カリフォルニアデザインの新しい息吹(前編)
DESIGN / FEATURES
2015年3月11日

カリフォルニアデザインの新しい息吹(前編)

ガラス工芸の本場イタリア・ムラノを経て、カリフォルニアの豊穣な大地で華開いたガラスアーティスト、ケイレブ・シーモン。その作品は、ふるきよきカリフォルニアモダンのおおらかさと伝統技術、そして現代感覚がクロスオーバーした革新的なものだ。2007年12月21日から千駄ヶ谷の「プレイマウンテン」ではじまった日本初の個展を前に、ケイレブ・シーモンに話をきいた。

photo&text by Aya Muto

Interview with Caleb Siemon
ガラスとの出会い、旅のはじまり

――どのようにガラスと出会ったのですか?

最初は高校生のためのアートキャンプで。ジュエリー会社をもつ父を手伝ったりしていたから、ジュエリーづくりにはちいさい頃から興味があって、高校では陶芸に夢中になって、いつも粘土から器をつくっていました。

――そのアートキャンプはカリフォルニアで?

いや、マサチューセツ州のアマーストで。なだらかな丘の連なる田舎で、工房も屋根張りだけで壁もなく、自然に囲まれたきれいなところで。そこではじめてガラスを吹いて、徹底的に惚れ込んじゃいました。ジュエリーづくりでもなく、陶芸でもなく、僕がやりたいのはこれだ! って。それまでにやったどんなことよりも楽しかった。そのとき17歳、僕はまだ高校生で、進路を選んでいるときだった。カリフォルニアの大学とロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD/リズディ)を見ていたんだけど、アメリカでいちばんと言われていたガラスプログラムが有名なRISDに決めて、そこでガラス工芸に専念することにしました。両親がいつも「おカネの心配はしないで自分の好きなことをやりなさい。ほかはあとからついてくるもんなんだから」って言ってくれていて。僕は一度も後ろを見ずに前に進んで来ました。みんな好きなことをやるもんだと思い込んでたから。とにかくそれに集中していました。でも実際みんなは不安で、自分の本当に好きなことをやらない人が世の中にはたくさんいるだなんて、そのときは考えもしなかった。おカネの心配をして、自分の情熱を追うのを諦める人も少なくないでしょう。だから僕はむかしから「情熱を追いかけてもいいんだ」と思えていた幸運な子どもだったと思います。RISDのガラス学科では、その工芸に伝統をもつイタリアのガラスマスターたちを多く招いていたから、自分の工房をもつために、いずれはイタリアに行って本場の知識や技術を身に付けるんだ、と思い込んでいて。だから大学生のころはクルマでいつもイタリア語のテープを聞いていました。そのころ冬は毎週末のように山に片道3時間の道を運転をしてスノーボードをしに行ってたから、その行き帰りの車中、イタリア語のテープをずっと聞いていましたね。徹夜で運転して、キャンプして、翌日丸一日スノーボードをして、また運転して帰ってきて、学校に戻る、というのを毎週末のように繰り返していた。頭がすっきりしたし、いい運動になりましたし。行きの3時間と帰りの3時間、イタリア語のテープだけを聞きながら、復唱したりしていたから、卒業するころには基本的なイタリア語はすっかり身に付いていたんです。卒業してその夏だけ父親のジュエリー会社で働いて、すぐにイタリアにバックパックひとつでわたりました。誰も知っている人なんていなかった。そこから師事したいガラスマスターを探し求める、僕の冒険が始まったんです。

