【連載】柴内晶子の「記憶の色」|水色のクリームソーダ
LOUNGE|【連載】柴内晶子の「記憶の色」
まだ伴侶動物という考え方が日本で一般的に使われるようになる以前より、人生を彩り豊かにしてくれる存在として動物たちと接してきた筆者。赤坂動物病院の院長として、1人の人間として、幼少から今に至る優しい色彩のエッセイです。
Text & Photograph by SHIBANAI AKiko
「わたしの?」
6歳か7歳くらいの頃のことだったと思う。デパート(伊勢丹だったかな?)の地下で母と食事をしたあと、クリームソーダを頼んだ。当時は同じ家族や友人でなくてもランチタイムなどの混雑時間では相席が多く、4人席の前二人はこちらと同じような母娘連れだった。娘さんは4歳くらいだったろうか。私の手元に緑色鮮やかなクリームソーダが運ばれてくると、その子は「わたしの?」とそのお母さんに目配せをした。そのお母さんは違うわよと小さな声で言った。うちの母は「ごめんなさいね。そうよね、食べたくなっちゃうわよね」とその少女に言った。
私より幼いその子の目を気にしながら、分けてあげるのも難しい飲み物をすこし気まずい気持ちになりながらも、堪能したのをよく覚えている。口の中を細かい泡が通り抜け、バニラアイスがまろやかに溶けていく。下層に濃く溜まったメロンシロップの特別重い甘味を楽しんだ。
クリームソーダは日本のロマンと文化のひとつだと思う。アメリカで発した飲み物だが、日本では1902年に銀座資生堂薬局の中のソーダファウンテンコーナーで売られたのが始まりと言われている。つい最近も資生堂パーラー本店の奥でソーダファウンテンの機械を見た覚えがある。資生堂さんはまたあの場所で売ってくれないかなといつも思っている。いまもパーラーでは色々な色のクリームソーダがあるようだが、目の前でソーダをついでくれてアイスクリームを載せてくれたらとても楽しそうだ。
先日、友人が旅から帰ってくるのを待っている夢を見た。私はラウンジのような明るく広い場所でクリームソーダを注文する。すると待ち時間の間に青い猫がどこからともなく寄ってくる。猫が青くても不思議に感じない。すると次は茶色の猫、長毛のキジトラ、極めつけの赤虎ボス猫、と、どんどんどんどん猫が集まってくる。クリームソーダは猫の大好物だから無理もない、と現実世界では思いもしない事を考えながら猫を見ていた。
やがて猫たちは扇形になって浮かび始めた。天井の高く白い空間の斜めに立てられた銀色の柱の上の方まできらきらしながら昇っていく。猫たちをまぶしく見送ると、クリームソーダが運ばれてくる。その色はなんともきれいな薄水色で、陽光に反射する先の色は緑色なのだが、グラスの中の液体はフロストブルーの水平線のような、明け方から昼間に向かう空のようなすがすがしさだ。私は猫の輪を忘れてその液体に見入っていた。飲もうとすると目覚めて、ぼーっとした頭で今見た夢を反芻する。
ふと、以前に見た切ないドラマの中で、クリームソーダが出てきたことを思い出した。その色がまさに薄水色だった。ヒロインが空港のラウンジで息子を待つ間に飲んでいる飲み物がそれなのだが、ドラマの流れからまさかクリームソーダだとは想定外で、ずいぶん印象深かった。しかもその色が本当に綺麗で、切なさと甘さの織りなすその物語に際立つ色として添えるのにすごくいい、と感じたのを思い出した。

柴内晶子(しばない・あきこ)
赤坂動物病院院長。日本大学農獣医学部卒業後、日本獣医畜産大学臨床病理学研究室などを経て、2016年に同院院長に就任。父、母に続く3代目院長として、伴侶動物医療と「人と動物の絆(Human Animal Bond)」を軸にした診療を推進している。内科全般、一般外科、再生医療を専門とし、農林水産省獣医事審議会元委員、日本大学生物資源科学部獣医学科非常勤講師なども歴任。高齢者と動物の共生支援やアニマルセラピー活動など、獣医療を通じた社会貢献にも力を注ぎ、「人と動物が幸せに暮らせる社会づくり」を生涯のテーマに掲げている。
赤坂動物病院院長。日本大学農獣医学部卒業後、日本獣医畜産大学臨床病理学研究室などを経て、2016年に同院院長に就任。父、母に続く3代目院長として、伴侶動物医療と「人と動物の絆(Human Animal Bond)」を軸にした診療を推進している。内科全般、一般外科、再生医療を専門とし、農林水産省獣医事審議会元委員、日本大学生物資源科学部獣医学科非常勤講師なども歴任。高齢者と動物の共生支援やアニマルセラピー活動など、獣医療を通じた社会貢献にも力を注ぎ、「人と動物が幸せに暮らせる社会づくり」を生涯のテーマに掲げている。