第13回 夏へ向けて衣替えの季節 および、キモノ一問一答
第13回 夏へ向けて衣替えの季節
男のキモノ、その形拵え(なりごしらえ)の「基本のキ」を、イラストレーターの穂積和夫さんが解説します。 第13回は、衣替えのはなし。そして今回は特別に、これまでに寄せられたキモノに関する質問にお答えいただきます。
文とイラストレーション=穂積和夫Photo by Jamandfix
単衣の季節
六月、いよいよ夏のシーズンがやって来た。六月は衣替え(ころもがえ)の季節、キモノはいっせいに九月いっぱいまで夏物を着ることになる。
秋冬春と袷(あわせ)つまり裏地のついたキモノで過ごしてきたが、六月一日からは単衣(ひとえ)つまり裏地のつかないキモノを着るのが、むかしからの日本の習慣だ。
とはいっても、最近は地球温暖化のせいか五月も半ばを過ぎると、気温が30度くらいに上がるような夏日が多くなったりするから、一概に習慣を守ってばかりもいられない。早めに夏物を着てもあまりとやかくいわれなくなった。
また梅雨どきになると湿気っぽくてうすら寒い日などもあるが、こちらのほうは、いちど衣替えをしてしまったら、またまた袷を引っ張り出してというわけにも行かないから、それなりに重ね着をするなどして工夫するしかない。
七月、八月になるとキモノも盛夏用になって、麻(上布や縮みなど)、薄手の紬、紗といった素材が出番となる(男はあまり絽は着ないようだ)。これも暑ければ六月から着たっていっこうに構わない。木綿の代表、浴衣などは春から秋まで、お祭りには付きものだから、このシーズンいちばん活躍する時季だ。
冬に着た袷のたぐいは、衣替えの際によく点検して、クリーニングやメンテナンスの必要に応じてキチンと畳んで収納しておこう。
質問にお答します
この連載をお読みの方から、いくつかご質問をいただいているので、今までに書き残したことも含めて、まとめてお答しておこう。
質問 男の着付け教室というのがあるそうですが、キモノ入門としてそういうところへ行ったほうがいいでしょうか?
回答 わたしはそういうところへ行かずに自己流でいきなり着てしまったので、何をどの程度教えてくれるのかわかりませんが、行ったら行ったなりに知識として覚えることもたくさんあると思います。
女性のキモノはなかなか自分で美しく着付けるのは難しそうなので、初心者は着付け教室に通われるケースが多いようです。男の場合はそれほど難しくないので、自己流でも結構だと思います。
あまりにもキモノに対する知識がない場合のことを想定して、この連載も続けているつもりです。
質問 このキモノは値段は高いけれど、こういう場合には着てはいけないとか、いろいろ難しい約束事があるみたいですが…。
回答 いわゆるキモノの「格」の問題ですね。
洋服でもフォーマルとカジュアルがあるように、キモノにも格付けのランキングがあるようです。わたしもあらゆる素材や生地に精通しているわけではないのですが、おおざっぱに言えばキモノの生地には「染め」と「織り」があって、一般に染めのほうが織りより格が上とされているようです。
染めは白羽二重や白縮緬などを先に生地に織ってから染めるもので、礼服の黒紋付きとか、江戸小紋などが代表です。男のキモノ地はそれ以外は織りが大部分だと思います。織りは糸の段階で染めてから織られる生地です。絣などはこの方式で作られます。
織りのキモノの中では「お召し」がいちばん格が上とされています。
一般に紬はどんなに高級品でも、キモノの格としては普段着の部類に入ります。礼装用の黒羽二重などは化繊などの安いものもあります。大島紬などは先染めですから、値段は高くてもフォーマルな場に着て行くキモノではありません。まあ、家にいるときのくつろぎ着とか散歩用と考えて下さい。
あたしは最近はお座敷に行くときでも、大島などを着て行ったりします。「お馴染みさんがお家でくつろいでいらっしゃるような気分で来ていただくと嬉しいです」などと、ベテランのお姐さんはさすがに受け答えにもソツがありません。このへんの呼吸お判りいただけますか?
質問 羽織紐で、先に房のついていない「一文字」というのがあるそうですが、出入りの呉服屋さんでは知らない、扱っていない、などといわれます。どこへ行ったら手に入りますか?
回答 呉服屋さんにも付属品はあれこれ置いてありますが、凝ったものはやはり専門店へ行かれるほうがいいと思います。羽織紐は和装小物店、できれば組紐や編み紐の専門店をお薦めします。女性用の帯締め、組紐、羽織紐などを扱っています。
羽織紐の輪もS環使用の短いものしか置いていない店が多いのですが、こうした場合も専門店で探すと良いと思います。和装用の懐中時計の紐とか、携帯ストラップなども売っています。
質問 「長着」って何ですか?
