クルマづくりに大事なもの|Mazda
Mazda Design|マツダ デザイン
クルマづくりに大事なもの
クルマに命を与える――。2010年、マツダはデザインコンセプトを“魂動デザイン”と名付け、SUVモデル「CX-5」を皮切りにスポーツモデル「ロードスター」に至るまで、躍動感溢れるスタイリングとともにブランドイメージを一新してきた。では、そのデザインの源はどこから生まれたのだろうか。マツダ広報部曰わく、その答えのひとつは新潟県燕市にあるという。槌起銅器(ついきどうき)を手がける「玉川堂(ぎょくせんどう)」とマツダ、両社のモノづくりの世界に迫ってみた。
Text by OGAWA FumioPhotographs by TSUKAHARA Takaaki
伝統工芸とマツダデザインの共通点
マツダのクルマは、どれも好ましく見える。なぜかというと、(ひとによって理由はちがうかもしれないけれど)外観的には、プロポーションがいいうえに、ボディの面作り、塗装、プレスなど高品質な作りゆえだ。そこがクルマ好きの心に響く。内装もやはり、マツダ車は作りがよくて魅力的だ。
昨今、日本では“モノ作りの匠(たくみ)”といって、伝統的なクラフツマンシップによる高度な技術が注目されている。マツダが、その伝統工芸と自社のデザインに共通点を見出したと聞いても、それゆえ、理解できる組み合わせだなあと思うのである。2015年4月にイタリアで開催された「ミラノ・デザインウィーク(通称ミラノサローネ)」でマツダは、伝統工芸で知られる日本の匠とのコラボレーションを発表して、話題を呼んだのも記憶にあたらしい。
マツダのパートナーになったのは、新潟の燕市で、槌起銅器(ついきどうき)を手がけている玉川堂(ぎょくせんどう)だ。1816年の創業いらい槌(つち)で銅板を叩いて形を作る。急須ややかんや花器など、茶の湯から日常生活にいたる、あらゆる場面に合う高級な“道具”を手がけてきた会社である。
玉川堂の仕事ぶりは、かつて同社がフランスのシャンパンの老舗メゾンのために作ったクーラーで驚かされたこともある。まず造型の美しさと表面の仕上げの美しさに魅了された。それが、叩くことで、“伸ばすのでなく縮めて造型していく”という手法によるということで、さらに感心。
形作ったあとの焼き入れやコーティングなどを含めて、銅の性質を知り尽くした仕事ぶりは、匠にしか出来ない技と強く印象づけられたのである。
玉川堂とマツダのコラボレーションは、マツダのデザインコンセプトである「魂動(こどう)」をテーマにした、その名も魂銅器(コドウキ)という銅器で結実した。日本のみならず海外でも大いに注目されたというこの作品はどうして生まれたのか。
その背景をきちんと説明しようと、マツダではさる8月に玉川堂訪問をはじめ、燕市で、興味ぶかいデザインワークショップを開いた。
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クルマづくりに大事なもの (2)
必然的に出来る形をものにする
クルマのデザインは秘密のベールに包まれていることが多く、プレゼンテーションは、そもそも多くない。そこにあって、今回の燕市における取材は貴重なばかりか、他に類のない内容だった。
「クルマは美しい道具であってほしい。人の手で生み出された命あるマシンであってほしい。その考えに立って、(金属加工業で栄えてきた新潟の)燕のモノづくりとコラボレーションした私たちの思いを知っていただきたい」
そう話すのは、マツダデザイン本部アドバンスデザインスタジオの中牟田泰部長だ。クルマのデザインというと、私たちは完成品しか目にする機会がないけれど、それが出来るまでには、スケッチや設計にはじまり、工業用クレイ(特殊な粘土)を使った「ソフトモデラー」によるモデル作り、そして「ハードモデラー」による金属パーツ作りなど、さまざまなプロセスがある。マツダのモデリングスタジオにはソフトとハード、2種類のモデラーが所属する。
かつては、量産車では金属を使うパーツでも、模型ではクレイにフォイルなどを巻いて、それっぽく見せていた。「それでは本当のイメージが伝わらず、マツダのクルマづくりにふさわしくない」(中牟田 氏)と、ある時から、ホンモノの材質を使うハードモデル作りにシフトしていった。
「日本は木工が得意だけれど、金属加工のレベルもかなり高い」。マツダデザイン本部モデリングスタジオを統括する呉羽博史部長はそう話す。自動車メーカーはとりわけ金属加工との相性がいいことに注目。マツダのクルマづくりと玉川堂の槌起銅器との間に結びつきを感じ、それをコラボレーションとして形にすることを目指したのがスタートだそうだ。
「日本のクラフツマンシップと自分たちが共振できるものはないか。最初は、茶の湯や木工や絨毯など、さまざまな匠が候補にありましたが、玉川堂さんに下取材に行ったとき、これだと思いました。銅板を槌(ハンマー)で叩いていって“必然的に出来る形をものにする”というのは機能美であり、モノ作りの本質だと強く感じました」。
そこから魂銅器が生まれることになった。しかし立ち上がりは必ずしてもスムーズではなかったようだ。
