【連載】柴内晶子の「記憶の色」|海のこと
LOUNGE|【連載】柴内晶子の「記憶の色」
まだ伴侶動物という考え方が日本で一般的に使われるようになる以前より、人生を彩り豊かにしてくれる存在として動物たちと接してきた筆者。赤坂動物病院の院長として、1人の人間として、幼少から今に至る優しい色彩のエッセイです。
Text & Photograph by SHIBANAI AKiko
記憶と生き物が住む場所
わたしは海が好きだ。山も好きだが、特にこの20年で、海がすごく好きなんだということに気づいた。その根幹にあるのは、幼い頃に母が私を連れて通った真鶴の海の潮だまり体験にあると思う。潮だまりに取り残された黒白の縦縞柄のとても小さなハゼのような魚には黄色/オレンジミックス色の鰭があり、とても綺麗だった。母が持参したローストチキンのかけらを少しばかり潮だまりに入れると数匹が奪い合うように食べた。近くにはヤドカリもいて上手に両ハサミを使って口に運んだ。クリアな海水のタイドプールの小さな小さな世界の中での敏捷な魚の動き、その透き通る明るい色の鰭が本当に魅力的だった。磯の生き物の虜になって我を忘れて見入ってしまい、しばしば肩から背中にひどい日焼けをしたものだ。
家族では真鶴の他に千葉の平砂浦に通っていた。車で移動し、フラワーラインを通って平砂浦グランドホテル(数年前に閉鎖したと聞いた)というところに両親と1泊くらいの小さな旅行をしていた。目の前に海が広がる素晴らしいホテルだったが、外海ということもあって泳ぐ事はできなかった。かわりに、時折飛んでくる松虫と一緒に屋外プールを楽しんだ。のんびりとした時代だった。
それからしばらく忙しく仕事もしていたので海に通うことはそれほど出来なかったが、合間を縫っては美しい海を求めて、1人でフィジーやハワイにもにいった。近年に至り、息子を持ってから(多分)あらためて一番綺麗な海は日本にあることに気づいた。
沖縄の海の体験は当時4歳の息子と共に行った渡嘉敷島が最初だった。慶良間諸島の信じられない美しさ。渡嘉敷湾は凪いでいて、ゆったりとした暖かい揺りかごのような機嫌の良さで私たちを迎えてくれた。海中に顔を初めてつけたときの息子の驚きの反応を今も忘れない。彼は水の中で明らかに叫んでいた。天然の水族館を自由自在に泳ぐ魚たち。しかもその日はふだん湾に入ってこない大きな肉食魚であるロウニンアジ(GT)の悠々と泳ぐ姿を目にする機会に恵まれた。ガイドをしてくれたお姉さんが湾に入ってくることはとても珍しい!と盛んに感動していた。息子はかなりの衝撃を受け、以来すっかりGTの虜になり、今ではGTを釣ることを熱心に目指している。
それからは沖縄本島もはじまり、石垣島、宮古島、などにも訪れたが、定期的に行きたくなるのが「西表島」。日本土着の2種類の猫のうちの1つイリオモテヤマネコが生息する、2021年7月に世界自然遺産になった島だ。猫にはそう簡単に会えるとは思っていないが、山があり、川があり、その島の殆どがジャングルに覆われている島の魅力にどうしても吸い寄せられる。そしてその海の美しさも語るだけではどうしても足りない。体感しなくてはいられない気持ちになる。
父は40年以上前すでに西表島に訪れていて、お土産に星の砂を小さなビニールにいれて持ち帰り私にくれた。有孔虫の死骸が星形になり砂浜に沢山あったのだ。いったいどれくらいの長い年月がその浜を作っているのか、現代の私たちには想像すらできない。大切な自然の造形の1つだ。
西表島は子ども時代の私にはすごく遠い場所に感じていた。仕事に就いてからは長期でどこかに行くことはきっと難しいから、そんなに遠い島には一生行けないだろうと勝手に思い込んでいた。今となっては(頻繁に行けるわけではないものの)、時間を見つけては船に乗り、愛する海の生物に会い、息子と釣りをする。
島で知り合ったガイドさんにはいつもお世話になっている。常連宿に泊まり、自然を壊さない細心の注意を払いながら「お邪魔します」の気持ちで船にのり、海に入って心から感動して日常に戻る。私たちが日常で生きるために起きている環境への問題と地球が想起している悠久の時間の中で起きている流れが大きくずれてはいけない、と実感する時間だ。
2014年の西表島の海の中は美しい珊瑚と色とりどりの魚、シマシマのウミヘビが泳ぐ素晴らしい楽園だった。翌2015年は台風が八重山のあたりを通らず、水温が上がったことで同じ場所でも珊瑚が白化していた。その後少しずつ人々の努力もあり珊瑚の再生は進んでいるようだが、もしかしたらそこに行く事も地球環境を考えるといけないことなのかもしれない。
とてもとても好きな海の写真を載せた。
柴内晶子(しばない・あきこ)
赤坂動物病院院長。日本大学農獣医学部卒業後、日本獣医畜産大学臨床病理学研究室などを経て、2016年に同院院長に就任。父、母に続く3代目院長として、伴侶動物医療と「人と動物の絆(Human Animal Bond)」を軸にした診療を推進している。内科全般、一般外科、再生医療を専門とし、農林水産省獣医事審議会元委員、日本大学生物資源科学部獣医学科非常勤講師なども歴任。高齢者と動物の共生支援やアニマルセラピー活動など、獣医療を通じた社会貢献にも力を注ぎ、「人と動物が幸せに暮らせる社会づくり」を生涯のテーマに掲げている。
赤坂動物病院院長。日本大学農獣医学部卒業後、日本獣医畜産大学臨床病理学研究室などを経て、2016年に同院院長に就任。父、母に続く3代目院長として、伴侶動物医療と「人と動物の絆(Human Animal Bond)」を軸にした診療を推進している。内科全般、一般外科、再生医療を専門とし、農林水産省獣医事審議会元委員、日本大学生物資源科学部獣医学科非常勤講師なども歴任。高齢者と動物の共生支援やアニマルセラピー活動など、獣医療を通じた社会貢献にも力を注ぎ、「人と動物が幸せに暮らせる社会づくり」を生涯のテーマに掲げている。