世界に挑む“メイド・イン・ジャパン”デザインの創作現場|CASIO G-SHOCK
CASIO G-SHOCK|カシオ ジーショック
デザイナー対談|G-SHOCKチーフデザイナー・後藤敦司 × カーデザイナー・服部 幹
世界に挑む“メイド・イン・ジャパン”デザインの創作現場(1)
世界中の時計ブランドが“薄型”を競い合っていた1980年代に、当時の常識を覆す“タフで壊れない時計”という独創的なアイデアを具現化したのが、カシオのG-SHOCKである。これまで機能面で語られることの多かった腕時計だが、プロダクトデザインという目線に切り替えると、またちがった魅力が見えてくる。今回はカーデザイナーの服部 幹氏と、G-SHOCKのチーフデザイナー・後藤敦司氏が、それぞれのデザイン創作について語り合った。
Photographs by SAITO RyosukeText by OHNO Takahiro(OFFICE Peropaw)
男が愛するクルマと腕時計のデザインの共通点
G-SHOCKは誕生してから30年を超えて、現在では、世界からも耐衝撃プロダクトウォッチとして高く評価されている。そんな日本が誇るG-SHOCKに潜んでいる魅力を、カーデザイナーの服部 幹氏とG-SHOCKチーフデザイナーの後藤敦司に語っていただいた。
服部 幹(以下、服部) 私は、カーデザインの世界にこれまで携わったきたのですが、腕時計のプロダクトデザインには、独特な難しさを以前から感じています。実際の製作現場については、どうなんですか。
後藤敦司(以下、後藤) たとえば、G-SHOCKを代表するフラッグシップモデルでもあるMT-GやMR-Gの場合、少しでも妥協すると中途半端になってしまうので、コストや手間のことは気にせず、パーツひとつにもこだわり抜いています。メタル素材の良さを前面に打ち出すため、G-SHOCKにしては過度な緩衝材を排し、強さと美しさという、ある意味相反するものの融合を追求したMT-Gは、いわば “引き算のデザイン”。
そのぶん、“磨き” については、かなりこだわりました。ブレスレットの中コマを別パーツにしたり、ケースをいくつかの部品にわけたのも、細部をサテンとポリッシュで磨きわけるためです。MR-Gにかんしては、GPS機能をこのサイズに収めるのに苦労しましたね。ヴィンテージカメラの軍艦部、巻き上げレバーやシャッター形状から着想した、耐衝撃性をもつリューズやボタンのデザインは、従来必要だったガードをなくして少しでもコンパクトにするための新技術を開発してはじめて可能となったものです。
服部 私も腕時計をデザインしたことがあるのですが、この2つのモデルを拝見して目に留まったのは、文字盤の立体感ですね。深さの表現の方法がおもしろいと思います。個人的に時計の機能についてはあまり興味がないのですが、プロダクトとして、なぜこんな形状になっているのだろう、と気になってしまいました。
後藤 G-SHOCKには「耐衝撃性」というアイデンティティが明確に存在していて、ブランドビジョンはそれを進化させていくこと。デザイナーがやらなければならないことも、わりとはっきりしています。ただ、形状的にタフな世界観から逸脱し過ぎると、G-SHOCKに見えなくなってしまう。どこまで許されるか、境界線でのせめぎ合いはありますね。
服部 G-SHOCKを1本デザインするのに、デザイナーは何人が担当となるのですか。
後藤 基本的にひとりです。私の場合は、最初に手書きでスケッチを描いて、ある程度アイデアが固まったところで、ラフをパソコンに読み込みます。最近の若手デザイナーも手書きが多いのですが、手書きは手書きでも、デジタルデバイス入力による手書きが増えてきたようです。
時計ってサイズ感がわかりづらいので、5倍の大きさで描いて、原寸大で確かめる、という手間のかかる作業をやっていました。その後2D図画を書いてモック制作を頼んでいたのですが、いまはスケッチから3D図画、3Dプリンターを使えば1日で確認できてしまいます。
服部 3Dプリンターの出現で、デザイン界もずいぶん変わりましたね。デザイナー個人の単位で、簡単に立体ダミーが作れるのだから。
後藤 服部さんも手書きですか?