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クルマづくりに大事なもの (3)
マツダと玉川堂のちがい
「“魂動”というテーマで槌起銅器を作ってほしい、というのがマツダからの依頼でした。魂動とはなにかの説明のため、豹が獲物に向かって飛びかかっていくときの姿勢を見せられました。かっこいいなと思いましたが、それを銅器でどう表現するか。最初はかなり悩みました」。
玉川堂は、雰囲気のいい昔ながらの門を持つ建物だ。そこをくぐり、植え込みに囲まれた飛び石を踏んで奥に入っていくと、耳に金属の響きが聞こえてくる。作業場で熟練の職人たちが銅板を叩いているのだ。昔ながらのスタイルで、電気で動く機械はほとんど目に入らない。そこで、玉川堂の玉川基行代表取締役は、魂銅器を作った経緯について話してくれた。
「それがなくては人生が楽しくならない生活道具。これが私の考える槌起銅器です。たんなる大量生産の製品とはちがい、生命がこもるように心しながら、叩いて形づくっていきます。マツダからモノ作りの考えを聞いて、よく似ていると思いました。ただそれでも、今回のコラボレーションのために最初に手がけたオブジェについては、“これはちがう”と言われました」。
マツダが手がけるのは自動車だ。玉川堂は動くものは作らない。それだけで、2社がいかにちがうかがよく分かる。そのギャップをどう埋めていくか。作り手の苦労は想像に余りある。
「流線形とか、そういう単純な発想ではだめだろうと思いました」。そう話すのは、魂銅器の製作を実際に手がけた玉川堂の渡部充則 氏だ。クルマも大好きで、憧れはアルファロメオが1957年に発表した「ジュリエッタ・スパイダー」なのだと言う。
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クルマづくりに大事なもの (4)
玉川堂のモノづくり
「マツダのデザイナーの方々と話しをしてみたりして、コンセプトを考えていくうち、形はシンプルで、光が当たった時にインパクトが出るようにしようと思いました」
玉川堂の渡部さんがとった手法は、槌目(つちめ)を活かすこと。溶接は使わず、大きな銅板を叩いて立体に仕上げていった。くわえて、外側の表面は多角形が複雑に組み合わさって模様を作っているように見せることに。それぞれの多角形は、ハンマーでもって内側から外側に、隣りの多角形との境に向かって中心から叩いて“肉”を寄せていって形を作りだした。
表面に独特の風合いを出すため、スズメッキを施すのだが、摂氏250度で溶けるスズの性質を利用して、加熱や冷却で色に変化をつけていく。渡部さんは、流れたスズが冷めていく過程で作るラインを活かすことにした。冷却の温度もコントロールしたという。通常は自然冷却なのだが、今回は強制冷却をするなど、色に変化をもたせたそうだ。銅器を知り尽くしているからこその着想である。
「僕がジュリエッタを好きなのは、思わず触りたくなるボディだからです。内側からの力でパネルがぱんっと張っている感じ。生命感がありますよね。それがモノには必要だと思います」。
魂銅器を試行錯誤しながら作ることで、玉川堂は、モノづくりの基本を見直す機会になったそうだ。現在は使用していなかった道具も見直した。それが「とてもいい刺激になった」と玉川社長は言う。いっぽうマツダも、このコラボレーションの結果、クルマづくりに大事なものが再確認できたとする。
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クルマづくりに大事なもの (5)
玉川堂のモノづくり
「私たちはクルマを造型する時、安易にコンピューターだけで、というやり方はとりません。すべて手でタイヤ以外は粘土を削って造型しています。そうしないと魂動デザインが求める生命感が出てこないからです。しかも、コンピューターを使ってデータを解析して三次元のモデルを機械で削っていくやり方は普通1-2週間かかるものですが、マツダは3-4日です。世界最速のスピードと自負しています。おなじぐらいの腕をもったモデラーを揃えている会社はほかにないと自負があります」。
呉羽部長はそう自信を持って語っていたのが印象的だった。「クルマの、いわば骨と筋肉と血を作るのがモデラーの仕事です。その重要性をかんがみて、2005年から、今回ご説明したような社内プロセスで、徹底的なモデル作りを手がけるようになりました」。
例として呉羽さんがあげたのが、マツダのソフトモデラーが使う特注のクレイだ。「とにかく硬い。一発で削らないとやり直しがきかない」と呉羽さんは説明する。なぜそんなものをあえて使うのかというと、自分たちの思いを“一発で”表現することが大事だからだそうだ。そこも玉川堂の銅器づくりと似ているように感じる。
玉川堂の槌起銅器とのコラボレーションは、モノ作りの重要性を再確認する作業になったようだ。燕市に集まったモデラーたちは、「機能と素材とスタイリングが合致しなくてはいけない」マツダのクルマづくりのポリシーを支える人たちであることを、こちらも理解することが出来た。そこがとても興味ぶかかった。
マツダコールセンター
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