Caleb meets Pino Signoretto.
ピノ・シグニョレットとの邂逅

僕は毎日ムラノ島に通って、歩いてガラス工房をいろいろ見てまわりながら、師事するマスターを探したんです。彼に「ハロー、これが僕の経歴で、イタリアに引っ越してきたばかりで、ぜひあなたに師事したい。負担はかけないので、ひと月工房に通って、あなたの仕事を見させてもらえないか」っていう内容の手紙をわたしたら、許可してくれて。それからは朝8時から夕方5時まで、通ってずっとノートにスケッチしていました。ひと月が終わるころには彼のテクニックのメモで丸々一冊がびっちり埋まりましたよ。その間、一日じゅうマスターの真後ろに立ってメモをしている僕を、彼は見事に無視しつづけたんです。目もあわせなければ「ハーイ」とも言わない。「おはよう」だってもちろんないし、「バイバイ」もない。完璧に存在を無視されていた。ひと月たって……ほら、そもそも僕が見学を許可されたのはひと月だけだったから、ようやく彼がアシスタントを通して「土曜日、昼を食べにこないか」と声をかけてきてくれて。そうして彼の家族と昼食を食べていたときについに「さあ、君は誰なんだ。なんでここにいるんだ。なんで毎日僕の工房に来るんだ。何が欲しいんだ。」って聞かれて。あきらかに興味があるからなんだけど。だってそこに身ひとつで引っ越して、すべてを賭けてたから。でも彼は忙しすぎて、一分たりともいままで時間をくれなかったからですからね。僕の話なんてするチャンスがなかったんです。ようやくそのとき、なぜここに越してきたか、そして給料はいらないから見習いとして入りたいこと、当分ここにいるつもりであることを話すことができて。そうしたら「オーケイ、本気みたいだし、このひと月の試練にもパスしたし」って言ってくれて。(無視されつづけても)毎日通って来る僕のまじめさを認めてくれて、こうして受け入れてくれた。「月曜日から働いてもらおう」と言ってくれたんです。月曜日、僕は工房に行って、彼のベンチの後ろに立ってもらえる仕事はなんでもやろうと待っていました。まずは「これをつかんで!」と言われてつかんだ僕を見て、パイプを回せることを確認して。まかりなりにも基本的なことは学校で身につけてましたから。つぎの日はこれをやってみて、あのパドルを持って、あれをこっちに置いて…ってやっていくうちに、僕がなにも壊さないことを見て取って。少しづつだったけど、そうして毎日なにかしら新しいことをやらせてくれたんです。そしてある日、ついに丸一日僕のポジションが与えられて、今度はそこで何もしていないと怒鳴られるようになって。もう僕をチームの一員として頼ってくれていましたから。そこへの移行は本当にいい経験だった。

イタリアへ移り住んだばかりのころは、一年だってとても長いような気がしていました。でも実際その一年は飛ぶように過ぎてしまって。思うにふつうの見習いは少なくとも4年は必要だな、って気づいて。彼らはひとつひとつのステップを、ゆっくり教えていくんです。それをこなすとすべての工程のマスターになれちゃうくらいの徹底ぶり。そんなんだからともすると長期間そこにいれてしまうことに気づいたんです。でも僕にはやりたいことがあってそわそわしていましたね。外国にいることでひとりでいる時間が増え、自分の身の振り方について考えることができましたから。アメリカに戻ってイタリアスタイルの自分のガラス工房をつくりたいと考えるようになっていたんです。ちょうどそのとき、イタリアの伝統技術の下降を目の当たりにして。マスターたちの多くは引退を目の前に控えているのに、彼らの後を継ぐ代がいない。僕らは向こう10年でこの1000年つづいた伝統のテクニックと知識のあきらかな消失を目にしなければならなくなると思うんです。幸か不幸か僕はこのことに気づき、もしアメリカに自分の工房を開設したら、イタリアで学んだことをもち帰って、自分の製作に生かすだけじゃなくてほかの人にもその伝統を伝えてあげられる、と考えたんです。また一緒に働いていたマスターたちをアメリカに招待して、彼らから直接の伝授を受けられるような場を設けることだってできる。アメリカの若い世代はこの1000年の伝統とは縁のないところに生活しているから、すごく魅了されていると思います。実際僕も地球を半周してこうして見習いに入ったわけだし、でも一方でベニスの若者たちはムラノ島にさえ行ったことがなかったりする。だから2年たったところで僕は帰ってこようと思ったんです。やりたいことがすごくはっきり見えていたから。自分の工房を持ちたくてうずうずしていたし、本当にできると信じていたし。残ってもっといろんなテクニックを極めることはできたと思うけれど、僕がつくりたいものはそんなにたくさんの技術に頼るものではなく、学校で学んだ感覚やデザインを生かしてのだった。僕が焦点を据えたかったのはシンプルな容器。イタリアの伝統と技術の一部がそうであるように、飾り立てて複雑なものではなく、僕はそのシンプルなテクニックに魅かれていて、そのおおよそを身につけた段階だった。もちろん学ぶことはまだまだたくさんあったけれど、自分の道を歩き出す準備ができたと思ったんです。あとは自分でスタジオをもってやっていくなかで、いろいろ学んでいければ、と思ったんです。

Caleb Siemon

1975年、南カリフォルニア生まれ。10代の頃より父親のジュエリー産業を手伝ってデザインしたり、陶芸に興味を持つなど、モノ作りがそばにある環境で育つ。1993年に「RISD」に入学。アメリカ、ニュージーランド、日本、スコットランドなど世界各地でガラス工芸を学ぶ。その後、イタリア・ムラノ島にわたり、ピノ・シグニョレット氏に2年間師事。1世紀以上続く本場のガラス工芸を吸収。1999年、南カリフォルニアに自身のスタジオ「UNITED GLASS BLOWING」を設立。現在は、サンタアナの地で作品制作に励んでいる。
2008年1月13日まで、日本初となる展覧会がプレイマウンテンで開催中。

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