服部 はい。プロダクトデザインの場合は、後藤さんとほぼおなじ感じで、ひとりでデザインします。それにアナログ、デジタルにかかわらず、最初は2次元で考えますね。若い人も2次元で遊ばせておくほうが、おもしろいものがポロっと出てきやすい。
後藤 そう、手書きの良い点は、あいまいなところ。3Dになると、ごまかしがきかない。
服部 恋愛の初期段階みたいなものですね(笑)。カーデザインにも3Dの専用ソフトがあるのですが、それを使いこなしている人は、オペレーター的になってしまう。いずれにしても、2次元でとことん考え抜いて、一気にわっと形にするほうが私には合っています。
後藤 ずるずるとやっていると、外野からいろいろ注文が入ってきて困るし(笑)。
服部 そうですね。ストレスはだめだけど、期限を決める程度のプレッシャーは必要でしょう。ただ、カーデザインの場合は、エクステリアとインテリアでわかれるのがふつうで、ヨーロッパでは1車種を3、4人のデザインチームをつくって、コンペにのぞみます。
チーム内でも競争があって、ほかの案を蹴落としてでも自分の案を通させるのが最終的な目的。けっこうシビアですね。国によってもちがっていて、日本やアメリカはおもに合議制で、折衷案になりがちですが、ヨーロッパでは誰かひとりのデザイン案に一本化されることが多いですね。
CASIO G-SHOCK|カシオ ジーショック
デザイナー対談|G-SHOCKチーフデザイナー・後藤敦司 × カーデザイナー・服部 幹
世界に挑む“メイド・イン・ジャパン”デザインの創作現場(2)
すべてのインダストリアルデザインは、バウハウスが原点
後藤 そもそも、日本と海外のデザインのちがいってなんだと思いますか?
服部 平凡な表現ですが、「文化のちがい」だと思っています。個人それぞれが生み出す斬新さにレベル的な差はありませんが、日本には人とちがっていることに気をつかってしまう文化があって、最初から規格に合わせようとします。でも、ヨーロッパのデザイナーは、規格外とわかっていても、「よいデザインだから」と、クライアントに提出してしまう。これを日本でやってしまうと、各方面から突っ込まれて、二度と浮かび上がれない可能性があるわけです。海外では失敗できるけれど、日本では失敗できない、というデザイナーを取り巻く環境のちがいを感じますね。
後藤 量産プロダクトでなければ、それは日本でも可能だと思いますが、さすがに量産の枠のなかでは、企画書に基づくことが大前提ですね。カシオでは、若手デザイナーが定期的に海外に視察に行っていて、効果を上げています。街のあちらこちらで、日本とはちがったプロダクトを日々見ていると、デザインにもよい影響を与えるようです。
そもそも時計デザインは、プロダクトのなかでもかなり特殊なジャンルです。スイスの機械式時計は、キャブレター付きのヴィンテージカーのようなもの。きちんとメンテナンスすれば100年でも使えてしまうほどで、「変わらないこと」や「原点回帰」が、まかり通っている世界でもあります。
服部 その「変えない」という選択肢が、最近やっと理解できるようになりました(笑)。私個人としては、常にあたらしいものを作りつづけたい、という欲求があります。ほかのデザイナーもおなじだと思いますが、自分の斬新さとか提案できるものを最大限に高めて、誰よりも先んじたデザインを生み出していきたい。その姿勢はこれからもぶれたくないですね。いっぽうで、後藤さんのおっしゃる時計業界のように、必ずしもあたらしいものがベターではない、ということを、やっと認めることができるようになりました。
後藤 逆に私としては、上っ面のデザインだけ変えたものは認めたくありません。技術が進化して、それがデザインに反映されるべきであって、機能が可視化される、というのかな。
それがあって、オリジナリティあふれる独自の形状が生まれる。G-SHOCKは普通の時計とは一線を画す時計であり、好きか嫌いかはっきりとわかれる時計。極端な話、世の中の半分の人が好きになっていただければ、それでよいかと考えています。
服部 機能もファッションのひとつ、という考え方もありますよね。
後藤 ええ、世界で成功している日本のアパレル企業などは、まさにそうだし、機械式時計も複雑な構造や仕上げでファッションとしての進化をつづけています。メカニズムを見て楽しむ点では、ヴィンテージカーの世界に近いですよね。機能とともに進化をつづけるG-SHOCKも、まさしく最先端を行くファッションアイテムと自負しています。
