吉岡徳仁ロングインタビュー「想いをかたちにするデザイン」
DESIGN / FEATURES
2019年7月31日

吉岡徳仁ロングインタビュー「想いをかたちにするデザイン」

東京2020聖火リレートーチ デザイナー 吉岡徳仁インタビュー

開催まであと1年に迫った東京2020オリンピック・パラリンピック。今年3月にはオリンピックの象徴でもある聖火を日本全国に繋ぐトーチが発表され注目を集めた。現在、都庁第1本庁舎で実物が展示され、誰でも実際に手にすることができることもあってますます話題となっている(展示は8月25日まで)。注目のトーチを生み出したのは、日本を代表する世界的デザイナーの吉岡徳仁さん。「聖火リレートーチを通して表現したのは、『美しいデザイン』でも『最新のテクノロジー』でもない」と語る彼に、その誕生秘話を聞いた。

Photographs by NAGAO Masashi|Interview & Text by MAKIGUCHI June

デザインを通して願う心の復興と平和

つつましく可憐な桜ゴールドが、光を受けてまばゆいほどに輝く――。東京2020オリンピック・パラリンピックの聖火リレートーチは、形状もその輝き様も、まるで日本の美意識を象徴するかのようだ。
来年3月26日、福島県のJヴィレッジでこのトーチに聖火がともされると、ランナーたちは、「Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。」というコンセプトとともに、121日間に渡り全都道府県を繋いでいく。ランナーたちとともにその重要な役割を担うトーチは、どのように生まれたのだろう。
「始まりは、2013年に2020年のオリンピック・パラリンピック開催地が東京に決まったあの瞬間でした。オリ・パラ大会は、たくさんの人の想いを乗せた意味のあるもの。被災地の方々への想いをデザインによって世界へ表現できないかと思いました」
日本の伝統やテクノロジーが、デザインの要素として取り上げられることは多い。だが吉岡さんは最初から、そこがメインではないと考えていたという。
「聖火リレートーチを通して表現したのは、『美しいデザイン』でも『最新のテクノロジー』でもありません。被災地の方々の『心の復興』と平和への願いです。デザイナーが見栄えの良いものを追求するのではなく、今回はまず被災地の方に喜んでいただけるようなものづくりをしたいという気持ちがありました。皆さんの思いをかたちにする何かができないかというところから始まりました。日本はたくさんの自然災害を経験してきましたが、その苦難の中でも溢れている思いやりや助け合いの心に、私は改めて日本人の優しさと真心を感じました。それは世界の人々にも感じていただけたのではないでしょうか。そういう精神をトーチとしてひとつのかたちにしたい、それが表現できれば本当の意味で日本文化を象徴するものになると思っていました」
そこで吉岡さんがモチーフとして選んだのが桜だ。
「日本を象徴する花、そして世界の人々に愛される花。自然から生み出されたこの造形を選んだきっかけは、2015年、被災地支援のために赴いた福島の子どもたちとみんなで『桜のエンブレム』を描いたことでした。その時に子どもたちが描いた桜がとても力強くて。その桜のように力強く被災地の方々が苦悩から立ち上がる姿を、世界の人々に伝えたいという思いがありました」
3.11の直後、いったいどれほど多くの日本人が、満開の桜に励まされたことだろう。吉岡さんが表現したかったのは、どんなことがあっても春が来るたびに咲き誇る強い生命力。そして希望だ。
「春を知らせる桜の開花を日本中が待ち望み、みんなを温かい気持ちで包むその様子は、希望そのものだと思います」

東京2020オリンピック・パラリンピック聖火リレートーチ

希望の炎そのものをデザインする

桜前線が移動して国内に花を咲かせていくように、聖火が日本全国を縦断し、希望の炎が人々の想いを繋いでいくような聖火リレーになってほしいという願いを込めたという。
「実は今回は、トーチをデザインするのではなく、希望を繋いでいくもの、つまり『希望の炎』のかたちをデザインしたんです。通常、トーチのデザインは外観のデザインから始めるのだと思いますが、今回私が考えたのは、桜のかたちに燃える炎をデザインすること。トーチのかたちと言うよりは、桜の炎を生み出したかった、聖火そのものをデザインしたかったんです。最終的にひとつになる5つの炎を生み出すために、トーチはどのようなカタチであるべきかというところから考えました」
オリンピックの精神を象徴する聖火で、さらにその精神を表現しているのだ。
それにしても、聖火そのものをデザインするというのは、これまでにも、常識を覆す斬新なデザインで私たちを驚かせてきてくれた吉岡さんならではの視点だ。これまでも、意外性のある素材を用いて人間の感覚を刺激するデザインに挑戦してきたが、炎を“素材”にするのはこれが初めてだと言う。
「デザインできないと思われているものをデザインしたいんです。ただ、炎のプロではないので、まずどのような炎があるのかというところから調べました。炎にも、大きなボイラーからバーナー、蝋燭までいろいろ種類があり、こういう技術があればこうできるかもしれないということをリサーチし、その末にできたアイデアがこのトーチだったんです」
目指したのは、力強く躍動感のある炎。炎はトーチ中央から出るのではなく、中心部をぐるりと囲む花弁を象った5つの空間から出る。花芯部分にあたる保炎機構(聖火をともし続けるところ)の横に作られたわずか1ミリほどのすき間から炎が出て、花弁の内部へと燃え出す。トーチが使われる屋外では、ランナーたちが切った風が、花弁にある切れ込みから内部に入り込み渦の様な空気の流れを生む。花弁内部に入り込んだ炎はその流れに乗ってくるくると回りながらも守られ、上部中央でひとつの炎となる。
「これまでの多くのトーチには、真ん中にひとつの大きな保炎機構があって、そこ全体で炎を燃やすんです。でも、今回のトーチでは5つの炎が出る5つの空間を作りたかったので、それぞれの燃焼機構が小さくなくてはいけなかった。そこは技術者の方々が苦労された点。正直言って、何度ももうできないという瞬間がありましたが、1か所でも、少しでも妥協があるとこのトーチは成立しないと思っていました。色々試行錯誤した末に、思い描いていたものが完成しました。せめぎ合いを経て完成したトーチです」
達成感を覗かせつつも、「いつもぎりぎりで」と笑う。
「今までのプロジェクトでも、いつもそうなんです。まず、イメージが浮かびますよね。でも、技術的にもハードルが高いものが多いので、世界中から技術を集めて、本当にでききるかどうかを調べるんです。そしていろいろなサンプルを作る。ただ、今回は、日本の技術にこだわりたかった。原理的に実現可能だろうというところからスタートしたので、最初からデザインは一切変えていません」
決して妥協しない。トーチ制作に向けられたその精神こそ、オリンピック・パラリンピックの、そして復興しようと何度でも立ち上がる人々の精神と重なるものだ。