回答 普通のキモノのことをいいます。羽織に対する長着という意味だと思います。
質問 アンティークのキモノを買ってきましたが、丈が短くて困っています。
回答 アンティークのキモノや知り合いから頂いたキモノはなかなか自分の寸法に合わないことが多いですね。昔の人は現代人に較べて小さい人が多かったようです。でも、キモノというのはよく出来ているもので、多少の直しなら可能です。
女性のキモノは全体に丈が長く出来ていますが、これは昔は家の中では裾を引きずって着ていたからです(武家や大きな商家のお内儀など)。
現在は「おはしょり」といってシゴキ紐で腰をしばって裾丈を決めてから帯を結びます。男のキモノは「対丈(ついたけ)」ですから初めから丈の長さを自分の身長に合わせて仕立てます。
しかし、キモノには「内あげ」といって腰のあたりで余裕をとっている部分があるのです。この内あげをほどいてしまえば、内あげの分だけは長くすることが可能です。
この内あげは横水平に切り替えの線になっていますが、この線は帯に隠れるような位置にとります。帯の上や下に線が見えてはみっともないのです。
こういう直しはご近所に和裁をやっているおばさんなんかで気軽に直してくれるような人がいれば有難いものです。
わたしはアンティークの女もののキモノを、男ものに仕立て直してもらったことがありますが、内あげ線が帯の上に見える位置なのでシマッタと思っています。でも、あんまり気にせずに着ております。
若いお母さんが子供の浴衣を買って来たら丈が長すぎて、思案の揚げ句、裾を内側に折り返して縫いつけた、なんて話もあります。子供のキモノは年齢より大きく仕立てて、腰あげや肩あげで成長に従って調節します。
京都の舞妓さんは体は大きくても子供っぽい可愛らしさを演出するために、肩あげと振袖にも上げを取っています。
袖裄(そでゆき)が短い場合は、肩の縫い目に多少の余裕がありますから、それを目一杯に出して仕立て直します。それでも短すぎる場合は衿のあたりから布を取って袖つけに足し前します。ちょっと見にはわからないものです。こういう大がかりな直しは、やはり専門の仕立屋さんに頼むほかありません。
この袖つけに足し前をするのに、別布を使うというやり方もあります。コーディネートさえうまく行けば、かえって個性的なキモノに生まれ変わるはずです。
質問 キモノの下にワイシャツなどを着てはいけませんか?
回答 結構ですよ。石津謙介という先生はウイングカラーのシャツの上にキモノを着たりしておられました。
若い人でしたら、カラーレスのスタンドカラーのシャツがお薦めです。黒沢映画の「姿三四郎」のように、明治の書生(学生)さんといえばみんなこのスタイルです。長襦袢は省略しても結構です。
薩摩絣とか久留米絣(今はなかなか高価です)にこのシャツと袴を合わせると、ピッタリです。ぜったいモテること請け合いです。袴については、いずれこのサイトに書きます。
質問 羽織を畳んで仕舞う時には、羽織紐は毎回取り外すのですか?
回答 羽織紐を何本か持っていて、羽織を着る際に組み合わせる、という場合には着たり脱いだりする度にいちいち付け替えることになります。付け替えが簡単なので、S環使用の場合はこのやり方で結構です。
わたしはS環を使わず、付け替えが面倒なので、だいたいつけっ放しにしています。羽織の数だけ羽織紐が必要です。たたむ際によじれたりしないように、羽織紐は衿に沿わせてまっすぐ「上の方へ」始末して置きます。
房はグシャグシャにクセがついてしまうと見苦しいので、湯気などを当てて歯ブラシで糸を整え、プラスチックの房カバーで保護して置きましょう。
質問 夏の暑い時でも、正式には長襦袢を着なくてはいけませんか?
回答 浴衣以外はやはり必要です。浴衣でも色や柄によっては着る場合もあります。
ただし夏は「夏襦袢」を着ます。薄手の木綿や麻素材の涼しげなものですが、やっぱり重ねて着るので暑いのはやむを得ません。
そこで「半襦袢」が重宝します。丈が半コートのように短いものです。下はステテコ一枚で結構です。本来は半襦袢の場合は、男も裾よけ(要するに腰巻きです)をつけるものらしいのですが、それでは半襦袢を着る意味が薄れるようです。
半襦袢にも「半襟」は必要です。洗濯のときは手縫いで着脱します。
夏襦袢の半襟は夏らしく絽などの見た目に涼しい素材が好まれます。
キモノは袖口が大きく開いているので、ここから風がはいって夏は快適です。でも、襦袢に夏羽織までキチンと着るとなると(羽織紐なども夏用は透かし編みだったりします)、見た目には涼しそうでも、けっこう暑いものです。それを覚悟で着るのが伊達(だて)というものです。