ところで、国産車の現状は、どう感じていますか? ここ数年「かたまり感」というコンセプトも、よく聞く気がします。
服部 デザイン的な良さの基準が、現在は少し広がりすぎているように思います。言いかえれば、なんでもあり。もう少し整理されてくるといいのですが。「かたまり感」とは、中身にぎっしりと機能が詰まっている感じで、まさにG-SHOCKがそうですよね。日本らしい凝縮的な美学でもあります。これがドイツだと、緻密とか、精緻感になってくるのでしょう。
後藤 日本流のプロダクトは「幕の内弁当」にたとえられることもありますね。このサイズに、これだけの要素をよく凝縮したものだと。これも日本らしさなのかもしれません。
服部 カーデザインのプレゼン用コンセプトボードでは、昔からG-SHOCKの写真がよく使われています。外装が樹脂製のゴツゴツしたタイプですが、たとえば男っぽさを表現するのにプロテクション・バンパーを大きめに扱ってみようと考えたとき、これはまさしくG-SHOCKのイメージ。クライアントにも、デザインコンセプトが伝わりやすい。
後藤 G-SHOCKの新製品を開発するときのコンセプトボードにも、RVなどクルマの画像はよく使います。「クルマ好きは時計好き」と言いますが、どちらも男心をとらえて離さない魅力がある。
服部 それにしてもG-SHOCKは、カシオの腕時計というより、ジャパン・ブランドとしてグローバルに独り立ちしている。すばらしいことだと思います。
後藤 とくに高額ラインのMT-GやMR-Gでは、日本の最先端技術と伝統技術の融合というテーマを世界へ発信したい、という思いが強く、スイスで毎年春に開催されているバーゼルワールドに限定モデルを出展しているのも、それをアピールすることが狙いのひとつ。初代G-SHOCKから受け継いだアイデンティティを大切にしつつ、そこに安住することなく、あたらしいことにチャレンジしつづけることが大切だと思っています。ただ、エレクトロニクスやメカニズムなど技術の進化があって、それに伴いデザインも進化していく、という考え方がぶれることはありません。
1983年に初代モデルが誕生して以来、G-SHOCKは耐衝撃構造のなかに次々と画期的な技術を取り込んでいった。機能から生まれたタフなデザインはストリートシーンであたらしいカルチャーを生み出し、多彩なバリエーションが世に送り出されていった。その最上位に位置するシリーズが、「MT-G」と「MR-G」である。
「MTG-S1000」を実際に手に取ると、まず仕上げの美しさに驚かされる。ケース斜面やベゼル、ベルトの一部には、研磨技術の最高峰であるザラツ研磨をほどこし、高級感あふれるミラー面を創出。これがベゼル表面などサテン仕上げとのコントラストを生み、4層ダイヤルと相まって、きわめて立体的な外観を構成している。「MRG-G1000」には、ソーラー電波機能にくわえて、GPSによる時刻修正機能が搭載された。ケースやブレスレットに軽量なチタンを採用しているため、見た目以上に軽快な着け心地だ。
後藤敦司|GOTO Atsushi
1958年生まれ。カシオ計算機株式会社デザインセンター時計デザイン部第六デザイン室チーフデザイナー。入社以来30余年、時計デザイン一筋を貫く。これまでの開発商品に、ウォータースポーツMQ-14W、STR-800ランナーLAP500、G-SHOCKスカイコックピットGW-3000ほか多数。G-SHOCKフロッグマンGWF-1000では2009年グッドデザイン賞を受賞。現在は、MTG-S1000D-1AJFやMRG-G-1000など、G-SHOCKの中でも高級ラインに従事。
服部 幹|HATTORI Miki
1980年、早稲田大学工学部から自動車デザインでは著名なアートセンターカレッジに進学。その後、オペルやトリノのスティーレ・ベルトーネにてさまざまなプロジェクトに携わった後、1992年に帰国。独立系デザイン会社を経てプロダクトおよびインターフェースデザインの会社を立ち上げる。斬新な提案力を武器にクライアントの要望に応えている。また近年は国境を超えて後進の育成にも当たっている。
カシオ計算機 お客様相談室
Tel. 03-5334-4869
http://g-shock.jp