第7回 いよいよ袷のシーズン
男のキモノ、その形拵え(なりごしらえ)の「基本のキ」をイラストレーターの穂積和夫さんが解説します。
第7回は袷のキモノのはなし。夏から秋に季節は移り、いよいよ本格的な和服へと衣替えです。
文とイラストレーション=穂積和夫
最初のキモノ
秋十月、それまでの単衣(ひとえ)から、いよいよ袷(あわせ)に衣替えをすることになる。袷とは、つまり裏地のついたキモノで、秋、冬、春と長いシーズンを着ることになる。
夏は簡便な浴衣からはじまったが、袷となると本格的な和服そのもの。まず生地を選んで仕立てを頼むところから出発する。
ほんとうは、もう少し早い時期、八月の半ば過ぎか、九月の頭くらいに注文しておくと、仕立てるほうもゆっくりと丁寧な仕事をしてくれるはずだ。
生地はまず絹。色々種類がいっぱいあるが、どういう場所へ着て行くかで、選び方があると思う。
つまり、洋服でいうと、比較的フォーマル用なのか、カジュアル向きなのか、ここのところをはっきり考えなくてはならない。
フォーマル用としては黒羽二重の紋付き、なんていうのもあるが、これはモーニングや燕尾服に対応するわけで、また別格として考えよう。
お召しか、紬系統か、あるいはもっと気軽な木綿やウールを選ぶか、そこいらへんから絞って行こう。
まず、設定としては外出用のキモノを考えて見る。外出といっても訪問、パーティ、会食、観劇、舞踊や演奏会など、さまざまなシーンが考えられる。
私の場合は、まず呉服専門の老舗へ行って、ズブの素人という立場から「初めてキモノを着るんですけど、どんなのがお薦めですか?」というところからはじまった。
見せてもらった生地のなかで、明るめのグレイ無地の紬が気に入った。
紬はお召しなどよりややカジュアルだが、わたしの選んだのはちょっとお召し風で柔らか味もあって、ドレッシーな雰囲気だった。裏地は絹だが、色などは特にあれこれ言わないで、薦められたまま素直に専門家のセレクトに任せることにした。
キモノが出来たので、こんどはこれに合わせる羽織を注文することにした。こちらは無地のお召し。
ブレザー感覚で、はじめは紺系統と考えていたのだが、呉服屋さんの薦めにしたがってキモノより濃いめの茶系統にした。
ついでだが、ここでひとつ注文を出した。羽織の背中に一つだけ紋をつけたい、できれば「縫い紋」にしたい、と提案したら、お店でも賛成してくれてこれも実現した。
最初に誂えたキモノと羽織はこれで決まり。満足度も高く、これに袴をつければ、今でもわたしの持っているキモノのなかではいちばんドレッシーだ。
お対のキモノ
私の場合、キモノと羽織は生地も色も変えたが、同じ生地で作る場合は「お対(おつい)」という。
つまりスーツと同じアンサンブルということだ。
これも一般的でよく着られているのだが、わたしははじめから生意気にセパレーツで着てみたかったワケである。いわばスーツに対するブレザーのような感覚とでもいえようか。
コーディネート感覚をうまく働かせると、お対の場合よりも、より変化が愉しめる。しかし、これも各人の好みの問題で、お対の方が好きという人もいれば、羽織と着物を変えるほうが面白いと思う人もいるはずだ。
わたしはその時どきの気分で、両方とも着ることにしている。時には二着のお対の羽織と着物を取っ替えて着たりもする。これだと都合四通りの配色の着こなしが出来ることになる。
着流し
羽織なしのキモノだけで着るのを「着流し」といっているようだ。これも好き嫌いの問題で、着流しの方が粋だと感じる人もいれば、羽織を着たほうが全体がまとまるという人もいる。
わたしと同業のイラストレーター矢吹申彦さんなどは、羽織は嫌いだという。反対にわたしは外出着などの場合は、やっぱり羽織を着る方が好きなたちである。
あれこれ試しているうちに、自然と自分流のスタイルが出来上がるはずである。
袷には襦袢が要る
浴衣以外のキモノには、下に長襦袢を着る。
長襦袢の衿には「半襟」を縫いつけて、衿が汚れたら付け替えるのが常識だ。男の場合はだいたい半襟は無地が多いが、キモノや羽織との配色をよく考えよう。ここはかなり重要なコーディネートのポイントとなる。
もっとも「素袷(すあわせ)」といって襦袢を省略する場合もないではないが、これはあくまで略式と考えていいだろう。
長襦袢は絹かモスリンなどの素材で、色や柄も比較的自由である。丈も袖裄(そでゆき)も短めで、キモノの裾や袖口からはみ出してはまずい。
すでに袷のシーズンになったから、来夏までは関係ないが、浴衣以外の夏のキモノも、ちゃんと着ようと思ったら夏用の襦袢が必要だ。薄手の木綿や麻素材のものが多く使われ、「半襦袢」といった丈の短いものもある。