第1回 キモノって何だ?
第1回 キモノって何だ?
オリンピックの開会式の入場行進で、アフリカや中近東の選手が民族衣装を誇らしく着ているのを見ると、日本選手団にはがっかりさせられる。「着物」という世界に誇る美しい衣裳があるのにと、奇妙きてれつなユニフォームを見て想う。
これだけ優れたファッションショップや情報が身近に備わってなお超えられない壁、それが着物の世界。きっと一歩踏み出してしまえば、それはスーツより絶対愉しい。イラストレーターの穂積和夫さんが導く、大人の男 × きものワールド。まず心から“粋”に染めてみよう。
文とイラストレーション=穂積和夫
キモノにはまったキッカケ
「あなたは、なんでキモノを着るんですか?」という質問をされることがある。そういうときは「あなたは、なんでキモノを着ないんですか?」と逆に質問することにしている。質問と同時に答えにもなっているというわけだ。
わたしはキモノが好きで、なにかあるとキモノで出かける。常々どうせ着るなら、なんとか似合うように着てやろう、と思いながら着ることにしている。
わたしがキモノにはまったキッカケは、数年前に新聞の連載時代小説の挿絵を描くことになったからで、キモノを描くにはやはり自分でも着てみないことには話にならないと思ったからだ。
登場人物の仕草や所作にリアリティを出すためには、このアイデアはたいへん有効で役に立ったと思っている。というわけで、以来キモノを愛用することになってしまった。
初心者の悲しさ
わたしの最初の一着は、むかし女房が自分のキモノを作った時に呉服屋に薦められて、ついでに誂えた大島のお対(おつい・羽織と着物のアンサンブル)だった。
以来このキモノは持っているだけでついぞ着たことがなかった。しかし、キモノ以外の付属品や小物類は、襦袢、帯、足袋、雪駄など一通り揃っていた。自分でも、いつかはキモノを着てやろう、と思っていたらしい。ここに来てやっと着るキッカケが出来たというわけである。
ところが、これを着て初めてある食事会に参加したところ、キモノにうるさい友人から散々にケナされてしまった。これはそもそもこういう場所に着て行くキモノではない。帯も羽織紐も全く着物に合ってない、というわけだ。
初心者の悲しさ、着方もいたって怪しげなもので、歩いているうちに着崩れて帯がズルズルほどけたりする。あわてて物陰で巻き直したり散々な始末だった。
キモノの出番
そこで男のキモノの「入門書」を探してきて熟読をくり返すことになった。そして、そこでやっとキモノとはどういうもので、どういうキモノをどういう風に着るのか、ということがオボロゲながら判ってきたようだった。
ただし、年がら年中毎日着ているわけではない。家にいるときはジーンズにセーターだ。それでは何時どんなときにキモノを着るのか、つまりキモノを着ようと思ったら、着て行くべき場所が必要なのである。
わたしの場合は、パーティ、同窓会など、いわゆる「よそ行き」用である。小唄のおさらい会や観劇、和食のお座敷などは、もっぱらキモノである。こういうときに着なければキモノの出番がない。お茶会や邦楽などのイベントにはキモノが似合うし、気分も良い。
キモノを着ようと思ったら着て行く場所も十分視野に入れておく必要がある。