第8回 羽織の周辺
第8回 羽織の周辺
男のキモノ、その形拵え(なりごしらえ)の「基本のキ」をイラストレーターの穂積和夫さんが解説します。
第8回は羽織のはなし。羽織紐や羽裏の選び方など、羽織にまつわるあれこれについてお話しいただきます。
文とイラストレーション=穂積和夫
羽織紐
羽織を着る場合には「羽織紐」が必要だ。
絹の組紐だが、丸紐、平織り、太いのから細いのといろいろあって、羽織、キモノ(羽織に対して長着とも呼ぶ)との取り合わせが問題になる。
とくに羽織紐の色をうまく合わせなければならないから、コーディネート感覚が要求されることになる。
ここいらへんはネクタイとよく似ている。
羽織の左右の衿には乳(ち)という小さな輪がついていて、ここに羽織紐をくぐらせて固定し、前で結ぶのだが、乳はごく小さいから、くぐらせるためには紐の方の一端の輪(ツボ)がある程度長めじゃないと固定することが出来ない。
羽織紐が初めからキチンと結んであってほどかない場合には、そのために小さなS環で乳と紐を連結する。
これがごく一般に行われている簡便なやりかたのようだ。
乳の位置は、高すぎても低すぎても良くないらしいが、ここらへんは呉服屋さんに任せることにしておこう。
わたしは経験上どうもこのS環が嫌いなので、ほとんど使用しない。
冬場、毛糸のマフラーを巻くときなど、必ず引っかかってほつれてしまう。それと、人前で羽織を脱ぐ時に、いちいちS環をはずすというのもあまり格好良いものではないからだ。
さりげなく羽織紐の結び目をほどいて、羽織を肩から滑り落とすというのが見た目にも恰好が良い脱ぎ方だ。
高座で噺家さんが羽織を脱ぐ仕草を思い起こしていただきたい。
というわけで、わたしの羽織紐はすべて乳に通すツボが長いものを選ぶことにしている。一般にこのS環が普及していて、ツボの短い品が多いようだが、買う時によく注意することにしている。
羽織紐というものは、常に羽織と一体になっていてはじめて用をなすものだから、原則としてこの羽織にはこの紐、とおおよそ決めて、常時付けっ放しにしてある。
ということは、あまりあちこち「取り回し」を考えないで、要するに羽織紐は羽織の数だけ持つようにするというのがわたしの流儀である。
よくベルトはズボンと同じ数を持つべきだ、という洋服の流儀と同じなわけである。
礼装用の大きな房のついた羽織紐のように、初めから格好良く結んであって、いちいちほどいたりしない場合にはS環の使用はやむを得ないだろうが、普通には結んだりほどいたりする仕草も和服を着る気分に合っているように思う。
羽織紐の結び方もいろいろあるようだし、その時々によって格好良く結べたり結べなかったりするわけだが、自分に合った簡単な結び方をひとつ覚えておけば、そんなにあれこれ変化をつける必要もないと思っている。
こんなところもネクタイに似ているが、ネクタイよりも結び方は簡単だ。
羽織紐もいざ買うとなると結構高い。
安いものでも一万円前後からする。
これもアンティーク屋などでガラクタ箱の中から見つけ出したりして、案外安く手に入ることもある。
羽織を買った時におまけにつけてくれることもある。中古で手垢がついていたらブラシに石鹸をつけて汚れを落とす。房はブラシで丁寧に糸目を揃える。
変化といっても、あまり派手で大袈裟なものは目立ちすぎる。
普段着るにしては房が大きすぎるという場合は、自分でハサミで短く切り揃える人もいるそうだ。
結び目の代わりにトンボ玉をつけたものはお相撲さん好み。
夏場は涼しげな透かし織りもある。末端の房のない「一文字」なども粋な感じがする。
時には地味な女物などでもいい。ただのゆるいコマ結びにすると案外変化が出たりするものだ。
羽裏
袷の羽織には裏地が必要だ。
「羽裏に凝る」というのが粋な和服の究極の理想のようによくいわれるが、わたしはあまり気にしないことにしている。時には羽織地よりも羽裏のほうが高価なのもあるそうだ。凝った羽裏の場合は、やっぱり人前で脱いでチラリと見せたくなったりするものだ。
羽裏に春画などをしつらえたりする人もいるらしいが、まあ他愛のないお遊びといったところ。わたしは浮世絵模様の長襦袢が一枚余っていたので、これをほどいて新調の羽織の裏に使ったことがある。
麗々しく「春信」なんて書いてあるわりには、どこが春信なんだというくらいのいい加減な絵で、まあ色調が渋く、羽裏としてそれほど悪くもないか、と思っている。
羽織の丈
着る人の身長にもよるが、羽織の丈はだいたい膝くらいの長さあたりが一般的のようだ。
膝上だとやや軽快感があるし、膝下だとどっしり感がある。新調するときは、初めは呉服屋さんの裁量に任せたほうが無難だと思う。
アンティークものなどでは、いやに長いものもある。70、80年ほど昔は長かったからである。なんだか如何にも古臭いなあ、などと尻込みすることはない。今やこの長羽織がレトロで恰好良いのである。お祖父さんの着た長羽織などは大いに珍重すべきだろう。
それよりも、むしろ袖裄が下に着るキモノより短いとみっともないから注意する必要がある。これも袖付けのところで長くしてもらうことも出来る。アンティークも案外お金がかかる。
お対の場合はキモノとのアンサンブルで、選択肢はないからコーディネートも単純で簡単だと思っていい。羽織を変える場合は、色だけでなく生地を変えることが出来る。
紬のキモノにお召しの羽織とか、逆にお召しのキモノに紬の羽織とか、ちょっとカジュアルに唐桟のキモノに紬の羽織などというように、組み合わせの変化を楽しむわけだ。
キモノの寸法
わたしがキモノを着ようと思います、と宣言したら、親戚や友人から箪笥の肥やしにしていてもしょうがないから、是非着て下さい、といって、いろいろ送っていただいた。
お対もあれば、キモノや羽織の単品もある。これらを綿密に組み合わせて、このキモノにはこの羽織が合うな、とかこれはこのままお対で着ようとか考えるのも楽しみのひとつだ。
そのほか、既製服の場合や、いわゆるアンティーク屋さんで見つけたキモノなどは値段が安いし、買ってすぐ袖を通すことも出来る。
ここで問題になるのは寸法だ。どうやら一般的に昔は体格の小さい人が多かったらしく、なかなか思うように自分の寸法に合わない場合が多い。
キモノは直線裁ちで洋服に較べておおまかだと思ったら、決してそんなことはない。
結論からいうと、キモノというものは、洋服以上に自分の体の寸法に合っていないと、着心地も恰好も悪いし、着崩れしたりするということに気がつくようになった。
たとえば、丈が短いようだったら長くしてもらうとか、袖裄が足りないときは伸ばしてもらうとか、修正を余儀なくされる場合が多い。あまりにも体に合わないときは、全部ほどいて「仕立て直し」ということになるが、費用もかかるし、かなり面倒だ。
呉服屋さんでもこの程度のキモノなら、新調するほうがいいのに、なんて思っているに違いない。
よっぽど気に入っている場合とか、今ではなかなか手に入らないような上等のキモノという場合以外は、難しいものである。