開催レポート

木戸 貴之氏は当時を振り返ってそう語った。シャープの商品企画部長を務める同氏は、10年以上にわたりドコモ向けの製品開発を一手に引き受けている人物だ。木戸氏はつづけてこう語る。「それでも、オリンパスの技術を見て、確かにすばらしいと感じた。これなら可能性はあるかもしれないと。ただ、製品にするのは無理だと思っていました。検証も大変、量産も大変、しかもケータイの筐体そのものに木を使うことは過去に例がない。プロトタイプを作っておしまい。というか、そこまでにしたい、というのが正直な思いでした(笑)」。

しかし木戸氏も開発者、わずかな可能性をカタチにすることに情熱を感じたと言う。こうして、木製ケータイのプロトタイプづくりがスタートした。それから約10ヵ月後の2009年10月。CEATEC JAPAN 2009のドコモブースに国産間伐材を使用した携帯電話「TOUCH WOOD」が展示され、大きな反響を得る。これをきっかけにドコモはTOUCH WOODの製品化を決定した。

TOUCH WOOD SH-08C発表

2010年11月8日。NTTドコモの2010—2011年冬春新製品発表会において、TOUCH WOOD SH-08Cが正式に発表された。多くのメディアに取り上げられ、ネットでも話題騒然となった。OPENERSでも記事として取り上げている。
そして今回、11月29日のmore trees nightにおいて、開発者が勢揃いすることになったのである。

じつはこの夜には、ビックサプライズがあった。木戸氏が、広島工場からできたばかりのTOUCH WOOD SH-08Cの実機を持ってきてくれたのだ。木戸氏は実機を手に、感慨深そうにこう語ってくれた。「15000台限定で作る製品を、完全に0から作ったというのは異例中の異例。普通は、この手の台数限定の場合、既存の機種をベースにしてつくるものですが、これは完全オリジナル。全部このためだけに設計してあります」。

いい製品には良いストーリーがある。TOUCH WOOD SH-08Cが、日本のモノづくりの技術と“熱”が惜しげもなくつぎ込まれた逸品であることはまちがいない。しかし、開発者たちはまだ気を緩めてはいない。発売されるまでの道のりが、途方もなく大変であることを理解しているからだ。まだまだつづく、いばらの道。トークをとおしてその緊張感は十二分に伝わってきた。もちろん、来場者たちがこの日、TOUCH WOOD SH-08Cに触れ、操作し、木の香りを堪能したことは言うまでもない。
TOUCH WOOD SH-08Cの発売予定は2011年2~3月。詳しい発売日は未発表だが、これほど発売が望まれる携帯電話は久しくなかったように思う。

more trees nightで垣間見ることのできた開発者たちの“熱”は、今後さらに多くのひとたちに伝わっていくにちがいない。

           
Photo Gallery