“最新”ではなく、“時代を超える“ものを

「すべてにおいて新しい挑戦をしたかったんです。オリンピックのトーチは、歴史に残るものになる。だから、今までにないデザイン、製法、技術を用いたかった。通常このデザインを実現させるためには、筒の部分をビスでとめたり溶接したりすると思うんですが、単純な工法=立体成型で作りたいというイメージを最初から持っていたんです。新幹線や飛行機などの製造にも使用されている技術、アルミ押出加工によりトーチを一体成型し、構造の強化と軽量化を実現。アルミを桜型に押し出し、削り出すことで、継ぎ目のないの彫刻のような造形が生み出されます。製造からデザインすることで、日本の技術を象徴するような、革新的な聖火リレートーチが実現しました」

東京2020オリンピック・パラリンピック聖火リレートーチ

実用性のあるものづくりと直結するデザインの世界では、ファインアートとは違い、テクノロジーなしには実現できない造形も多い。
「最新テクノロジーではないんですが、どちらかというと巧の技に近い技術ですね。最新テクノロジーは、数年たつと鮮度が落ちる。そういうものではなくて、日本の細かな技術、ていねいなものづくりの精神を反映しているトーチだと思います。日本の職人さんは、とにかく正確ですからね」

聖火ランナーに輝きを与えるトーチ

とはいえ、美しい造形と技術力は、決して主役ではないと吉岡さんは語る。あくまでも、トーチが持つ本来の役割を最大限に引き上げるためのものだ。
「この光り輝くトーチは、桜型の多面体の造形により太陽の光を反射し、聖火ランナーに輝きを与えるようにデザインされています。ランナーは常に動きますから、トーチはそのたびにきらきらと光を放ち、見ている人にも光を与える。そのシーンを思い浮かべながらデザインしました。花びらの形も、何百という種類を試しました。形状によっても本体のラインが変わってしまうからです。候補をたくさん作り、その中から選ぶのですが、一週間後には『やっぱり違う』ということも。削り方にしても、少しラインを変えるとデザインもがらりと変わってしまう。何度もこの形でいいのかと確認しながら進めました」
そんな吉岡さんの熱意に呼び寄せられるように、こんなセレンディピティも。
「このトーチは、いろいろな企業や技術者の方と、共同体として制作しているんですが、話を進めている中で、参加企業の1社が東日本大震災の復興仮設住宅にアルミサッシを提供していたことがわかったんです。当時、役割を終えた仮設住宅については解体が始まっていたので、そのアルミニウムを使えるかもしれないと話してくださいました。それは素晴らしいと、再利用させて頂くことにしました」
仮設住宅由来のアルミ含有量は約30%。人々の気持ちが平和のシンボルとして姿を変え、日本中に聖火を運ぶとは、サステナブルである以上に何とドラマティックなのだろう。
「人々の生活を見守ってきた仮設住宅は、未来へとつなぐ場所でもあった。仮設住宅が聖火リレートーチへと生まれ変わることが、被災地の方々が立ち上がる姿を象徴し、世界の人々に勇気と希望を与えるきっかけとなれば嬉しいですね」

思いがかたちに

実は、トーチ制作にはこんな秘話もある。
「本体の実験を始めたのは、トーチデザインの応募が始まるずっと前だったんです。募集されるかどうかも分からなかったんですが、招致に成功するとイメージが浮かんでしまって(笑)。それが採用されるかどうかは関係なく、単純にトーチを作りたいという衝動に駆られ、すぐに走り出していました」
思いが溢れて止まらない、まさにそんな感じだったという。
「自分の作品を創る時はいつもそうなんです。まず作ってしまうんですね。通常のデザインの仕事となると、クライアントがいて、依頼があって、デザインを実現させますが、今回は作品に近い。最初は事務所のスタッフも何でこれをやっているんだろうと思ったでしょうね(笑)。実際に決まるまで、すごく長かったです」
構想を含めれば、今年3月20日のトーチお披露目までに、着手から実に5年が経過していた。
「どんな光景を見られるのか、今から楽しみ。ランナーの最終走者が誰になるかも気になりますね。自分にとっても特別なオリンピックになることは確か。TVでオリンピックまであと〇〇日という表示を観ると、ドキドキします。オリンピック・パラリンピックは世界の方々が参加する平和を象徴するイベント。世界で多くの出来事が起きていますが、被災地の方を元気にするだけでなく、被災地の方が立ち上がる姿を見て頂くことで、皆さんにも勇気を受け取っていただけると嬉しいです」
                      
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